神獣バトル選手権・予選 その1
「今回、移動がないのは楽ですよねぇー」
ヒナ鳥たちの談話室でコンテストから戻ってきたノクスの世話をしていると、同じくマーネの世話をするシエスタちゃんがポツリと呟いた。
今日は神獣バトル選手権初日、その予選が行われることになっている。
ということは……。
「……ああ、イベントの開催場所のこと? いきなり何の話かと思った」
神獣バトルは本戦も模擬戦同様、各地にあるポータルを利用してあの空間で行われる。
だから、シエスタちゃんの言うように他国に移動したりといった手間がない。
マーネへのブラッシングの手を止め、シエスタちゃんが緩い笑みをこちらに向けた。
「先輩レスポンスいいんで、ついつい話を省略しちゃいます。リコなんかだとこうは行かないんですけどねー」
「なにおう!? シーちゃん、それは聞き捨てならないよ!」
「じゃあさ、リコ。私が今何を考えているのか当ててみてよ」
「え? えーと……」
リコリスちゃんが気怠そうに頬杖をつくシエスタちゃんを観察する。
マーネが構って欲しいのか、その腕をくちばしで突く中。
シエスタちゃんの視線の方向を見ると……あ、分かった。
「全然分かんない……」
「先輩は?」
「次はマーネに水をあげないとなぁ……でも水桶あっちに置いてきちゃったなぁ、アイテムポーチに入れて座れば良かった……みたいな考えに見えたけど?」
視線の先には隣のテーブル、その上には神獣の世話に必要な道具がいくつか。
次に水やりをするのでは、と考えたのは普段の彼女の行動パターンからの類推だ。
「え、そうなのシーちゃん!?」
「うん、先輩当たり。やっぱり先輩は最高ですねー。ついでに言うなら、そのまま水桶を持って来てくれないかなぁって思ったり」
そんな期待するような目で見られても……。
あまり甘やかしてばかりも良くないが、この場合はどうするべきか。
「立ち上がってたった数歩の距離ではないですか……怠惰にもほどがあります」
「あ、妹さん。お早いご到着で」
俺が逡巡していると、苦言を呈しながらもリィズが水桶を持って来てくれた。
マーネの前にそれを置いてから、俺の隣に座る。
「まだ三人だけですか……ハインドさん、今の内に予選の仕様を復習しておきたいのですが」
「ああ、いいぞ」
「あ、私も教えて欲しいです!」
リィズのやつ、半ばシエスタちゃんに聞かせることを目的とした発言だな。
この子の場合、どうせイベント概要は流し読みだろうし。
本当、リィズの優しさは伝わり難いというか……。
それに対して素直に手を上げるリコリスちゃんに対し、シエスタちゃんは何故かニヤニヤとしている。
「妹さん、結構損な性格していますよねー。相手によっては分かってもらえないでしょ? 色々と」
「……何の話ですか?」
「あ、だから先輩なのかぁ。先輩ならそういうところも、ちゃんと理解してくれますもんね。納得納得」
「……シエスタさん。それ以上余計なことを喋るようでしたら――」
「いやー、すみません。気を回してくれたことが嬉しくて、つい」
「勘違いしないでください。あなたにハインドさんとノクスの足を引っ張られたら困るからです」
「そうですか。ふふふ」
……何だろうな、この背筋がぞわぞわくる会話は。
こういう時、どんな顔でやり過ごせばいいのか未だに分からない。
黙って見守っていると、リコリスちゃんがリィズの反対側から俺の耳元に口を寄せた。
「あ、あの、ハインド先輩。何か怖いやり取りをしているのだけは分かるんですけど、ほとんど意味が……」
「分からなくてもいいんだよ。リコリスちゃんみたいな人も、きっと世の中には必要だから……」
「は、はい? よく分かりませんが……分かりました!」
ああやって言葉の裏を読みながら話せる人種がいる一方で、少しくらい鈍い人がいたほうが……何と言ったらいいのか、癒されるというか。
――と、予選の仕様の確認だったな。
「二人とも、そろそろ話を戻してもいいか?」
