真・試練を与えし者
「わ、わわっ! 一撃でHPがこんなに!? 盾で防いだのに!」
「先輩、もう足が……足が……」
「頑張れ、あと少しで逃走できる! ……はず!」
「は、はず!? そこは気休めでもいいから断言してくださ――あっ、あっ!」
「危ないっ! 喋る余裕があるならちゃんと走ってよ、シー!」
ふらつくシエスタちゃんを、サイネリアちゃんと一緒に両脇から支える。
こんなくだらない状況で全滅は嫌だ! 必ず生還する!
「ユーミル、リコリスちゃんを援護してやってくれ! ノックバックさせるだけでいい!」
「任せろ!」
『大砂漠デゼール』を後にした俺たちは、別のフィールドで敵に追い回されていた。
フィールド名はサボテンがにょきにょきと群生する『ミッテ荒野』。
砂漠でないということから分かる通り、既に王都からかなりの距離を離れている。
最初は砂漠と違った雰囲気の景色とギリギリで倒せる敵の強さにユーミルは満足そうだったのだが……。
敵に一撃を加え、リコリスちゃんと共に離脱してきたユーミルが横に並ぶ。
「硬いっ! 何であんな異常個体がいるのだ!」
「お……っごほっ、ごほっ! お仕置き用? はたまたお前みたいに、戦闘に刺激が欲しいやつ用じゃないか?」
「いらん世話だ! はぁ、はぁ……しかもしつこい! 行動範囲が広すぎだ! フィールドボスかあいつは!」
「フィールドを跨がないと、はっ、はっ……振り切れませんかね?」
「いや、どうやら止まったみたいだ……」
光る天使の姿をした敵が、突然棒立ちになる。
反転すると、そのままフィールドの中央へ足を動かさずに滑空していく。
その背には……
「おのれ、四枚羽め……」
ユーミルが呟いた通り、二対四枚の羽が。
名は『真・試練を与えし者』で、明らかに通常の『試練を与えし者』とは格が違った。
「な、なんでユーミル先輩、もう息が整って……うぇっ……」
「し、シーちゃんしっかり! はぁ、ふぅ……うぅ……」
「二人とも、無理して喋らなくていいから……はー……」
俺は深呼吸を何度か繰り返した後、みんなを手招きした。
減ったHPを『エリアヒール』で一気に回復する。
「ふいー、癒される……もう帰りたい……」
「何だったんでしょうね、あれは」
「さてね……知っている人は知っているんだろうけど」
俺たちが初めて遭遇した訳でもあるまいし。
掲示板に情報をぼかして書いている人はいた気がする、上位個体とかどうとか。
これはつまり、攻略の早いプレイヤーたちが情報を出し渋っているパターンか。
情報通なトビもセレーネさんも特に何も言っていなかったしな……。
それでも警戒するに足る書き込みはいくつかあったので、これは俺の落ち度だ。
「……」
何だろう、心の中で引っかかるものがある。
ここまで今一つイベントの波に乗れていないというか、流れを見誤っているというか。
その原因を掴む前に、みんなが俺に視線を集めてきたところで思考が中断される。
とりあえず、当面の問題としては……
「あいつが出る条件、それと倒せるのかどうかが問題だよな」
「倒せるのか!?」
「絶対に倒せないものは設置しないんじゃねえかな。イベント限定の敵なんだし、尚更な。一回倒してみて、苦労に見合う報酬があるのかどうかも知りたい」
「不意打ちのような登場でしたからね。きちんと準備すればあるいは……」
ただでさえ強力になった『試練を与えし者』と戦っていたところにあれだ。
感覚的には今までに戦ったダンジョンボスを一回りパワーアップさせたといった感じ。
状況が悪いこともあって逃走したが、まるで歯が立たないというほどではなさそうだ。
「あー、あとあれがあるじゃないですか。神獣の能力アップ」
「え、何それシーちゃん?」
「知らないの? 今回のイベント敵――あの天使っぽいのを相手にした時だけ、能力に補正がかかるらしいじゃん? イベントページ見てないの?」
「知らなかったよ……ちゃんと目を通したはずなのに……」
「大丈夫だ、リコリス。私も知らなかった!」
「大丈夫じゃねえよ!?」
もう何度同じことを言ったか分からないが、イベント内容くらい把握しておいてほしい……。
「だからフィールドに神獣を連れた人が多かったんですね!」
「まあ、現状カンストプレイヤーほどの能力は発揮できないはずだけど。穴埋めには十分だからね」
「補正の割合は公表されていませんでしたよね?」
「されていないね。ただ検証勢が大体の数値を出していて、敵レベルの上下によって補正率が……あ」
「どうした? ハインド」
ユーミルとリコリスちゃんが不思議そうな顔をしているが、サイネリアちゃんとシエスタちゃんは俺の言葉にピンと来るものがあったようだ。
もしあの『真・試練を与えし者』にも補正が適用されるなら……。
「……補正率によっては、二羽を連れて倒しに来た方が良いかもしれませんね」
「……どちらにしても、自分たちで検証する必要があるか」
仮に通常よりも大きめの補正が乗るのであれば、ノクスとマーネをパーティインさせたほうが効率が上がる。
無論、その場合は二羽とも新スキルを覚えてからが望ましいが。
有用なスキルだといいのだがな……しかし、ここのところ攻略がチグハグだ。
神獣のステータスアップの補正率だって人任せにせず、いつもなら自分たちで調べるような内容だ。
……もしかして今回のイベントで流れに乗れていない原因は、それか?
……何だろう、不思議と確信めいたものがある。間違いなさそうだ。
「ちょっと今回、準備が甘かった面が……プレイ内容に無駄が多いよな。反省しないと……」
「何か取っ散らかってて、先輩らしくないですよねぇ。もしかして、リアルが忙しいんです? 私のせいだったり?」
「いや、一日ピクニックに使ったくらい全然問題ないよ。あれは俺もいい気分転換になったしね。楽しかった」
自由時間の確保は今まで通り、変わらずできている。
バイトを増やしたことによって多少はそれが減ったりもしたが、直接の原因ではない。
「どちらかと言うと、気持ちの問題っていうか……」
「ふむ。油断か? それとも慢心か?」
「……両方。なんかその、すまん。ごめん、みんな」
何だかんだでゲームを始めてからおよそ五ヶ月、ここまでイベント関連の成績も上々。
ゲームに慣れたことによって、プレイが雑に……といった部分が増えてきてしまった。
しかし、イベント本番前に気が付けて良かった。今からならまだ軌道修正が間に合う。
ユーミルが力強く俺の背を叩き、励ますように笑顔を作る。
「謝る必要はないぞ、ハインド! 戦略面をお前に任せきりにしているのは私だからな! お前の油断は私の油断!」
「そう言ってもらえると気が楽になるな。とりあえず今日の所は帰るとして……みんな、帰り道で意見をくれないか? 計画を一から練り直さないといけないから」
「お安い御用です!」
「私たちのほうこそ、すみませんでした。ハインド先輩に任せきりはいけませんよね……」
「あちこち走り回るよりも喋る方が遥かに楽ですし、喜んで-」
その後、俺たちは『ミッテ荒野』から撤退。
馬上で話し合いを進めながら、ギルドホームへと帰還した。