模擬戦 ノクス&リィズ・セレーネ
「ノクスは!? ノクスの状態はどうだ!?」
戻るなり、ユーミルはノクスの姿を捜して視線を彷徨わせた。
転移直後、その場でホバリングしていたノクスは俺の肩に止まっている。
模擬戦終了時は戦闘不能だったHPも、見ての通り――
「普通にフル回復されているぞ。心配すんな」
「そうか……よかった。やはり自分が傷付くよりも辛いものがあるな。降参云々の話の時、お前たちに気付かされた通りだ」
「だな。だからこそ、できるだけ適切な指示を出してやりたいよな。何はともあれ、ノクス共々お疲れさん」
「うむ。次はリィズだったな?」
ユーミルの声に、先程の戦闘の記録をメモしていたリィズが顔を上げる。
俺は腕を軽く横に上げて待つ、リィズの方に向けてノクスを飛び立たせた。
「このままノクスを連戦させても大丈夫でしょうか? 疲労の蓄積は?」
「特になさそうだ。戦意が落ちている様子もないし……問題ないと思う」
ステータス上では分からない数値もあるだろうが、疲れている時のノクスは瞬きが減ってあまり首を動かさなくなる。今見た限りでは大丈夫そうだ。
更にノクスがリィズの肩の上で翼を広げる。
それはさながら「任せろ」と宣言しているかのような動きだ。
リィズもそれを見て小さく頷いた。
「では、セッちゃん。タイム測定のほうはお願いします」
「うん、頑張って。ノクスも」
ユーミルよりも随分と手早く入力を済ませ、リィズが魔法陣からの呼び出しを受ける。
先程と同じように、全員で陣に入り――。
「そこです、ノクス……次、ウィンドカッターを三時の方向に。続けてアイスニードル、その後離脱。木を盾にしつつMP回復まで待機」
「うわぁ……」
続いての戦闘は虎の神獣、近接型だが火も使う。
ただし射程が中途半端な上に、水属性魔法であるアイスニードルが弱点なのかよくダメージが通る。
そしてトビが何故引いているのかというと……。
「一方的! えぐい! で、ござる!」
「なぶり殺しという言葉がぴったりですね、妹さんの戦法。おー、怖い怖い」
「あれだけ先行して指示を出しておけば、タイムラグは関係ないね……指示を憶えていられるノクスも賢いなぁ。未成体になってからは特に」
「むう、ちょっと笑っていないか? リィズのやつ」
ユーミルの言葉に、俺はリィズの真横に回り込んだ。
ああ、本当だ……勝利を確信しているのか、リィズの口元には酷薄な笑みが。
だが、後から思えばその油断が良くなかったのだろう。
木立に入ってMPを自然回復していたところに、猛然と相手の虎の神獣が迫る。
俺は慌てて手元に複数ある拡大モニターの一つを覗き込んだ。
「来ましたか……ノクス、高度を上げてください」
「気を付けろ、リィズ! 何か様子が変だ!」
「――!」
直感に任せて俺が叫ぶと同時、虎の体が紫電を纏う。
――直後、加速。
一足飛びに木を伝って跳躍すると、高度を上げていくノクスに肉薄。
紫電が尾を引き、虎が軽やかに着地する。
地に叩きつけられたノクスは……。
「あっ、生きてます! ノクス、まだ戦闘不能になっていませんよ!」
「鳥の中ではHPが多い方らしいからな、フクロウ……しかし、これは危険――」
「……」
「リィズ……リィズ!」
「!」
険しい表情で必死に策を練り直している様子のリィズに、俺はやや大きめの声で呼びかけた。
もう次の一撃で勝負が決する。四の五の考えている時間はない。
「リィズ。敵が来る方向を予測して、最大火力を叩き込むだけでいい。ノクスを信じろ!」
「は、はい! 私が指示を出していながら、ユーミルさんと同じような状況に……何たる不覚、何たる油断でしょうか……!」
「馬鹿者、そんなことを言っている場合か! ――来るぞ!」
ノクスはまだ飛行体勢に復帰できていない。
が、どうにか地に爪を突き刺すようにして立ち上がった。
「ノクス、十二時方向を向いて魔法を起動! 二秒後に反転してアイスニードル!」
木立をジグザグに動き回る虎神獣に対し、ノクスが詠唱を開始する。
リィズの狙いは過たず、背後から攻めかかる虎神獣に対し――直撃。
