昼食とお昼寝
高原の頂上――展望広場には、休憩所が設置されている。
しかしながら日曜日ということもあり、ベンチやテーブル席などは満員で……。
「こ、ここまで来て座れない……? 先輩、私もう駄目……」
「愛衣ちゃん、気を確かに!」
「わ、亘先輩?」
小春ちゃんと椿ちゃんがこちらを見る。
俺は背負っていた荷物からビニールシートを取り出して三人に見せた。
「もちろん準備してきたよ。ここは行楽客が多いって聞いていたし」
「おお、座りましょう! すぐに座りましょう!」
「急に元気になったぞ、愛衣のやつ……」
「本当に疲れているのでしょうか……?」
「……う、うん、声は元気になったけど。よく見ると愛衣ちゃんの足、震えていない?」
未祐、理世、和紗さんの順で愛衣ちゃんに視線を送りつつそんなことを呟く。
小春ちゃんに寄りかかるように歩く愛衣ちゃんの足は、確かにプルプルと震えていた。
「……とりあえず、見晴らしのいい場所を探そう。日差しもそこそこあるから、木陰だと尚良いが」
「わっち、あそこなんてどう?」
秀平が指差したのは、頂上から少し下ったところにある木の辺りだ。
傾斜が緩く、付近には時折走り回る子どもたちが通るくらいか。
少し下の緩い傾斜では、ソリを使って滑っている子どももいたりだが、広いので邪魔になることはあるまい。
一応周囲も見てみるが、日除けになりそうな木の下はあそこくらいしか空いていない。
「うん、いいな。あそこにするか」
「亘、私もシートを使って傾斜を滑ってきてもいいか?」
「お前はいくつだよ……子どもたちに混ざって遊ぶ気か? シートがボロボロになるから駄目だ。大きいの一枚しか持ってきてないし」
「むぅ……楽しそうなのにな……」
「未祐さん、ソリは無理そうだけど、あっちに木組みの大きなブランコなら置いてあったよ」
「おお、それはいいな! 亘、後で一緒に乗ろう! カズちゃんも!」
「あ、うん。楽しそうだね」
「……考えとく」
ブランコの座る部分の構造次第だな、それは……。
未祐は絶対に全力で漕ぐだろうから、安定感のないやつだと俺の寿命が縮む。
「兄さん、後でお土産屋さんを一緒に見てくださいませんか? 明乃さんに何か……」
「そうだな。母さん、理世がくれるものなら何でも喜びそうだけど」
食べ物が無難だとは思うが。
高原土産というと、近くの特産品・農産品や牧場のミルクを使ったものだったりが多い印象。
みんなで木の下にシートを広げ、重箱を広げていく。
食欲旺盛な未祐、小春ちゃん、そして愛衣ちゃんが目を輝かせてそれを覗き込んだ。
「「おおー!」」
「おー……あ、お腹鳴った。先輩ぃぃぃ」
「情けない声を出さないでよ……ほら、まずはウェットティッシュ。手を拭いたら割り箸を回すから」
それから秀平と分割して持ってきた、お茶とスポーツドリンクをみんなに回していく。
主食はみんなで分けやすいサンドウィッチとおにぎりの二種類。
他は和洋折衷、みんなからリクエストされたものを詰め込んであるので中々に混沌とした状態だ。
余ったスペースには、栄養バランスと彩りを考えてサラダやフルーツなども盛り込んである。
「ほいほい、みんなしっかり水分は摂ってね。飲んだ分だけ帰りの俺とわっちの荷物が軽くなるから」
「心配しないでください、秀平先輩! 食べます! 飲みます! 沢山!」
「あれ、小春? 確かダイエッ――」
「止めないで、椿ちゃん! 帰りも歩くんだから消費されます! されるんです!」
「う、うん……そう、かな?」
「むぐむぐむぐ……」
小春ちゃんと椿ちゃんが話している横では、既に愛衣ちゃんがおにぎりと唐揚げを頬張っていた。
特に感想はないが、凄い勢いなので美味しいと思ってくれているのだろう……多分。
「愛衣ちゃんがもう食べてる!? あ、えと、私もいただきます!」
「私も食べるぞ! いただきます!」
未祐と小春ちゃん、二人の元気のよい言葉に続いて俺たちも銘々手を合わせて箸を割った。
