亘の編み物教室 その2
マフラー作りの目標とする長さが決まった。
デザインは結局、初めてということと小春ちゃんの器用さを考えて単色に。
そして次はいよいよ……。
「基本の編み方を教えるよ。これから教える編み方はガーター編みといって――」
「先輩、ボウリング?」
「違う。ガターじゃなくてガーター編み。愛衣ちゃん、分かってて言ってるでしょ……」
「もう、愛衣ちゃん! 最初の内から話の腰を折らないでよ!」
「ごめんごめん。その編み方は初心者向けなんですね?」
道具を取り出しながら首肯する。
編み針と毛糸……毛糸は後で作りたい色のものを買わなければならないが、ひとまず練習に家から持参したものを。
「そう、このガーター編みは表編みで進めることができる編み方でね。難しいのになると、段によって――まあ、今は必要ない知識か。とにかく、棒針編みの中では基礎と言える編み方なんだ。はい、小春ちゃん。必要な道具は全て貸すからね」
「あ、ありがとうございます! 大事に使わせていただきます!」
毛糸だけでも結構な額になるので、中学生としては大変だろう。
これで少しでも財布の負担が減れば幸いだ。
編み棒は予備も置いていこう……慣れない作業に疲れて、踏んづけたりするかもしれないし。
小春ちゃんの準備ができたところで――
「亘先輩」
「何かな? 椿ちゃん」
「私たちもやってみたいのですが……」
私「たち」ということは愛衣ちゃんもか?
編み棒の数は……ああ、足りそうだな。よく人に貸し出す都合上、多いんだよな。
「じゃあ、三人とも編み方を覚えちゃおう。最初さえできれば後はそれを続ける感じだから」
「ありがとうございます」
「ありがとうございまーす」
「む、愛衣。こういう面倒なものは苦手そうなのに……どういう風の吹き回しだ?」
「仰る通り得意じゃないですねー。ただ、偶には私も低過ぎる女子力を磨こうかと思いまして」
「むむ……亘、私もやるぞ!」
「え? ……まあ、いいけど?」
結局全員参加しての編み物練習となった。
自分も編み棒と毛糸を持って、小春ちゃんが一段高い場所……勉強机付属の椅子を俺に差し出してくれる。
そこに座り、見やすいように手を高くして作業を始めた。
「まずは作り目からやるよ」
「作り目ってなんですか?」
「マフラーの始点になる一段目のことだよ。こう、二本の棒針を一つに合わせて……」
しばらくの間、静かな時間が部屋の中で流れた。
細かな作業中はあの未祐ですら口数が――
「くっ、このっ! ああっ、そこじゃない!」
……そうでもないか。
段々と集中力が途切れがちになり、縫い目が荒くなっていく。
元々荒目ではあるが……ちなみに四人を上手な順に並べると愛衣ちゃん、椿ちゃん、そして小春ちゃんと未祐が同程度といった感じだ。
「はー……慣れればできなくはないですけど、やっぱ根気が……疲れるー……」
と、こちらは最も筋がいいのに早くもだれ気味な愛衣ちゃんの言葉。
そういった場合の解決法は……。
「テレビを見ながらとか、ラジオを聞きながらじっくりやるといいよ」
「でも、そうすると集中力は落ちますよね? 完成度も下がってしまうのでは……」
「まあ、そうだね。椿ちゃんの言うことも一理ある。でも、やり方は人それぞれで……編み物を教えていて一番悲しいのは、その人が作ろうと思っていたものが完成しなかった時だから」
「信じられません……そんな人、いるんですか? わざわざ教えてもらっておいて?」
「いたんだよね、何人か。最近は未祐が最初にその人の本気度を計ってくれるんで、なくなったけど」
未祐が無言で椿ちゃんに向かってVサインを作る。
やり方は本気かどうか未祐が問いかけ、相手の目をじっと見るというシンプルなもの。
不思議とこれが正確で、未祐が問題ないと言った女子で途中で投げ出した人はいない。
ちなみに小春ちゃんの場合は……うん、こっちの会話が耳に入らないくらい真剣だ。
やっぱり小春ちゃんには未祐のチェックも必要ないよな。事前に未祐と二人で話した通りだ。
「ところで先輩。先輩はどれくらい速いんですか? 編むの」
「俺? えっと……」
「ほら、小春みたいな子って凄い人を見るほどやる気が出るじゃないですか? うおー、負けるか―って。私には分からん感覚ですが」
「やる気なくしちゃうタイプだもんね、愛衣って」
「てな訳で、先輩。実演をどうぞ。小春ー」
愛衣ちゃんに呼ばれ、小春ちゃんが顔を上げる。
うん……基礎はもうできているし、これが終わったら休憩も兼ねて毛糸の買い出しに向かうか。
「それじゃあ、参考になるか分からないけど……」
実演で半端になっていたものの続きをちゃきちゃきと編んでいく。
四人が一斉に「おー」と声を上げ……。
当然ながら、初心者よりはずっと手つきはいいはず。
そうでなければ他人に教えてあげるだなんて言えない。
「……とまあ、こんな感じ。やればやっただけ速くはなるよ」
「先輩、鮮やか……やっぱやる気なくすわー。私の速度、何分の一だ……?」
「編み目も私たちのと比べると、全然違いますね……」
「うおおお! さすがだ、亘!」
「私もその半分くらいはできるようになりたいです!」
興奮気味の二人に対し、平時と変わらない表情で愛衣ちゃんは頭を掻いた。
「これだよ……分っかんないなー」
「こういうのも人ぞれぞれ、ですか? 亘先輩」
「かもね……」
愛衣ちゃん、この中では一番上手なんだけどな……。
そしてそこで一旦編み物は終了。
出してもらったジュースとお菓子を食べてから、俺たちは駅前にあるという雑貨屋へと向かった。