神獣バトル選手権・決勝トーナメント その1
翌日、俺たちは再び神殿の礼拝所へと向かうことに。
神殿入口の門前では、今日も現地人とプレイヤーとが多数行き交っている。
ここに来た目的は、もちろん――
「トーナメントも、見るだけなら楽なんですけどねー。いざ自分が出るとなると……」
「お、緊張してきたのか? フフフ、らしくないではないか!」
予選88位として、上位128組で行われる決勝トーナメントに出場するためだ。
緊張やらプレッシャーに異常に強い――というよりも楽しむ傾向すらあるユーミルが、シエスタちゃんに笑いかける。
揶揄するようなユーミルの言葉に対し、シエスタちゃんは小さく首を横に振った。
「いえ。緊張っていうか、眠くなりますよね?」
「ならんわ!? どういう精神構造だ、お前は!」
「ある意味頼もしいけどな。本戦前なのに完全にリラックス状態」
むしろ先程からそわそわとした様子でサイネリアちゃんと話しているリコリスちゃんの方が緊張しているように見える。
当の本人は長いふわふわの髪を揺らしながら、欠伸混じりに細めた目でこちらを見上げてくる。
「んむ、やる気はあるんで大丈夫ですよ。念のため言っておきますけど。ソファ、ソファ」
シエスタちゃんがマーネを撫でながら上機嫌に歩く。
そんなに楽しみなのか……これは無事上位に入れた暁には、半端なものは作れないな。
正門、通路、連絡路を通って礼拝所へと到着。
ここに来るまでにも薄々感じていたことだが、礼拝所の中に入ってそれは確信に変わる。
「人……多くないか? 予選の時よりも」
そそくさとセレーネさんが俺の背で小さくなる。
俺たちもフードを被り、昨夜も使った柱の影へと移動して開始を待つことにした。
落ち着いたところでトビが周囲を見ながら口を開く。
「直に試合を観戦したいプレイヤーたちでござろうなぁ。方々(かたがた)、決勝の仕様変更は確認済みでござるか?」
「戦いの神様がナビゲーターをしてくれるんですよね!」
「それと、観戦した試合数に応じて報酬を受け取り可能なスタンプラリー……でしたね? ただし予選と違って、ポータルに入って大画面で試合を見る必要があるのですよね。中の特殊空間で」
答えたのはリコリスちゃんとサイネリアちゃんだ。
そんな仕様変更があるのか……知らなかった。
「然り然り。複数の試合を切り替えながら見たい人には不評でござるが、報酬を考えるとゲーム外で見るよりもお得! ということで、予選落ちや見るだけのプレイヤーも集まっているのでござろう。ハインド殿、もしかして公式を見る暇なかった?」
「昨日、今日と可能な限り仮想敵のデータを頭に詰め込んでいたからな……リィズに手伝ってもらってさ」
「ええ。シエスタさんにも一部担当していただきましたが、大半はハインドさんが」
「はー。それなら仕方ないでござるな」
「しかし、今回は賭けもないのに集まりが良いのはそういう理由か」
戦いの神様とやらに加え、スタンプラリーか。
俺とシエスタちゃんは仕方ないというか、出場報酬の時点で豪華な見返りがあるが……。
「一緒に指揮エリアに入るフレンドはどうなるんだ? スタンプラリーの扱いは」
「それは大丈夫だよ、ハインド君。出場者と一緒に指揮エリアに入るプレイヤーには、応援者報酬っていう別枠のものがあるから」
「ほう! 報酬などなくても、最初から全力で応援するつもりだったが……運営も中々に粋なことをしてくれる!」
「だよなぁ。ってな訳で、俺もご相伴に預かりたいねぇ。鳥同盟の諸君」
突然、ぬっと長い首が俺の目の前に割り込んでくる。
長い睫毛、二本の角、顔の系統としてはラクダによく似た……。
「スピーナさん……エリザをそんなに近づけないでくださいよ。鼻息がくすぐったい」
「あ、そう? 悪い悪い」
目の前にいたのはカクタケアの神獣、キリンのエリザだ。
キリンとしては小さいエリザを、スピーナさんがゆっくりと下がらせる。
フードを被っていても、フレンドへの位置通知を切っていないので俺たちが丸分かりだったようだ。
「昨日ぶりですね。ご相伴ってのは、応援者報酬のことですか?」
「おう、ハインドは話が早くて助かるねえ。後ろで応援させてもらっていいか? カクタケアはもう負けちまってさ。ただ他の試合を何となく眺めるよりも、お前さんたちの戦いぶりを見てえ」
「そうですか。いいよね? シエスタちゃん、みんな」
「どうぞどうぞ。枠は余ってますし、別に減るものでもないんで」
シエスタちゃんの言葉に続くように、みんながスピーナさんを歓迎する。
応援してくれる人が増えるのは素直にありがたい。