「……はい、ハインドさん。お願いします」
「わー。先輩お得意の解説タイムだー」
「茶化すんならやめようかな……」
「すみません理解が半端なので是非。先輩作のソファ欲しいですマジで」
流れでソファを作る順位も10位以上でということに決まった。
10位以上ということは、最低でもトーナメントでベスト16――そこからの順位決定戦で好成績を出さなければならない。
二対二は一対一よりも出場者が少ないそうだが、難しい条件であることには変わりがない。
「……予選の試合数は十戦で固定。予選の突破には勝敗数――勝ち点に加え、評価点なるものが関わってくるそうだ」
「評価点、ですか?」
「あー、書いてありました確かに。詳しくは見てませんけど」
評価点というのは、神獣同士のステータス・属性相性・サイズ差などを元に試合内容に応じて変動するスコアとのこと。
不利な側で善戦したり勝利した場合、特に多くの点を取れると公式サイトで発表されていた。
ひとまず理解の早いシエスタちゃんに説明して、後からリコリスちゃんの分からない部分を答えることにしよう。
「厳密には違うんだけど、イメージとしてはスポーツの得失点差みたいな感じでいいんじゃないかな」
「当落線上の勝ち点で並んだ場合、その評価点とやらで突破できるかどうかが決まるんですね?」
「そう。まあ、全勝してしまえば関係ないのだけどね。あ、あと予選における対戦の組み合わせは初戦のみランダムで、後は勝ち点が同じ同士で組まされるそうだ」
「要はスイスドローをめんどくさくした感じですか?」
「ああ、まさにそれ。評価点を加えることで、若干だけど試合数を圧縮できるのかな?」
「本戦は普通の勝ち抜き制なのに……」
「こうしないと初戦で負けたプレイヤーから不満が出るからじゃない?」
「ですよね。不満を出さずに予選を一日で済ませるとなると、こうなりますかぁ」
最初から勝ち抜き制だと、一戦行っただけで終わりのプレイヤーが多数出てしまう。
闘技大会の時のように長い予選期間があれば良かったのだろうが、コントストの都合か今回は日程が短めということもある。
シエスタちゃんはこれで大体OKなようなので、次はリコリスちゃんに。
「リコリスちゃんはスイス式トーナメントって――」
「……」
まずは話についてこれているか確認したら、凄いションボリした顔で見返された……。
そんなに落ち込まなくても、あまり一般的な知識ではないので大丈夫だ。
「分かんないか。まあ、勝ってる場合は後半になるほど相手が強くなるシステムだと思ってもらえれば」
「えっと……それだと、予選の最後の方で当たった人とまた本戦で当たったり……」
「可能性はあるだろうね。本戦トーナメントでは、なるべく当たらないよう反対側のブロックにされるだろうけど」
「初戦にいきなり強い相手に当たって負けちゃって、残り全勝……」
「それもあり得る。でも、そのケースでも突破できるようになっているはず」
「………………。とにかく、精一杯頑張ってなるべく多く勝てばいいんですね!」
「うん、ユーミルみたいな力技な帰結。でも合ってる!」
評価点があるので、負けるにしてもできるだけ内容を良くしなければならないが。
とりあえず全試合全力でやっておけば間違いなし。
と、説明を聞き終えたシエスタちゃんが小さく溜め息を吐く。
「内容も見られるってことは余裕でも手を抜けな――抜かない方がいいんですね」
「しっかりやってくださいね。ハインドさん、観戦はフレンドゾーンを使っていいのですよね?」
「もちろんだ。声も届くし別に違反じゃないから、応援だけじゃなくバンバン助言もしてくれ」
もっとも神獣に声を届けられるのは担当プレイヤーだけなので、咄嗟の判断は指示を出している者次第となる。
気が散るということでフレンドゾーンに人を入れないプレイヤーもいるそうだが、俺たちの場合は問題なし。
さて、説明も済んだところで……全員揃ったら早めに神殿に向かい、予選に備えるとしよう。