神獣バトル選手権・予選 その2
全員が談話室に揃ったのは、それからおよそ十分後。
そしていざ出発となったところで、サイネリアちゃんが待ったをかける。
「申し訳ありません、少しだけお時間を。すぐに済みますので……リコ、こっちに」
「へ? ……あ、ああ! そっかそっか!」
何だろう? サイネリアちゃんに手招きされ、リコリスちゃんが隣に並んで立つ。
アイテムポーチに手を入れ……二人がそれぞれ取り出したのは、練った団子のようなもの。
「これは?」
「ティオ殿下に教わりながら、サイちゃんと作った――」
「鳥用の特製練り団子です。コンディションを整える効果があるそうで、戦う前に食べさせるようにと」
「驚いてくれました? 今日までみなさんには秘密で用意していたんですよ!」
「ああ、驚いたよ。いつの間に……」
殿下が何も言っていなかったということは、サイネリアちゃんが上手く事を運んでいたようだ。
リコリスちゃんもティオ殿下も隠し事には向いていない性格だから、大変だっただろうに。
「シエスタちゃんは知っていたの?」
「いえ、今初めて知りました。何かコソコソやってるなー、とは思っていましたが」
「そ、そう」
それを感じていながら放置していた辺り、実にシエスタちゃんらしいが。
二人が俺とシエスタちゃんに団子を渡してくれる。
「ありがとう、二人とも。シエスタちゃんは果報者だ」
「――二人の優しさに私が泣いた!」
「その割には満面の笑みに見えるが……」
「うむ! 見てくれはともかく、良い贈り物ではないか! ナイス!」
こういったサプライズが大好きなユーミルは、まるで自分のことのように嬉しそうだ。
それにリコリスちゃんとサイネリアちゃんも笑みをこぼしてから、シエスタちゃんに向き直る。
「シーちゃん、頑張ってね!」
「頑張るのはマーネだけどねー。ありがと、リコ」
「しっかり目立ってきてね、シー。半端なところで負けちゃ駄目よ」
「サイはまだ根に持ってんの? あー……目立つかどうかは分かんないけど、ソファのためにも勝ってくるよ。うん」
俺は三人のやり取りを横目に、早速手の平に団子を乗せてノクスの前の差し出す。
ノクスは一口食べた後、気に入ったのか勢い良く団子をつついてあっという間に平らげてしまった。
マーネもシエスタちゃんの手から、少し遅れて特製団子を完食。
二匹揃って羽を広げ、元気な鳴き声を上げる。
「……おお、本当に団子が効いている感じだ。それじゃあ――」
こちらが向けた視線に、シエスタちゃんが眠そうな顔で頷いた。
神殿の礼拝所内は王都内のプレイヤーが多数詰めかけていた。
これでも一部は既に予選を始めているのだから、出場者が戻ってきた時は更に混雑するだろう。
神獣によってはサイズがあるので、それも室内の空きスペース圧迫に一役買っている。
「うぉぉ、混んでる……ハインド殿たちは、グループBだったでござるか?」
「ああ。もうグループAが始まってから数分経つし、すぐに呼ばれると思うぞ」
待っている間は他のプレイヤーがやっているように、戦闘中の予選試合を見ることができる。
マッチング&待ち時間、後に試合の繰り返しで、若干だがグループ毎に時間差が設けられるとのこと。
「……セレーネさん、大丈夫ですか?」
「うん、みんな画面を見ているからね。でも、ノクスとマーネはコンテスト入賞者――入賞鳥だから」
「念のため、隅の方で待機しますか。今日は銀サボテンのブラシを使っていませんし、目立ち難いとは思いますが……ユーミル、移動」
「――む、分かった! しかしこの非日常的な光景、RPGらしさがグッと増したな!」
「確かに。猛獣とか動く石像とかが普通に付き従っている訳だからな」
礼拝所には長椅子が設置されているのだが、空きはないので柱の陰に立って待機する。