スピーナさんが感謝の言葉を返してきたところで、今度はシエスタちゃんの背後に人影が迫る。
「――殺気っ!? リコバリアー!」
己の直感に従い、シエスタちゃんが滑らかな動作で横にスライドする。
そして自分が直前までいた場所には、ぬるっとした動きで入れ替わるようにリコリスちゃんを置いていき……。
「シエスタちゃん捕まえたぁぁぁ!」
「きゃあああああ!?」
ややハスキーな女性の声が響き、がっしりとリコリスちゃんが抱きしめられた。
例え同性でも、ゲームの判定でアウトになりそうなギリギリの行為だ。
いきなりこんなことをする知り合いというと……。
「ルージュさん……」
「む、おかしらか!」
戦闘系ギルド・イグニスのギルマス、ルージュさんだけだ。
シエスタちゃんに身代わりにされたリコリスちゃんが、目を白黒させつつ悲鳴を上げる。
「ありゃ、シエスタちゃんかと思ったらリコリスちゃんじゃないか!? ……まあいいか。ぎゅー」
「ぐええええっ!! シーちゃんのばかぁぁぁ!!」
「ごめんね、リコ……君の犠牲は忘れない……」
「シー、あなたね……」
サイネリアちゃんが頭痛を抑えるように額に手を添える中、一連の動きを見ていたトビが大きく頷く。
「リコリス殿は気の毒でござるが、シエスタ殿。何と見事な変わり身の術……」
「うむ。トビのエセ忍術よりも完成度が高かったな?」
「エセ忍術というと、よく挑戦している隠密系のやつか? 確かに、大概失敗しているよな……」
「ききき、気のせいでござるよ!? ほら、成功した場合は気付かれないからお二方が憶えていないだけで――」
それよりも、リコリスちゃんを解放してやらねば。
ルージュさんは小さくて可愛い子と触れ合えて嬉しそうだが、さすがにこのままではマズい。
女性同士の触れ合いだけに、男の俺が手を出す訳にもいかず……。
「……ユーミル、サイネリアちゃん。リコリスちゃんからルージュさんを引っぺがしてやって」
「む、そうだな。かしら! おかしら! やり過ぎだ、止まれ!」
「リコ、しっかりして!」
ここは女性陣の中で最適と思しき二人にお願いする。
やがてリコリスちゃんが開放されると、スピーナさんが呆れて溜め息を吐く。
「何やってんのさ、おたく……」
「話は途中から聞かせてもらったよ。ここはあたしも応援に加えちゃくれないかね? あんたたちの戦いぶりが気になる」
「無視かい。最後、俺と台詞が被ってるし。しっかし、ライオンとはまたベタなチョイスだねぇ」
ルージュさんが連れているのは、炎のようなたてがみを靡かせる獅子の神獣。
名はギルド名と同じ「イグニス」だとルージュさんが紹介する。
憶えやすくはあるが、ギルドの名前と同じで混乱しないのだろうか?
「……で、駄目かい? 嫌なら無理にとは言わないが……」
「あー……女の子たちに無理矢理抱きつかないと約束してくれるなら、はい」
「ハインド先輩……!」
リコリスちゃんが嬉しそうに俺を見てくるが、一方でルージュさんは言葉に詰まる。
どうもその様子を見て、ようやく己の行動が行き過ぎていたことに気付いたようで……。
「うっ……そんなに嫌だったかい? リコリスちゃん」
「抱きつかれるだけならそんなに嫌じゃないんですけど、毎度圧迫されるのが苦しくて……すみません」
「そこで被害者なのに謝っちゃう辺り、実にいい子だよなぁ……おたく、力が強過ぎるんだよ。やるんならせめてもっと優しく、な?」
「何でアンタがしたり顔で説教してくるんだい? でも、そうだね……今後は気を付けるよ。ごめん、悪かった」
スピーナさんの言葉を受けて、ルージュさんが勢いよくリコリスちゃんに向かって頭を下げる。
若干事態に置いていかれ気味の俺たちは、黙って見守るのみだ。
「あっ、いえいえ! 分かってくれたらいいんです! 一緒に応援しましょう、おかしらさん!」
「ありがとうねぇ、リコリスちゃん。しっかり後ろから応援させてもらうよ!」
「よかったじゃねえのぉ、おかしら」
「誰がかしらだい!? 変な呼び方するんじゃないよ不死身の!」
「……いや、それはお互い様なんじゃ?」
リコリスちゃんと同じ呼び方をしたのに、自分だけが反発された上に二つ名で切り返される。
それに釈然としない表情になるスピーナさん。
しかし、急に応援が賑やかになってきたな……。
「むう、ギルド戦を思い出す面子だな」
「俺たちはともかく、カクタケアとイグニスのメンバーはトップの二人……と、その神獣が二匹だけだがな。さて、そろそろ開始時刻のはずだが」
ユーミルと一言交わしたところで、視界下部に入場を促す字幕が流れ始めた。