神獣バトル選手権・決勝トーナメント その5
「フェニックスの能力は把握しているね?」
ルージュさんの問いに、俺は昨夜頭の中に叩き込んだデータを引っ張り出す。
フェニックスは確か……。
「強力な自己再生スキルと火属性攻撃が特長でしたよね? 高耐久で飛行速度もそこそこ、ドラゴン系と対峙しても余裕で渡り合えるとか」
「その通り。神獣としては万能かつ優遇されている種族で、プレイヤーからの人気も高い。特に一度だけ全滅しても、パーティ全員を蘇生させる再生の炎が話題になっているね」
刺青の入った腕を振って、ルージュさんが語る。
それを一部のメンバーは意外そうな顔で見た。
「な、何だいあんたら? 変な顔して見るんじゃないよ!」
「い、いや……かしら、能力解説とかできたのだな? 正直驚いた」
ユーミルの言葉に何人かが頷く。
一瞬ルージュさんが絶句し、直後に憤慨した。
「失礼だね!? 自分たちの力を有効に働かせるには、可能な限り相手を分析して弱点を知ることが大事だよ。その上で、敵の脆い部分に向かって――」
「向かって?」
「徹底的に突撃だろうが! 当然だろう!?」
「かしらぁ!」
同種の笑みを浮かべ、ルージュさんと力強い握手を交わすユーミル。
何だこれ……。
ギルド戦を見て脳筋だと思うのも無理はないが、基本的にイグニスの突撃は相手の急所を狙うものだった。突撃後はその限りではないが。
その指揮を執っていたのはルージュさんなので、能力解説くらいは当然できるだろう。
やがてユーミルが手を放し、小さく咳払いをした。
「すまない、話の腰を折ってしまったな。続けてくれ!」
「おかしら、続けてやんなよ。訂正する箇所があったら俺も言うから」
「あいよ。いいかい、よく聞きな? そのフェニックスの戦い方だが――」
短いインターバルを使い、可能な限り得た情報を教えてもらった数分後。
ここからは同時でなく一戦ずつ試合が行われるので、偵察に行ってもらう必要はない。
全員で指揮エリアに入ってのトーナメント四回戦。
画面の中には、バトルフィールドからプレイヤーに向けて話す神様の姿が。
「先輩、先輩。予告通り、この試合を見ている観客の姿も映ってますよ」
「うん? ……ああ、こっちの画面?」
シエスタちゃんの声にサブの小さな画面を見る。
すると中には、並んで座るプレイヤーたちが雑談しつつ試合開始を待つ姿が映し出されていた。
トビとセレーネさんの説明通り、円形劇場を半円にしたような形だ。
相変わらず、こういったイベントでは生産系ギルドが商魂逞しくプレイヤーたちの間を練り歩いて食べ物を売って回っているようだ。
俺は座る観客たちの顔に目を凝らしてみたが……。
「駄目だ。もしかしたら知り合いが見てくれているかもしれないけど、遠過ぎて誰が誰だか分からないな」
「ですねえ。見た目的には、普通より目立つ人が多いはずなんですが」
美獣コンテストは終了後に一括公開だったが、バトルはプレイヤー名も併記される。
それによると一対一の決勝トーナメントにヘルシャたちシリウスの神獣・グレンとアルテミスの神獣・センリも残っていたので、後で観戦しに行く予定だ。
「はー、私も早く座って見る側に回りたい……あ、早かったら駄目なのか……うーん……」
シエスタちゃんが肩を回しながら長い息を吐く。
彼女の後半の台詞を聞いたユーミルが、その通りだと言わんばかりに激しく頷いている。
トーナメント戦が早く終わるということは、それだけ早く負けるということだからな……。
「もちろん、長く残れるほどいいさ。しかし、ここに来てヤバそうなのに当たってしまった訳だけど」
「それは言いっこなしですよ、先輩。でも、それなら次を勝ったら実質優勝じゃありません?」
「他のコンビが次の相手以下とは限らないけどね。もし勝てば勢いに乗れる……か?」
「そうなるといいですね。シエスタさん、折角ここまで来たのですから手を抜かないでくださいね?」
「妹さんの励ましなんだか小言なんだか分からん言葉が身に染みるぜぃ……あ、すみません冗談です。ちゃんと分かっていますってば。妹さんのサポート、無駄にはしませんって」
リィズの冷たい視線をシエスタちゃんが受け流す。
と、そこで画面の中で話していた神様二人が動きを止める。
もうそろそろ試合が始まりそうだ。
「――とにかく、今は目の前の戦いに集中だ! 応援しているぞ!」
そう言ってユーミルが俺とシエスタちゃんの背を軽く押し、二ッと笑顔を作った。
集中を阻害しないようにと、口数を減らしてくれていたみんなも手を上げたり拳を突き出したりしてくれている。
俺はシエスタちゃんと軽く視線を合わせてから、ノクスとマーネをバトルフィールドへ送り出した。
マーネはパタパタと、ノクスは静かな羽音で次元の境界を越えて飛んで行く。
『――今、選手入場です! トーナメント第四回戦、第一試合! まずはフクロウのノクスちゃん、指揮プレイヤーはハインドちゃん! コンビを組むのはカナリアのマーネちゃんで、指揮プレイヤーはシエスタちゃん……となっておりまーす』
「うわ、私の名前まで呼ばれた……サイ、何笑ってんのさ」
「ううん、別に」
動物神アニマリアが選手の名前をコールする。
ノクスとマーネがそれに合わせて登場し、カメラが大きく寄った。
続けて相手の紹介。
『反対側、フェニックスのオルトゥスちゃん、指揮プレイヤーはサウスちゃん。もう一羽が八咫烏のカエルムちゃん、指揮プレイヤーはノースちゃんでーす。鳥さんが四羽ですね!』
『激しい空中戦が予想されます。いずれも移動力が高いだけに、どのゾーンで戦うかの判断も重要になるでしょう』
『はい、ありがとうございます。間もなく戦闘開始です』
燃え盛る体を持つ神鳥・フェニックス、三本足の大ガラス・八咫烏がフィールドに出現。
二羽の幻獣はどちらも堂々たる立ち姿――じゃない、飛び姿である。
どっちもでかい鳥だな……こちらとの体格差が結構厳しいことになっている。
ユーミルがそれを見て小さく唸った後、記憶を探るように頭を動かす。
「ううむ、やはり相手のプレイヤー……聞いたことがない名だ。ハインド、何か知っているか?」
「いや。今までのランキングで見た憶えもないし、新規プレイヤーかもな」
言いつつ、自分の言葉にしっくりこないものを感じる。
新規にしては前試合、非常に苛烈な戦い方だったようだが……。
異常にセンスが良かったり、他ゲームのノウハウを利用して急浮上したりと色々考えられるしな。
分からないことを考えても仕方ない。
「サウス……ノース……ううむ、まさか……」
「……トビ?」
「あ、失敬。何でもないでござるよ。被ったとしてもおかしくないシンプルな――単に方角を示しただけの名前でござるし、拙者の気のせいでござろう。ファイトでござるよ、お二方!」
トビはその名に引っかかりを感じたらしいが、指揮エリア内は中継の範囲外だ。
顔を見ることはできないので、どうにも――
『みなさま、準備はよろしいですか? それでは……』
「おっと、集中集中。シエスタちゃん」
「はいはい。準備万端ですよー」
『バトルスタートです!』
アニマリアの声に続いて開始の合図が鳴り響き、四羽の鳥が一斉に動き出した。