飴と鞭作戦 ご褒美ピザ作り
完成した石窯を見に、今度は子どもたちだけでなくお年寄りたちも集まってくる。
何人かに後で使ってもいいのかと聞かれたが、この場に作ったのだからもちろんOKだ。
「そもそもこのタイミングで石窯を作っているのって、バウアーさんの提案が切っかけなんだよ」
「バウじいの?」
片付けに入りながら、俺はユーミルにそう応じた。
片付けとは言っても、材料を広げた当初の予想通り物はほとんど残っていない。
工具の収納がメインだ。
「バウアーさん、自分が厳しく訓練をつける“鞭”を担当するから、俺に何かご褒美になりそうな“飴”を用意してくれって」
「むっ。ということは、さっきの飴はまさか……」
「違う!? まんま飴を渡してどうする!」
「……」
ユーミルが黙ってこちらを見つめる。
俺はその視線の圧に耐え切れず、白状した。
「……まあ、そこから連想してフルーツキャンディは作ったが。これはあくまで止まり木の子供たち用だから。リコリスちゃんの話とは別だから」
「ハインド。お前、時々私並に安直な発想になるな?」
「放っておいてくれ……」
毎日の献立にTB内での食事が加わり、被らないようにするのに割と必死なのだ。
今日は帰る前に、子どもたちにどんなお菓子を食べたいか聞いて回ってみるかな……。
「飴の話は置くとして、これから作る焼き立てピザがリコリスへのご褒美ということだな?」
「そういうこと。前もって好きな具、種類も聞いておいたぞ」
「そうか。抜かりなしだな!」
激しく動けば満腹度もそれだけ減るので、その回復にも丁度いいだろう。
……満腹度といえば、ピザにどんな付加効果があるのか気になるな。
もちろん石窯を使った焼き上がり・味が一番の注目点だが、そちらも楽しみだ。
「ハインドさん。点火準備完了です」
「ああ、ありがとうリィズ。ちょうど片付けも終わったところだ」
周囲を綺麗にしたところで、いよいよ調理――の前に。
「今から石窯の内部を完全に乾燥させるために、火入れをするんだけど。ユ――」
「やる! やりたい!」
反応が速い。
もう火を点けるだけなので、別にこれは誰がやっても大丈夫だ。
リィズが呆れて溜め息を吐いているが、それはそれとして。
「……じゃあ、ほら。火魔法の巻物」
「アーチに使った、あの木枠は外さなくていいのか?」
「燃やしちゃっていい。そのために木製なんだし、そもそもあれはもう外れない」
「分かった!」
ユーミルが石窯に駆け寄り、巻物を使用する。
やがて石窯から煙が上がり、耐火煉瓦を黒くくすませながら火が回っていく。
棟梁、ファベル爺の最終チェックが入り……。
「ハインド、あれやってくれ! ピザ生地回し!」
「やらん」
「どうしてだ!? 前に家でやってくれただろう!」
「やったけど……失敗したくないじゃないか。最初の一枚はこのまま綿棒で行くよ。ゲームと現実で感覚が違う――なんてことがないのは知っているけど、この状況だし」
止まり木のホームの設備を使えばいいのだが、青空料理だ! というユーミルの言に従い、俺は庭で『高級携帯調理セット』を出して調理している。
その結果、子どもたちがその周りを取り囲み……。
「ねーねー、何作ってるの?」
「お菓子?」
「申し訳ないけど、これはお菓子じゃないねえ。……ユーミル、こんな状況でやれとか本気か?」
「やってあげたら良いではござらんか。子どもたち、喜ぶでござるよ?」
「こんなに注目されている中でか? 手元が狂いそうだ……」
トビが大量の野菜を刻みながら笑いかけてくる。
ちなみに手で回しながら生地を遠心力で伸ばす方法だが、生地が均等に伸びるだとか生地内の空気のバランスが良くなるだとか、あながちただのパフォーマンスという訳でもないのだそうだ。
簡単に言うと、やるのは難しいが味は良くなる。
「見たい! 見ーたーいーぞー!」
「お前、子どもたち以下の低い目線で物を言うのやめてくれるか? それよりベーコン、刻み終わったのか?」
「終わった! ほら、休憩中のリコリスもこっちを見ているぞ! 期待を煽るのだ、最大限に!」
「………………。どうなっても知らないからな?」
結局、俺はユーミルに乗せられて生地を回すことにした。
失敗すると良くて生地は破け、悪くするとどこかに飛んで行ってしまう。
慎重に、しかし大胆に……発酵済みの生地を手に取り、腰を少し落とす。
「――ほっ!」
「来た! 上手い、やっぱり上手いじゃないかハインド!」
「話しかけないでくれ! リィズ、トッピングの最終準備は頼――あああ!」
生地を落としはしなかったが、俺にそれ以上喋る余裕はなかった。
リィズの返事があったかどうかの確認はできなかったが、視界の中で動き出す気配があるのできっと大丈夫だろう。
生地を伸ばした後は過発酵や乾燥を避けるためになるべく早く焼き上げるのが望ましい。
火の調整はセレーネさんがおばあちゃんたちと一緒にしてくれているので、後は……。
「すごいすごい!」
「わー!」
子どもたちが喜ぶ目の前で生地がくるくると回り、薄く平らになっていく。
手の熱も生地の質を落とす原因となるので……。
「触る時間を極力少なく……よし、完成っ!」
大理石プレートの上、勢い良く置いた生地によって表面に打っておいた小麦粉が飛ぶ。
近場にいたユーミルが慌てて飛び退く。
「わぷっ! 粉が!」
「ユーミルさん、どいてください。ハインドさん、こちらを」
「ああ、助かる!」
ユーミルを移動させたリィズが、すかさず必要なものを次々と差し出し……。
それらをトッピングすると、「パーラー」と呼ばれる棒の先にピザを乗せる台が付いた器具に乗せる。
待ち構えるセレーネさんの下に走り、リコリスちゃんご所望のピザ「ディアボラ」を窯の中へ。
「はーっ、とりあえずこれで一息……まだまだ沢山焼かないとだけど……」
「な、何か忙しいね? ハインド君。焼き時間はどれくらいかかるの?」
「料理は時間との勝負ですから。こいつの焼き時間は大体……二分くらいですかね? 生地の厚さと炉床の温度からして」
「あ、結構直ぐなんだね。私も中を見ていいかな?」
「どうぞ――うおっ!?」
顔を寄せて並ぶセレーネさんに少しドキリとした直後、並ぶ顔が急に増えた。
いつの間にかユーミルとリィズが随分と俺に近い距離で窯の中に視線を送っている。
子どもたちも走ってこちらに駆け寄り、石窯の前にみっしりと人が集まってしまった。
止まり木の大人たち、それから子どもたちに気が付いたメンバーが石窯に近付き過ぎないようにはしてくれたが。
石窯の中でチーズが溶け出し、生地が香ばしく焼き上がっていく……。