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お弁当と体力作り

 食事、というものは非常に大切である。

 なくてはならないエネルギー源であり、食事を人生最大の楽しみと捉える人まで存在するそうだ。


「……」


 俺はキッチンで使う機会のそうそうない「重箱」に、完成した料理を次々と詰め込んでいく。

 彼女の好みは既に聞いてあるので、中身はそれに従って決めていけばいい。

 とはいえ、この弁当は彼女だけが食べる訳ではないので他にも――


「いいですね、好みのものばかり……愛衣さんが羨ましい……」

「うむ、本当にな……つまみ食いしたい……」

「!」


 不意に耳に届いた声に振り返ると、開いたドアから二つ顔が生えていた。

 俺は調理の手を止めると、未祐と理世の二人の方を向く。


「一緒に行くお前らの好みのものだって入っているだろう? ほら、そんなところにいないで見てみ」

「おお、もう下の段は完成していたのか!」

「凄い量ですね……」


 俺が並べていく重箱を見ながら、二人が台所に入ってくる。

 一緒に行動しているなんて珍しいじゃないか。


「八人分だからな。というか、よく揃ったよな。夏休みのようにはいかないのに……お前らもだけど」

「当然だ。ゲームでも現実でも、お前たちを二人きりにさせてたまるか! 危ないだろうが!」

「同感です。コンビ成立を阻止できなかった以上、なるべく一緒にいて監視する必要がありますから」


 二人が言っているのは、シエスタちゃんこと愛衣ちゃんのことだろう。

 それに対して必要以上に干渉しないと決めている俺から言うことは、特に何もないのだが……。

 自分に関係することなので、気になるといえば気になる。


「それで喧嘩せずに行動を共にしてんのか。敵の敵は味方ってやつか……?」

「そういうことだ!」

「いえ。敵の敵は敵ですし、未祐さんが私の味方になることは未来永劫ありませんが……」

「貴様!?」

「優先順位というものがありますから。これ以上は見過ごせません。未祐さんほどの危険分子に成長する前に――」


 理世のその先の言葉はなかったが、言わずとも伝わってきた。

 ――潰す、と。

 どうやって潰す気なのか、そんな必要があるのかはさっぱり分からなかったが。

 ……暴力的だったり危険なことはしないだろう、きっと。


「あー……それはそうと、朝ご飯の準備もしたいんだが手が足りないんだよ。手伝ってくれるか?」

「む、そうか。では私は味噌汁を!」

「私はコーンスープを作りますね」

「おいおい。二種類もスープが必要か? どっちにもできるから、じゃんけんでいいよじゃんけんで」


 決まった方に合わせて朝食のメニューを選ぼう。

 弁当はもう少しで完成だ。




「では、ピクニックに出発!」

「先輩、騙しましたね!?」


 愛衣ちゃんが常にない大声で俺に抗議する。

 別に騙しても嘘を吐いてもいない。


「言ったじゃない? 弁当を作って持って行くって」

「それは聞きました。喜んでお待ちしています、と私は電話でお返事しました。でも、ピクニックのためのお弁当だっていうのは聞いてない……」

「愛衣ちゃん……お弁当を美味しく食べるには、事前の運動が大事だと思わないかい?」

「思いません」


 一拍の間もない答えに、俺よりも小春ちゃんがずっこける。

 集合しているのは花火大会の時も利用した、中学生組の地元の駅だ。

 前にも利用したベンチを利用して話をしている。


「即答!? そう言わずに愛衣ちゃん、行こうよー」

「ピクニックっていっても、亘先輩が簡単に行ける高原にしてくれたんだから。標高の高い山とかじゃないのよ?」


 小春ちゃんに続いて、椿ちゃんが援護してくれる。

「簡単」という単語を聞いた途端、愛衣ちゃんの表情が明るくなった。


「あ、そうなの? 徒歩十秒くらい?」

「それ、もはや高原に住んでいるレベルだよね? ……はぁ。まあ、何だ。美味しい空気を吸いながら、お弁当を食べる。その前後に軽く歩く……それだけで愛衣ちゃんの体力増加になるかと思ってね。体育祭も多少は楽になるかと」

「先輩のお気持ちは大変嬉しいです。でも、歩くの面倒……家で先輩のお弁当食べたい……あぁぁ……」

「だああ、じれったい! 弁当を貸せ、亘!」


 未祐が俺の手から弁当を奪い取る。


「おい、どうすんだ?」

「愛衣、こっちに来い!」


 そして愛衣ちゃんを引き寄せると、ベンチの上で弁当の蓋を半開きにした。

 どうやら弁当の中身を見せているようだ。

 愛衣ちゃんがおー……と呟いてから鼻をひくつかせる。

 あ、あの段は愛衣ちゃんの好物ばかり詰め込んだ――。

 思わず愛衣ちゃんが手が伸ばしかけたところで、未祐が弁当を遠ざけて蓋を閉じる。


「ああっ!?」

「これを食べたければ歩くのだ! さあ!」

「うぅ……歩きますよ、歩けばいいんでしょう! ……それにしても先輩、マジで料理上手いですよねー。匂いと見た目だけで、私をここまで突き動かすとは」

「ありがとう。心配しなくても、そんなに長くは歩かないから。ペースも愛衣ちゃんに合わせるし」

「わっち、俺の頼んだコロッケは? クリームコロッケ」

「入ってるぞ」


 未祐が俺に弁当を返してくる。

 重箱弁当はかなりの重量なので、それこそ愛衣ちゃんのペースに合わせればちょうどいいくらいだろう。

 他のメンバーは基本的に手ぶらで……要は、そのくらい気軽に行ける場所を選んである。


「どうだ? 最初からこうすれば良かっただろう! 何もハードなトレーニングを要求している訳でもないのだし!」

「……そうだな。さて、愛衣ちゃんの気が変わらない内に出発しよう。愛衣ちゃんだけでなく、理世や和紗さんもしんどかったら言ってくれ」

「体力低い組だね? うん、辛かったら言うよ。私も亘君のお弁当、楽しみ」

「行きましょうか。ここから二駅先でしたね?」


 理世が駅の方を向いた後で、こちらを振り返る。

 今日は空に雲も少なく、のんびり歩くには良い日和だ。

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