小春と両親への贈り物
やや手狭ではあるが、俺は未祐と共にいくつかの縫い物のサンプルを広げていった。
取り出す度に小春ちゃんが感心したような声を漏している。
一つずつ紹介するつもりなので、まずは……。
「まずはこいつから。編み物の王道、マフラーだ。持ってみて」
「初心者向けなんですか? って、それ本当に手作りなんですか!? 凄い! 綺麗!」
小春ちゃんが俺から渡された紺色のマフラー手に、編み目を光に透かしたりして驚いている。
それに対し、何故か隣にいる未祐がドヤ顔をかました。
「ええと……形を見れば分かると思うけど、初心者向けってのはその通り。長さもいいと思ったところまででOKなんで、編んだ段数を数えておく必要もなし」
「あー、いいじゃん小春。二人で巻ける長いのを作って、夫婦で一緒に使ってもらえば?」
「うーん……お母さんはいいけど、お父さん巻いてくれるかな? 恥ずかしいって言うと思うよ?」
今回小春ちゃんから手伝ってほしいと頼まれたのは、両親の結婚記念日のプレゼント作りだ。
編み物を教えるのは慣れているので大丈夫だが、問題は何を作るかになる。
「これからの季節、寒くなるからマフラーは無難だと思うけど。確かに贈った人が使ってくれるかどうかってのは重要だね」
「では、ペアルックのセーターなどはどうだ!?」
「余計にお父さんが恥ずかしがります!?」
「む、駄目か……」
未祐の提案を聞いて、小春ちゃんが思わず立ち上がる。
落ち着いてからベッドに座り直し、クッションを抱えて呟く。
「照れ屋なところが可愛いってお母さんは言ってますけど……」
「あー……なるほど、そういう……」
「ううむ。その一言で、おおよその夫婦の力関係が伝わってくるな……」
「先輩たちが今、想像した通りで合ってると思います……はい……」
ということは、小春ちゃんの性格はお父さん譲りなのか。
この子は照れ屋だしな。
ただ、ペアのセーターも一概に悪いとは言えないだろう。
二人が想像したのは若いカップルがやらかしてしまっている、個性の強過ぎるペアルックだと思うので。
「ペアルックといっても、色違いの同じデザインとかはいいと思うな。完全に同じ……例えば、ピンクのセーターなんかを渡されてもお父さんは困るかもしれないけど――」
「それはきっついですねー。あ、いや、ピンクを好きなお父さんもいるかもですけど」
「ピンクと言っても色々だからね。目が痛くなるようなやつから、淡い桜色のものまで……」
「……話を戻していいかな? つまり、同一じゃなく対のものならいいんじゃないかって話なんだけど。例えばお父さんに青系の、お母さんに赤系で、デザインは一緒――みたいな。どう?」
小春ちゃんがふんふんと頷きを返してくれる。
俺は次に、鞄からセーターを取り出して小春ちゃんに渡した。
続けて靴下、手袋、帽子に着るもの以外ではコースターや中身のないクッションカバー、小さなブタの編みぐる――
「編みぐるみ! それ編みぐるみですか亘先輩!?」
「あれ、どっから紛れ込んで……えっと、もしかしてだけど……欲しい?」
問いかけに対し小春ちゃんが激しく首を上下させる。
俺はしまいかけた編みぐるみを手の上に置き、小春ちゃんの目の前へと移動させた。
「文化祭用に作ったやつの失敗作なんだけど。それでもよければ」
「いただけるんですか!? わーい!」
慌てて詰めたせいか、見せるつもりのなかったものまで混入していたらしい。
失敗作であることを念押ししても欲しいというので、俺は小春ちゃんの手にピンクの子ブタを乗せ換えた。
嬉しそうに小春ちゃんが編みぐるみを四方から眺める。
「小春って、ぬいぐるみ好きだよね……この部屋にも一杯あるし」
「ゲーム内の私室にもあるしねー。先輩、これってどこが失敗してるんです? 私の目に異常は見受けられませんが」
「バイト帰りに作ったんだけど、あまりに眠くて縫い目がね。ほら、全体的にちょっと荒いでしょう?」
「む、そうなのか? 小春、見せてくれ」
未祐が子ブタを手に取ってくるくると回す。
しばらく眉根を寄せ、目を細めて注視していたが――
「……全然分からん!」
子ブタのお尻をもふっと叩いてから小春ちゃんへと返す。
くるっと巻かれた尻尾が合わせて揺れた。
今度は小春ちゃんが同じように観察するものの……。
「同じく、全然分かりません! なので飾ります! 飾らせていただきます! 可愛い!」
「私も分かりません……」
「え、分かんない?」
「先輩先輩。傍目からは失敗の分からない陶芸作品を叩き割る、陶芸家の先生みたいな顔になってますよ?」
「その例えはどうなの? 無駄に長いし……」
そこまで熟練の域に達していなくても、そこそこ編み物の経験がある人なら分かる……はず。
気を取り直して、プレゼントで作る品の選定へと戻る。
小春ちゃんは編みぐるみをブタの貯金箱の隣に並べて置いた。
「で、小春ちゃん。ここまでで、どう? 何かピンと来るものや意見はあった?」
「そうですね……正直、私は難しいことはよく分かりません。椿ちゃんだったら――」
「亘先輩が仰っていたようにその人が使用してくれるかどうか、その人の趣味に合うか、が最も重要ではないでしょうか? その上で、手作りであれば自分の腕前で実現可能な範囲内で、最高のものを作れればいいのではないかと」
小春ちゃんが椿ちゃんへと手を差し出したまま固まり、愛衣ちゃんは黙って肩を竦めた。
理想的ともお手本とも取れる答えなのだが、椿ちゃんの硬い言い回しが何とも。
「……あの。私の意見、何か変でしたか?」
「いや、変じゃないよ」
「うむ、変ではないな」
俺と未祐が顔を見合わせて苦笑すると、小春ちゃんも似たような表情で再起動。
「……と、こんな風に考えるんでしょうけど、私は勘で! マフラーの色違い……で、行こうと思います! きっと喜んでくれます!」
「うん、そういう喜んでほしいって気持ちは大事だよね。それと、ちゃんとマフラーが初心者向けっていう言葉を覚えていてくれたんだね。特に異論はないよ」
「聞いた? 椿。贈り物は気持ちだよ、気持ち」
「そ、それは大前提だから言わなかっただけよ!? 本当よ!?」
椿ちゃんが珍しく声を荒げて動揺を見せる。
まあ、小春ちゃんが口にした気持ちと椿ちゃんが口にした実用性、両方備わっていれば言うことはないだろう。
そうしたら次は、マフラーの詳細について話し合うことにしよう。