神獣の呼び出しはホームや宿屋でしか行えないので、待機中のプレイヤーたちの神獣は出しっぱなしだ。
目を輝かせて周囲を見回すユーミルにつられて、俺もそれを何とはなしに眺める。
「先輩、私座りたいんですけど……」
かけられた声に視線を向けると、シエスタちゃんがマーネを頭に乗せたままうなだれていた。
座り過ぎは体に悪いんだけどな……圧のかかる部分の血流が悪くなるので、横になっていたほうが遥かに良いくらいだ。
とはいえVR空間内でそんなことを言っても仕方ないので、現実的な提案をしてみる。
「ちょっとだから我慢してよ。ほら、せめて柱に寄りかかれば? 少しは楽になるから」
「冷たい柱よりも、先輩が腕を貸してくれれば解決しません? おんぶでも可」
「……」
「し、シーちゃん!? 柱よりも、リィズ先輩の視線が冷たいよ!」
「ちぇー。じゃあ柱でいいです」
「試合が終わって空いている席があったら座ろう。それまでの辛抱だよ」
全グループの一試合目が始まった後は、それぞれの試合時間の差もあって座れる公算が高くなる。
駄目なら駄目で神殿内の別の施設――すぐに戻って来れる場所で休めば問題ない。
しかし今ここを離れるのは、次が初戦ということもあり不安だ。
「こう見ると、まだ未成体らしき神獣も多いのだな?」
「成体とは大きさの違いしかない種族が多いのもあって、見分けは難しいけどな」
だが、パッと見の印象はユーミルに同意できるんだよな。
その印象をもたらしている要因はというと……。
「今ならコンテストで成体として紹介された神獣と比べられるから、分かりやすいよね?」
「まだ記憶に新しいですからね」
セレーネさんが言葉にしてくれた通りだろう。
コンテストで紹介された神獣は、一部被りもあるがおよそ40種類。
それを元に眼前の神獣たちを比べると、成体に達しているかどうかが何となくだが分かる。
完全に同じでなくても、種族の近い神獣であればある程度の基準にはなるからだ。
「ついでに成体かどうかで強敵か否かもある程度分かってしまうな。成体になりにくい神獣もいるとは聞くが、そこまで極端な差ではないそうだし」
「取得した経験値の多寡も判明しますからね。ですが、ハインドさん……」
「分かっている。油断は禁物だな?」
特に状態異常で行動を制限してくるタイプだと、戦術さえ上手く嵌まれば成体・未成体はあまり影響しなくなる。
そういうのは一見弱そうな小型の神獣に多いんだが……遠目だと判別が難しいな。
逆に分かりやすく強そうなあの辺の……バッファローやらクマやらは判別が簡単だ。
そちらは一撃で決着がつくような大技に注意。
――と、字幕が流れてグループBのマッチング完了と移動を求める旨が表示された。
時間内に向かわなければ不戦敗となる。
「出番か。事前に説明した通り初戦の組み合わせは完全にランダムだから、敵の強さは未知数だ。シエスタちゃん、準備は?」
「できてまーす。マーネも――」
『ピ!』
「……できてるそうです。元気元気」
「ん。じゃあみんなも、駄目出しと応援よろしく」
「ふむ、駄目出しか……最近夕飯のメニューが随分と野菜寄りだな? 肉を増やせ、肉を!」
「ハインドさんはもっと私と一緒にいる時間を増やした方がいいと思います」
「いや、そういうのじゃなくて……わざとか? わざとだろう?」
分かっていて言ってやがるな、こいつら。
そんな話をしている間にも、次々と神獣を引き連れたプレイヤーたちがポータルに乗って移動していく。
「はぁ、もういい……ノクス、行こう」
『ホー』
イベント開始前に比べ大きさも重さも増したノクスを肩に乗せ、俺は杖を手にポータルへと向かった。
全員ポータルに乗ったのを確認してから、表示された決定ボタンを押すと……。
足元から光が立ち上り、景色が切り替わる。