神獣バトル選手権・決勝トーナメント その3
トーナメント一回戦、俺たちはおかしな組み合わせに首を捻った。
「蛇に睨まれた蛙、ならぬ……」
「蛇の上に蛙ですかぁ……なんじゃこりゃ」
試合開始の合図は既になされている。
ノクスとマーネの正面には、大きめのヘビの上に小ぶりなカエルがバランスを取りながら乗っていた。
スタートするなり相手は二匹をその状態にさせ、動きを止めている。
「うーん……相性的には大有利ですよね? どっちもフクロウの餌」
「……そうだけどさ。あれだけ大きい蛇だとそう簡単に行かないでしょ? フクロウも好んで襲わないと思うな」
こんなにのんびりと話せるのは、仕かけてくる気配がないからだ。
今の状態を利用してMPチャージを行っているのはマーネと、相手のカエル。
両チームのMP総量としては、このままなら平行線だ。
「ハインド、仕かけないのか?」
声に振り向くと、応援席からユーミルがじれったそうな表情で問いかけてきている。
仕かけたいのは山々だが……。
「相手が様子を見るなら、こっちは幻惑の歌を発動してから攻撃に移る。それまでは我慢だ」
「あっちの狙いは何でしょうね?」
シエスタちゃんが隣から俺を見上げてくる。
視線は画面と行ったり来たりで、きちんとマーネの様子に気を配ってくれているようだ。
「蛙の遠距離攻撃で相手のスキル潰しじゃないかな? マーネがMPチャージをしていることで、後衛タイプだと分かっているだろうし。最初のスキルをカウンターで潰して、優位に立ちたいんだろう」
言葉と共に振り返り、リィズ、セレーネさん、サイネリアちゃんに同意を求めると頷いてくれる。
カエルの神獣のデータはなかったはずだが……トビがガマ油を使った火攻撃や、毒攻撃の可能性を教えてくれた。
確かに、ゲームや創作で見る特殊なカエルはその辺りが多いよな。
警戒しておこう。
「おー、予選ではあんまりなかったプレイヤー同士の読み合い。私、今更決勝トーナメントをやってるんだって実感が湧いてきましたよ」
「……うん、本当に今更だね? とにかく、読まれているのは承知の上でスキル発動を強行する。フォローはするから、距離の取り方にだけ注意して」
「あいあいさー」
バトルフィールド上では睨み合いが続いている。
カナリアは正直マイナーな神獣なので、支援スキルの内容まで把握されている可能性は低いが……。
発動直後を狙い撃つのは的確な判断だ。
マーネの持つ『歌スキル』は効果こそ全体的に高いが発動中は機動力低下、継続して歌う必要があり、被弾即解除とピーキーな性能。
消費MPも多いので、妨害されると一気に劣勢になってしまう。
どうノクスを動かし、マーネを守るのかが肝だ。
「……」
「……」
MPが徐々に増えていく。
動くのは、『幻惑の歌』を使用可能なMPが溜まった直後だ。
敵が膠着状態を長引かせ、カエルの大技を狙ってくるという線も捨てきれない。
それを考えると、MPフルチャージ付近まで待つのはリスクが高い。
ゲージを見つめていたシエスタちゃんがマーネに、静かに指示を下す。
「マーネ、ゆっくり後ろへ行きつつ幻惑の歌」
マーネがスキルと発動させつつ距離を取り始めた直後、相手が動く。
カエルを乗せたヘビがにょろにょろとマーネを追って前進。
そして頭の上のカエルの体が大きく膨らみ――
「ノクス!」
動きがあったら飛び出すよう、事前にノクスに伝えておいた。
名を呼ぶだけでそれを忠実に実行し、ノクスが残像を発生させながらカエルとヘビが組み合わさったものに襲いかかる。
しかし……。
「躱された!?」
「おー、すばしっこいですね。ヘビはカエルの乗り物に専念しているのかな? 攻撃の意志が見えませんね」
「そんなことをのんびり言っている場合じゃ……まずい!」
まずは牽制とばかりに、カエルが口から細い水鉄砲のようなものをマーネに向かって放つ。
マーネにも適用される『幻惑の歌』の効果で、相手の攻撃は的を外したが……。
続けざまに、地を高速移動するヘビの上でカエルが先程以上に体を大きく膨らませる。
「――ノクス、もう攻撃は無理だ! 体を張ってマーネを守れ!」
「マジですか先輩……あー、マーネ。その場でホバリング。歌は止めずに、維持してね」
シエスタちゃんの逡巡は一瞬だった。
ノクスを信じ、かばって貰いやすいようマーネを静止させる。
カエルが大口を開けたところで、何故か集中しているはずの俺の耳は後ろの会話を拾った。
「むう、何だか胸がもやもやするのだが……気に入らん!」
「段々と息が合ってきているのが腹立たしいですね……ちっ」
「あ、あの、二人とも? ここ、試合の山場だと思うんだけど……」
「……なあ、トビ。これって応援なのか? 応援と呼んでいいのか?」
「しっ、スピーナ殿。下手に触れるとやつ当たりされるでござるよ。ここは聞こえないフリ、聞こえないフリ」
聞こえてきたそんな会話に、俺は体をぶるっと震わせた。
ノクスが翼を大きく広げてマーネの前に立ち――否、飛び塞がったところで、カエルの口から炎が吹き荒れる。
「うおー……先輩、癒しの歌に切り替えます?」
「いや、大技といえど範囲攻撃っぽいしノクスならきっと耐える。それに、幻惑の歌を維持したほうが……」
炎が収まった時、そこにはHP三割のノクスが煙を出しながら翼を下ろすところだった。
燻る火の粉を散らすように羽ばたきを再開し、俺たちに向かって戦意を示すかのように力強く鳴く。
「よし、偉いぞノクス! 接近して敵の真上で高速旋回、その後降下して攻撃! 攻撃タイミングは任せる!」
「先輩、その心は?」
「残像で目測を誤らせる。ノクスは小回りが利くほうなんだし、攻撃にも有効に働くはずだ」
ノクスが俺の言葉通りに激しく動き回り、カエルの攻撃は空を切り、ヘビが必死に首を巡らせ、やがて……。
スタミナ切れで鈍ったヘビの頭部を、ノクスが残像を出しながら捉える。
「成功だ! ここから反撃――んっ?」
「おや……」
「「掴んだぁ!!」」
リコリスちゃんとサイネリアちゃんの叫びに、俺たちは画面を二度見した。
ノクスは攻撃を成功させただけでなく、その足でがっしりと敵のカエルを捕獲しており……。
焦った様子でにょろにょろと動くヘビを他所に、掴んだまま高度を上げていく。
「……先輩、これ」
「……。このまま他のゾーンに運んで二対一を作ろうか」
カエルはノクスの下でもがいているが、ここまでの行動からどう見ても遠距離攻撃特化の神獣だ。
振りほどくには至っていない。
「……そうしましょう。ちょうど幻惑の歌も切れましたし」
ヘビは地走にしては早いのだが、空を行く鳥に追いつけるほどではない。
それは障害物が多いほど顕著であり……。
歌の発動が終わって通常速度に復帰したマーネと共に、俺たちが森林ゾーンにカエルを運び去ったところで降参が宣言される。
「ちょっと釈然としないけど……うん。ナイス、ノクス」
「うむっ! やったな!」
「ノクスのおかげで勝利です!」
「おめでとうございます、ハインド先輩。おめでとう、シー」
「ありがとー」
結局ヘビがどんなスキルを持っていたのかも気になるが、とにかくトーナメント初戦は無事俺たちの勝利となった。