バトル開始に向けて
キューティ部門第2位は、どこかで見たコロコロとした物体。
一早く成体にした上で画像が流れたためか、多くのプレイヤーに認知されたであろうこの神獣。
「ああー、このアザラシ……あのアザラシで間違いないよな?」
「始めにスクショが広まったあのアザラシっぽいでござるな。眉の位置とか、口元の形とか」
「見分けがつきにくいが……うむ、私もそう思う」
まさかプレイヤーの脳波を参考にする事を知っていた訳でもないだろうが、掲示板での拡散がプラスに働いたようだ。
セレーネさんとリィズは何の話か分かっているようだったが、ヒナ鳥たちは事情を訊きたそうな顔をしている。
「先輩方、この子とお知り合――お知りアザラシですか?」
「変な造語を生み出さないでよ、リコリスちゃん。知り合いじゃなく、単に掲示板のスクショで見たって話さ」
「うむ、神獣の成体一番乗り! ……かもしれないアザラシだ!」
「そのスクショ、結構あちこちのスレで貼られていたはずでござるが……リコリス殿たちは見ていないでござるか?」
「ええとですね……待ってください、今思い出してみます!」
トビの問いを受けて、リコリスちゃんが考え込むような顔をする。
確かリコリスちゃんの掲示板の観測範囲は……。
「神獣自慢スレとかだと、普通に埋もれる可能性があるかな。あそこは成体がどうとか興味なさそうだ」
「あ、そうかもしれません。あそこは沢山のスクショがわーって貼ってありますから! その中で、何となくこのアザラシを見たような気はしています! はい!」
「私もリコに見せられたような気がします。とはいえ色々な神獣を見たので、確実ではありませんが……」「ん、私たちが見たかどうかはともかく……スクショを見て色んな人がこのアザラシ可愛い! と思ったから、今回順位が上がった可能性があるって結論でよかですか?」
「よかですよ。ゲーム内でその脳波を飛ばす必要があるけど、見た人は自分の神獣の成長具合と比較してアザラシのことを思い出しただろうしね」
実際に俺もそうだった。
そんな具合に明確な追い風があった訳だが、その可愛さに疑いはない。
氷の鎧を纏って床を滑る、という芸をアザラシが披露していよいよ第1位の発表に。
『石鹸がすっぽ抜けちゃった時って、あんな風に滑りますよね?』
「女神様が出す例えが石鹸……?」
「そもそも、この世界に石鹸って……はて? 拙者、どこかで使った記憶が」
「あるだろう? ホームの調理場にも置いてあるぞ」
「ああ、調理の時でござったか!」
「洗浄ボタンがあるからあんまり意味ねえけどな。使った記憶が薄いのはそのせいだろう」
俺は癖で使ってから気が付くことが多いのだが。
洗浄ボタンだけだと何となく気持ちが悪いので、気が付いていても結局使ってしまうのだが。
女神様が軽やかなステップで移動し、とある動物たちが固まる一画で足を止める。
『1位は……何と通常の九倍の……』
「九倍?」
『九倍の……九本の尻尾のあるこの子です!』
そう言って女神様が抱き上げたのは――九尾の狐。
「うわ、出たよ幻獣系」
『尻尾が九つで九倍お得……かどうかは分からないですが』
「最初からずーっと微妙にズレているでござるよな。この女神様……」
「見た目通りと言えばそうだがな」
おっとりお姉さんが珍妙な発言を連発している、という。
神様でなければ別に普通の光景だ。神様でなければ。
女神アニマリアがホクホク顔で九尾の狐を撫でくり回す。
『この九本の尻尾からなる密度は他にはない素晴らしさでしょう! 思わず顔を埋め――へくしゅ!』
「何がしたいのだ、何が」
『名前は九尾のキュウちゃんだそうです。ストレートな名付け――え? うんうん……キュウちゃんによると、九尾になることを見越してキュウちゃんなのではなく、鳴き声がキュウだったからキュウちゃんだそうです。どっちにしてもストレートですね』
「遂に神獣と会話を始めたぞ、女神様」
『キュ!』
話を理解できているのか、九尾のキュウちゃんが画面に向かって前足の肉球を見せ付ける。
おお、賢い……そして可愛い。
動きに合わせて豊かな尻尾が左右に揺れる。
「なーにがキュ! だ! 私のハートがキュっとなったぞ!」
「落ち着けユーミル」
「どこの神獣だろうね……?」
「狐といったら俺たちの場合、キツネさんの顔が真っ先に浮かびますが……まさかそんな安直な話が――」
その時、一羽の九官鳥がキュウちゃんの頭の上に止まった。
いやいやいやいや。
『え、朔ちゃんとお仲間なの? それは素敵ですねえ』
「完全に和風ギルドの狐でござるよ!? 完全に和風ギルドの狐でござるよ、ハインド殿!」
「分かったから、二度も繰り返すな……すげえな、和風ギルド」
4位と1位、二匹も同部門にねじ込んでくるとは……。
後でお祝いのメールでも送っておくか。
「ほう、和風ギルドの狐だったか! 今度キツネ姉さんに頼んで触らせてもらうとしよう!」
「驚きましたね……さすがTBの獣耳の発案元というべきでしょうか?」
「関係……なくはないか。キツネさんなんかは特に、動物好きでも全然おかしくないもんな」
そしてキュウちゃんが狐火による舞いを披露し、キューティ部門は閉幕。
続けてビューティー部門、ワイルド部門と続きノクスはワイルド部門で第10位という結果に。
「ギリギリ入賞か……」
「んがぁぁぁ! ウチの、ノクスが、一番、格好いいだろうがっ!!」
ユーミルが地団駄に合わせて悔し気に叫ぶ。
これでも十分に高い順位なのだが、それに満足しているメンバーはいなかった。
「クール部門があったら1位だと言っていたでござるな、女神様が」
「だったら今すぐにでも開設しろって話ですよ。舐めているのですか?」
「難しいよね。頑張れば頑張っただけ順位が上がるものじゃないから……」
ちなみにノクスの芸だが、アイスニードルの氷をウィンドカッターで削り、氷の花にして渡すというもの。
人がやると気障過ぎる芸当だが、神獣ならばそうはならない。
ノクスのくちばしから花を受け取った女神様は大変嬉しそうだったが、10位だった理由はトビが口にした通りとのこと。
「10位おめでとうございます、とは言えない空気ですねー……」
「あ、ごめんね。育成者としての欲目もあるんだろうけど、もうちょい行けると思っていたからさ……」
「シエスタ、こうなったらバトルは10位以上だ! マーネと一緒にノクスとハインドを助けて、10位より上に連れて行ってやってくれ!」
「えー、と……そう、ですね。それじゃあ、ほんのちょっとだけ頑張ってみますかね」
シエスタちゃんが俺の表情を窺ってから、頭を掻きつつユーミルにそう返事をする。
おお、何だか妙に頼もしいな。
これはもしかしたら、好成績を期待できるかもしれない。
「では、今から最後の宝珠集めと洒落込むか!」
「え、今からですか? 勘弁してくださ――はぁ。分かりましたよー、もー」
抵抗の無駄を悟ったのか、それとも抵抗する気力がなかったのか、あっさりと折れるシエスタちゃん。
それに俺は手振りで小さく詫びた。
少しでも経験値が多い方が良いのはその通りだからな……。
みんなも手伝ってくれるとのことで、審査終了と共に俺たちは戦闘の準備を始めた。