空を舞う鳥が跳躍する虎を氷柱で叩き落とし、辛くも勝利を収めた。
「緊急時の対応に難あり、でしたね……悔しいです」
そして誰に言われるでもなく、リィズが反省を口にする。
もう少しで無傷での勝利だったのだが……。
「途中までは完璧だったがなぁ……昔からお前は、予想外の出来事に弱い。とはいえ、プレイヤーには存在しない系統のスキルだったもんな。仕方ない」
「手足の動きを見た感じ、純粋に肉体を強化する加速系でござったな。プレイヤーのスキルだと装備が軽くなったり転移だったり、オフラインになった時に筋繊維がブチブチっといかないように調整されているやつしか存在しないでござるし。格好良かったでござるな、あの虎!」
「ゲーム内だけの存在である神獣なら肉体強化も可能、ということですね。お疲れ様でした、リィズ先輩」
「ありがとうございます、サイネリアさん。次はセッちゃんですね」
「うん、そうだね――っとと。一緒に頑張ろうね、ノクス」
ノクスがリィズからセレーネさんの肩へと飛び移る。
全員とちゃんと信頼関係を築けているんだよな、ノクスは。
後はそれぞれの指示とノクスの能力・性格が合うかどうか。
セレーネさんがノクスを軽く撫でてから、模擬戦の申し込みを確定。
そして三度目となる、セレーネさん指揮による模擬戦……。
三戦目の対戦相手は、おそらく人気ナンバーワンだろうドラゴンの未成体。
体色は青みがかった緑、全長は一メートルほどで属性は風。
相手の属性が判明しているのは、先程からノクスが風のブレスを受けて苦戦しているからだ。
「うーん、狙いが定まらないなぁ……」
「どうするのでござるか、セレーネ殿?」
「ジリ貧ですね、このままでは。先程から何か狙っているようにも見えますが」
「あ、分かっちゃう? あまり自信ないんだけどね……上手く行くかな?」
自信がないというセレーネさんの言葉を汲み取ったかのように、風から逃れて森林ゾーンへ。
ここはフクロウの土俵のため、ドラゴンである相手は近付かないかと思われたが……。
「おっ、林の中に入ってきたぞ! これは勝ったな!」
「ユーミル殿、それ負けフラグなのでは……」
「む?」
「あ、ドラゴンがブレスで木を薙ぎ倒していきますよ! パワフル!」
「破壊可能だもんな、あの木々は。ああすれば不利にならないと踏んで追ってきたのか……セレーネさん?」
「うん、全部壊される前に勝負をかけるよ。ノクス、なるべく背中の中心以外を狙って物理攻撃をお願いね!」
木立から急降下したノクスが、鋭い爪を引っかけるように上から飛びかかる。
緑のドラゴンが反応して動いたためか、セレーネさんの注文通りとはならずに背中にヒット。
硬い鱗に弾かれ、ダメージは今一つである。
「旋回してもう一度!」
ノクスが流れるように旋回行動に移り、ドラゴンが放った尾の薙ぎ払いは不発。
抉り込むようなノクスの一撃が、ドラゴンの横腹に当たり……。
「ダメージが跳ね上がったでござるよ!?」
「あのドラゴンの鱗、まだ生え変わっていないところがあるみたいでね? さっき岩場で剥がれていたから、もしかしたらと思って」
「よく見てんなぁ……さすがセレーネさん」
「あ、でも試合時間が長くてごめんね……ノクス、今と同じように木立を盾に連続攻撃! MPが溜まったらアイスニードルとウィンドカッターを引き撃ちしてね!」
堅実な戦いぶりでドラゴンのHPを奪っていくセレーネさんとノクスだったが、途中で時間切れに。
残HPの割合による判定勝ちという結果に終わった。
「うーん……優勢に持ち込むまでに時間がかかり過ぎちゃった。接近戦が怖くて、飛びこませるタイミングが……」
「だが、終盤の引き撃ちは見事だったぞセッちゃん! 鱗の柔らかい部位にゴリゴリと!」
「ありがとう、ユーミルさん。序盤からああできたら良かったんだけどね」
「ノクスは魔法専って訳でもないし、MPのやり繰りが大変ですよね。MPチャージがないんで」
「そうなんだよね。どうしても物理攻撃も混ぜないと手数が足りなくて……難しいよね」
ここまでの戦績は二勝一引き分け。
ノクスは未だ好調なようなので、そのまま続けてトビと俺も模擬戦を行うことに。