装備の相談とゲーム内情勢
「いたたたた……」
「ど、どうしたのハインド君?」
セレーネさんが心配そうな顔で製図の手を止めた。
追いかけっこの訓練が始まって数日、今夜は休養日となっている。
まあ、バウアーさんがログインできないという都合もあるのだが……。
実質ノーペナルティなので、しっかり体を休めることができる。
そんな状態なので、今はセレーネさんと共に渡り鳥のホーム・鍛冶場でリコリスちゃんの装備作りだ。
「すみません。筋肉痛がですね……」
「ああ……聞いているよ。訓練のペナルティを現実でやっているんだっけ?」
「……VR、特に接近戦で強くなるには現実の身体能力が大事なんですよね……実に健康的だなぁ、ははは……」
心なしか、ノクスが乗っている肩も今日は重く感じるような。
心配してくれているのか、作業机に突っ伏した俺の頭をくちばしで弱くつついてくる。
筋肉痛までしっかりゲームに反映しなくてもいいのになぁ……まあ、現実に戻った時に怪我をしないためだというのは理解できるが。
もう大丈夫だという錯覚を引き起こすからな、VR……。
「し、しっかりして、ハインド君。そういえば、前衛職をやりたいがために凄く痩せた人とかいるよね?」
それはどこの情報だろうか?
俺の分からないという表情を見て、セレーネさんが言葉を続ける。
「とある動画サイトで、発売前に経過を投稿している人がいたんだよ。ハインド君も知っている人だよ」
「俺の知っている……? 誰だろう?」
始まる前ということは、会った時点では痩せていたということになるが。
ちょっと思い当たる節がない。
「……駄目だ、降参。誰ですか?」
「えっとね、ギルド・ルーナのアノさん」
「えっ」
アノさんが……?
姿を見た回数は二、三度だが、かなりスリムだったはず。ついでに美人。
「人に見せることで、退路を断ちつつやる気を増幅させる……っていう方針だったみたい。段々と同志が増えて、それがそのコミュニティがそのままルーナの母体に――」
「ええっ!?」
俺は再度驚き、椅子から――痛い!
顔をしかめて座り直す。
「大丈夫ですか? ハインドさん」
「り、リィズちゃん!? いつの間に!?」
「リィズ……」
気が付くと、真横にリィズが立っていた。
相変わらずの隠密っぷりであるが、今夜の俺はシエスタちゃん並に省エネで行く予定だ。
そのまま隣の椅子を引き、座るよう促す。
「ありがとうございます。ログアウトしたらマッサージしましょうか?」
「あー……じゃあ、風呂上がりにでもお願いするよ。しかしあのギルド、そんな来歴だったんですね……フィットネスゲーマー集団、みたいな?」
「い、言い得て妙だね……今でもお互いに太ったりしないよう、注意し合ったり健康・美容情報を交換したりしているそうだよ。みんな根がゲーマーだから、ゲームのための美容・健康なのが他にはない感じだけど」
「だから女性ばかりなのですか。ということは、ベリ連邦の強い男性プレイヤーはラプソディに行くのでしょうか?」
リィズの言葉に、俺はベリ連邦の情勢に思いを馳せる。
そういう人たちの受け皿として、ラプソディはやや不適当だ。
「あそこはあそこでギルマス――レーヴの選り好みが激しいからなぁ。案外、今のベリなら第三の大ギルドが成立するかもな」
「そうですか……確かに条件は整っていますね。既存のギルドが受け皿になり、急成長ということも?」
「あると思う。何せ、人の集まりがこっちとは段違いだから」
「すっかりグラド・ベリの二強だもんね……」
「ギルド戦の補正も効いていますからね。その二国以外に行くのはのんびりしたいエンジョイ勢か、反骨心に溢れた人たちが多いっぽいですし。後は……初心者か」
人の流れに関しては、つい最近満員になるまでメンバーを募集していた止まり木――パストラルさんからの情報だ。
止まり木はどちらかというとのんびり派の多いギルドである。
とはいえ、生産ギルドなので何も問題はない。
俺の言葉にリィズが頷きを返す。
「NPCショップの物価が違いは大きいです。初心者はグラドの初心者エリアで稼いだ後は、二国以外のフィールドなりダンジョンなりを攻略するとスムーズかと」
「だな。グラド・ベリにホームを構えたいなら、ある程度レベルが上がってからじゃないと」
「地価も上がっちゃったから、初心者で二国に居を構えるのは大変そうだね」
三人でTB内の近況を話していると、はたと気付く。
リィズが来る前は何をしていたんだっけ……?
「……セレーネさん。そろそろリコリスちゃんの装備の話に戻りますか?」
「あ、そうだったね。うーん……」
セレーネさんが何枚かの図案を見ながら考え込む。
その図案には先程、訓練中に本人から出てきた要望を書き込んだところだ。
「……やっぱり、本人の今の状態も見たいかな。私はしばらくログインできなかったし……」
「ですよね。そう仰ると思って、昨日の内に模擬戦を――」
バタバタと複数の足音が廊下から聞こえてきたところで、俺は言葉を止めた。
それにセレーネさんとリィズは事情を察したような顔になる。
しかし、ここまで言ったら最後まで言い切らないと。
「――やるようにお願いしておいたんで。昔のネトゲ仲間のところに行ったトビ以外全員、訓練所に向かったみたいですね」
「ハインド君がいると話が早いなぁ。えーと……」
「はい。それでは、私たちも行きましょうか?」
三人で一斉に立ち上がろうとしたところ――
「ぬあっ!?」
「ハインドさん!」
足がもつれ、リィズが横から支えてくれる。
型に乗っていたノクスは羽を広げて作業机へと華麗に着地、事なきを得た。
……家事にも多少は筋肉を使うから、体力には自信があったんだが。
毎日元気なリコリスちゃんと比べると、情けない限りだ。
「リィズ、ありが――リィズ?」
リィズがそのまま深く身を寄せてくる。
……もう大丈夫なのだが、うっとりとした表情のまま動かない。
「あ、あの? リィズちゃん?」
「……このまま歩きましょうか? ハインドさん」
「いや、お前が歩き難いだろう? 骨折とかじゃなくて、たかが筋肉痛だぞ」
「私は大歓迎です!」
「ひ、久しぶりに見たなぁ。リィズちゃんのそういう感じ……」
セレーネさんが苦笑する。
言われてみれば、ゲーム内では控えめだったか。
「家では大体こんな感じですよ。人前では大人しいですが」
「ええ、密着し放題です」
「し放題ではないだろう……」
「未――ユーミルさんがいなければ、の話ですが。羨ましいですか? セッちゃん」
「うん、羨ましい……あっ!?」
セレーネさんが手をあたふたさせ、眼鏡の位置を直し、鍛冶用のハンマーを手に取った。
物凄く動揺しているな!?
「ち、違うのハインド君! あ、違くもなくて……え、えっと……人前じゃなければ、その、私も……」
「セレーネさん、落ち着いてください。まずハンマーを下ろしましょう」
「あ、そ、そうだね……」
人前じゃなければいいのだろうか? と思ったが、更なる動揺を招きそうなので指摘は控えた。
セレーネさんがハンマーを下ろして深呼吸したところで……。
俺たちは五人を追って、訓練所へと向かうことにした。