初日の訓練成果と石窯ピザの効果
「美味しーい!」
リコリスちゃんの口にピザが次々と吸い込まれていく。
元々しっかり食べるほうではあるが、今夜は特に凄い。
「リコ、そんなに食べたら太――らないんだったね」
「太らないよーだ。沢山食べちゃうよ! 二人ももっと食べなよ!」
「種類が多いなぁ……さすが先輩。まあ、それも一瞬でなくなっちゃうんだけど」
食べている場所はパストラルさんが中心になって用意してくれた移動式の木製テーブルだ。
止まり木はこのように庭で食事を楽しむことも多いらしく、固定できるテーブルの設置を検討しているとのこと。
子どもたちもいるので、ただでさえ早い消化ペースが尋常でないことに。
俺は石窯とキッチン、テーブルの間を忙しく移動しながらバウアーさんと話をしている。
「どうでした? リコリスちゃんは。鞭担当――憎まれ役を押し付けてしまって申し訳ないのですが」
「何の何の。とても素直な良い生徒ですよ。動きも軽やかですし……素直さ故か、フェイントや引っかけに弱いくらいですかな? 弱点になりそうなのは」
「そういうところは、どっかの誰かさんにそっくりなんだよな……」
「む?」
少し雑ながらも自分の仕事を終わらせ、リコリスちゃんの隣ですっかり食べる側に回ったユーミルが顔を上げる。
あいつの場合、フェイントにかかった上で超反応で切り抜ける訳だが……誰にでもできることじゃない。
というか、そんな人間が大勢いたら怖い。トビも少し前にそんなことを言っていたな。
「物になりそうですか?」
「お若いですし、鍛えれば間違いなく」
「あ、あとサーブル……サーベルはリコリスちゃんに合っていますか?」
「サーベルも、彼女は斬撃を好むようですから問題ないでしょう。ただ、最終的に刺突もそれなりものを撃てるよう、教えるつもりではあります」
間合いの取り方などは、達人級のバウアーさんと訓練をしていれば自然と身に付くだろう。
……俺が何か言う必要があるとしたら、ゲームシステム絡みか。
スキルやらHP・MPなど、現実にはない要素を含めた動き。
そういったものはバウアーさんと都度、相談しながら訓練に練り込んでいかないとリコリスちゃんが強くなれない。
それ以外の基本的な動きについては、バウアーさんに任せておけば心配ないだろう。
俺は一度作業の手を止め、バウアーさんに改めて頭を下げた。
「よろしくお願いします。攻撃パターンが多いほうが、対戦相手も困るでしょうし。……バウアーさん。バウアーさんもそろそろピザ、いかがですか? パストラルさんとエルンテさんのお隣で」
「ほっほ。では、ありがたく」
「すぐに焼き立てを持って行きますね」
バウアーさんは変に遠慮したりせず、スマートに席へと着いた。
それを見届けてから、でき上がった新たなピザをパーラーで掬う。
「ハインドさん、次は何に?」
「ペスカトーレにしよう。ファベル爺のテーブル、魚介好きが多いみたいだから」
去り際にリィズにそう答えてから、俺は石窯へと向かった。
ちなみに他のメンバーの動きはというと、ヒナ鳥三人はそのまま食事。
サイネリアちゃんは手伝ってくれようとしたが、リコリスちゃんが「自分も」と言い出しそうだったので一緒に座ってもらった。
ユーミルはついさっき食べ始め、セレーネさんは火の番をしてくれている。
リィズは俺の調理補助と、おおよそこんな配置だ。
トビが一番大変で、予想以上の盛況ぶりに足りない食材を買いに走るという状況。
長時間火が入っていた石窯から、最後のピザを取り出す。
それを持って、人の減ったテーブルに八人で座る。
「やっと座れた……ってか、止まり木のメンバー増えていなかったか? 見慣れない人たちが」
「増えていたでござるなぁ……また年寄りと子どもばかり。おおっ、伸びる伸びる」
トビがチーズを手で掬いながらピザの味に何度も頷く。
俺も一切れ口にすると――火の通り、食材の香りなどなど、石窯とそれ以外ではやはり違う。
付加効果は……HPアップ(中)、攻撃力アップ(中)か。
おそらく主材料が穀物系・チーズだからこうなのだろう。
中アップなのは石窯を使ったから……だと思いたい。今度石窯なしで作って比較してみよう。
リィズがバジルたっぷりのピザを手に、こちらに視線を向ける。
「ギルドカラーというものでしょうか?」
「かもな。そういう層の受け皿にはなっていると思う。俺は把握していないけど、どっかで話題にはなっているんだろう。これだけ祖父母と孫、っていう同系統のプレイヤーが集まってくるんだから」
「あ、私止まり木の話題を見たことがあるよ。掲示板で」
「どこですか? パストラルさんがやってくれているギルメン募集掲示板の書き込みとは別ですよね?」
「別だよ。えーっと……そのスレなんだけど……」
セレーネさんが言い淀んでユーミルをちらりと見る。
あ、分かった。
「勇者ちゃんスレですか……」
「う、うん。勇者ちゃんスレです……」
「な、何だ? みんなでこっちを見るな! 知らんぞ、私は一切!」
「お前がスレにノータッチなのは知ってる。セレーネさん、続きをお願いします」
トビも何やら事情を知っていそうな顔をしているが、ここはセレーネさんに説明を譲るようだ。
「……」
……あれ、もしかしてリコリスちゃんもか?