「うん、見事に空になったな……多めに作ってきたのに」
「亘君、嬉しそうだね?」
「それはもちろんですよ。美味しいって笑顔で沢山食べてくれたら、これ以上の喜びはないですよね。まあ、それはそれとして……」
「「「……」」」
「みんな、食べ過ぎではありますよね……」
「そ、そうだね……あはは……」
和紗さんと一緒に視線を落とすと、八人中四人が満腹でシートの上に寝転がっている。
俺は続けて、一緒に片付けをしてくれている椿ちゃんの方を向いた。
「俺に気を遣って無理矢理完食した、とかではないよね?」
「違うと思います。特に小春は態度に出ますし……純粋に亘先輩のお弁当が美味しかったのかと。あ、私もとても美味しかったと思います。ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末様でございました」
そんなに丁寧にお辞儀をされると、こっちまで背筋が伸びてしまうな。
俺がお辞儀を返した拍子に、膝の上の少女が呻く。
「おっと……しかし凄いな。もう完全に寝てる」
俺の正座した足の上で、愛衣ちゃんがリラックスした状態で目を閉じている。
こうして膝枕をするのはゲーム内を合わせると二度目だったか、確か。
同じく片付けを手伝ってくれている理世が恨めしそうに俺の膝で眠る少女を睨む。
「くっ……未祐さんが運任せの勝負を挑まなければ、今頃は私が兄さんの膝に……」
「それでも三回も勝負したじゃん? 何だっけ……じゃんけん、あみだくじ、あとあっちむいてホイだっけ? ――げふっ」
「秀平、下品だぞ。ゲップくらい抑えろ」
そんな秀平の反対側から、未祐が寝たまま転がってきて俺の方に――いたっ!
ぶつかって止まると、やや苦し気に声を上げる。
「しかし異常に強かったぞ、愛衣のやつ……」
「最後のあっちむいてホイくらいはどうにかならなかったのですか? あなたの動体視力で」
「……私はフェイントに弱い……そして愛衣はフェイントが上手い……」
「……この単純馬鹿。だからクイズか何かにしようと言ったではないですか」
「クイズだと貴様の一人勝ちではないか! そんなもの、もはや勝負ではない!」
「だからといって、負けたらなんの意味もないでしょう!」
俺を挟んで言い争う二人だが、間で眠る愛衣ちゃんは全く動じない。
緩い表情で気持ちよさそうに寝息を立てている。
「二人の結託、全然効果がなかったよね……そもそも言い出しっぺは愛衣ちゃんだっけ? お腹一杯になった次は、わっちの膝枕で寝たいとかって」
「男の膝を賭けて勝負って、何が楽しいんだろうな? しかも小春ちゃんと椿ちゃん以外全員参加って……お前が参加していたってのが一番訳が分からんが」
「そりゃああれよ。俺が勝ったら、普通にわっちの膝で――」
「あ゛?」
「……ってのは冗談で、権利を放棄する代わりに何か奢ってもらおうかと」
「そういうことか、なるほどね。……何で勝たないんだよ、お前」
正直、人前でやるには普通に恥ずかしい行為だ。
可愛い子と触れ合えて、嬉しくないこともないのだが……あ、やばい。
足が痺れてきた。
「んでも、恥ずかしさを抜きにすればわっちがそこまで嫌じゃなさそうなのは分かってたし、これはこれで良かったんじゃね? 役得じゃん? 美少女を膝枕よ? ま、普通は男女逆だと思うけども」
「他人事だと思ってお前は……はぁ、まあいいや。コーヒー飲むか? 水筒に入れてきたんだが」
「飲む飲む。ミルクと砂糖もちょーだいな」
「椿ちゃんと和紗さんはどうです? 椿ちゃん、そこに転がってる小春ちゃんにも訊いてみてくれる? 温かい緑茶もあるんだけど」
「あ、ありがとう。いただくよ」
「では、私には緑茶をください。ありがとうございます――小春。小春? 起きられる?」
やがて言い争っていた二人も座り直し、寝ていた愛衣ちゃんもコーヒーの香りで目を覚ました。
爽やかな高原の風を感じながら、昼下がりの時間が緩やかに流れていく。