日進月歩
「よっ……っと」
訓練所に向かう廊下で、俺は開けっ放しになっていたトビ作の仕かけ扉を閉めた。
ここはしょっちゅうこのままになっているし、自動で元に戻るように改良してやろうかな……。
「だらしないですね。ここはどこに繋がっているのでしたっけ?」
「個室があるほうの廊下からこの廊下に出るだけの通路なんだが、どうもショートカットに便利らしい。俺は神官服が引っかかって以来、一度も使っていないが」
「そういえばトビ君、どこのお友達に呼ばれて出かけたの?」
二人は若干足取りの重い俺に合わせた歩調で進んでくれている。
セレーネさんの問いに、俺はトビとの会話を思い出す。
「あー、そこまでは。ただ、ついでに不足している鉱石を採ってこれたら採ってくると言っていました。高レベル帯の地域に行くみたいで」
「それは助かるね。リコリスちゃんの装備、希少鉱石を十分に使ってあげたいから」
「重量バランスが難しいんでしたよね?」
「防御力を確保しつつの軽量化……言うのは簡単だけど、実行するとなるとな」
リィズがべっ甲の首飾りを触りながら考え込む。
べっ甲の自然な光沢が窓から注ぐ日差しを鈍く反射している。
俺はセレーネさんと先程話していた軽量化のポイントを、リィズにも聞かせることにした。
「これは極論になってしまうけど、もし仮に全ての攻撃を盾で防げるなら鎧はいらないだろう? だから装備者の盾の練度が高いなら、その分だけ鎧を薄く……保険程度の扱いにしてしまっても問題ないって話になる」
「そうですね。今まではしっかりした防御型らしい鎧でしたから、盾の扱いによってはそれも叶うでしょう」
「一切攻撃をしないならフル装備でもいいんだけどね。それだとリコリスちゃんの理想とは重ならないから、リィズちゃんの言うようにリコリスちゃんの盾の扱い次第なんだけど……」
セレーネさんがリィズと共にこちらに視線を向けてくる。
それに対して俺が小さく笑うと、二人は不思議そうな顔で互いを見た。
二人と違い、いくつかの訓練で相手をしていた俺はリコリスちゃんの成長――否、進化の過程を知っている。
「面白いものが見られると思いますよ。バウアーさんの本格的な技術指導はこれからですけど……リコリスちゃん、見違えましたから」
「面白いもの……?」
そこまで話をしたところで訓練所へと到着。
扉を開けると――リコリスちゃんとユーミルが訓練用装備で向かい合っていた。
「相手はユーミルさん……まあ、前衛職が一人しかいないので当然ですが」
双方、装備の大きさはきちんと合っているようだ。
設定したのはサイネリアちゃんだろう、きっと。
訓練は本来の装備でも行えるのだが、まだ新装備ができていないリコリスちゃんを慮ってこうなっているのだと思われる。
「まだ始まったばかりみたいだね。ユーミルさんにしては慎重な動きだけど……」
「あ、ちわーっす先輩方」
「こんばんは」
話しながらサイネリアちゃんとシエスタちゃんの横に並ぶと、気が付いた二人が挨拶をしてくる。
それに返事をしてから、俺は戦っている二人の距離を見て大きく頷いた。
「うん、いい間合いだ」
「え? ちょっと遠過ぎるんじゃないかって、今サイと話していたんですけど……」
「あそこで大丈夫……というか、あそこがギリギリだよ」
「ギリギリって……」
シエスタちゃんが首を傾げた直後、ユーミルが鋭く速く飛び込む。
やはり待つのは性に合わないらしい。
サイネリアちゃんとシエスタちゃんが遠過ぎる、と評した距離が一瞬で詰まり――
「うっそぉ……」
そう呟いた時には、既に最初の攻防が終わっている。
盾を使わずに躱し切ったリコリスちゃんが、満を持して前へ。
ロングソードが苦手な至近距離での戦いに持ち込むべく、シールドを押し付けるように突進。
バックステップで間合いを開けようとするユーミルに食らいつき、サーベルを振り回す。
「ちょ、速い速い! 最後の適当な振り回し以外リコっぽくない!」
「本当……びっくり」
「いいですね。そのまま倒してしまいなさい、リコリスさん。完膚なきまでに」
「あの、リィズちゃんだけ違う楽しみを見出しているよね……?」
「訓練の成果ってやつだよ。相手の得意距離と自分の得意距離の把握……進路・退路の予測、フットワークの向上。こう見ると凄い合理的なんだな、鬼ごっこ」
バウアーさんのやり方に間違いはなかった――どころか、驚くほどの効果だ。
これだけやれれば待ち一辺倒でなく、自ら攻めながらカウンターを誘うことも可能だろう。
後は……。
「甘い、甘々だぞリコリスっ!」
「あっ!?」
今後バウアーさんが教えてくれる剣術の習得、それと場数だな。
ユーミルの強烈な蹴り――ミドルキックに似た技を盾に受け、リコリスちゃんが尻餅をつく。
ロングソードを首筋に突き付け、ユーミルが高らかに笑う。
「ふはははは! 勝ー利!」
「足癖の悪い……」
「喧嘩剣法だな……」
「そこの兄妹、うるさいぞ!」
喧嘩剣法と称したが、別にこれは悪いことじゃない。
言い換えれば実戦的であり、ユーミルはロングソードを振り辛い時はショルダータックルなどをよく使う。
そういや、アルベルトさんもモンスターをぶん投げたりエルボーで頭部を砕いたりしていたな……。
強い前衛は総じて体術も上手い。
仕様上、武器以外での攻撃はダメージが低めに出るが、時と場合によっては有効となる。
「もう一度お願いします!」
「うむ、何度でも来い!」
すぐに再戦を始める二人を見ながら、セレーネさんがメモを取る。
結構な量を書き込んでいるので、どうやら装備の修正案が色々と浮かんできた様子。
「どうでした? セレーネさん」
「うん、正直びっくりしたよ。今後はなるべく、私もリコリスちゃんの訓練を見に行くことにするね」
「そうしてあげてください」
視線を二人に戻すと、リコリスちゃんがユーミルのロングソードによる足払いで引っくり返るところだった。
こうなると負けは確定だが、ユーミルのHPを見ると僅かに減っており……。
足元にも及ばなかった数日前のリコリスちゃんとは――あれから三日ほどしか経っていないというのに、大違いだった。
「うーん、若いっていいな……吸収力が違うもんな」
「先輩、その発言はおかしい。先輩だって若者……若者?」
「いや、何で断言してくれないの? 自分で言っておいてなんだけど、俺も若いからね?」
「……」
「何で黙って目を逸らすのさ……」
そういうシエスタちゃんも人のことを言えないと思う。
そこで会話が途切れ、俺たち四人はしばし元気な二人の戦いを見守った。