何故かユーミルに尊敬のまなざしを向けているし。
知らないのはユーミル本人を含めた俺たち五人か。
「流れとしてはまず、渡り鳥ってメンバーを募集していないよね?」
「そうですね。ギルドを大きくしちゃうと、今とゲームの楽しみ方が変わりますし」
「それで、ユーミルさんファンのスレ住人は次に、間接的な支援ができないかってことで……」
「提携ギルドである止まり木に目を付けたと。でも大量にユーミルファンが来たなんて話、パストラルさんは言っていなかったと思いますが」
「事前に止まり木がどんなギルドか調べて断念したらしいよ。それでも何かできないかって考えた人たちが、止まり木に合いそうな人たちに声をかけて回るという結果に……」
「激しく迂遠なファン活動ですね……何か泣けてきました。涙ぐましい」
しかしながら、止まり木のメンバーの増え方が順調である一因は理解できた。
トビがやれやれと肩を竦めているが、前にこいつに見せられた魔王ちゃんスレも似たようなものである。
ユーミルは「どんな顔をすればいいか分からない」、リィズは「飯がまずくなる」といった様子なので、俺は話題を変えることに。
「――さて、リコリスちゃん。バウアーさんの訓練はどうだった?」
「凄く分かりやすかったです! ただ、模擬戦は実力差があり過ぎてよく分かりません!」
「うむ、元気があってよろしい!」
「はい、ユーミル先輩!」
「よろしいのか……?」
時々様子を見ていた限りだと、地味な型稽古と模擬戦を交互に繰り返していたようだった。
飽きさせないようにとのバウアーさんの配慮だと思うのだが、何も分からないほど力に差があるのか……。
「ま、まあ、そのよく分からない模擬戦から、いずれ何かを感じ取れるようになるよ。きっと」
「バウアーおじいちゃんもハインド先輩と同じことを仰っていました! あ、後ですね……現実での体幹トレーニング? のやり方とかを教えていただました! 他にも関節に負担のかかりにくい筋トレとか、ストレッチとか色々! ログアウトしたら早速、教わったストレッチをやろうと思います!」
「はー、そんなに……」
現実のメニューまで?
確かにゲーム内だけでどうにかするより効果は大きいだろうが、随分と本格的だ。
俺が感心していると、サイネリアちゃんとシエスタちゃんが小さく手を上げて補足してくれた。
「もしかしたらバウアーさん、規模の大きな大会か何かに出たことがあるのかもしれません。相変わらず昔語りが面白くて」
「基本はフェンシングなんですけど、型ばっかりじゃなくてリコに合わせた訓練を一々丁寧に考えてくれるんですよねぇ。先輩の采配、大当たりかもです」
「そっか。それなら、無理なく続きそうかな?」
「もちろんです! イベント期間中に進化した私をみなさんにお見せしますよ! 目指せ、決闘Aラ――Sランク、です!」
訓練の疲れを感じさせない、リコリスちゃんの決意に満ちた元気な声が響いた。