模擬戦 ノクス&ユーミル
ポータルへの設定は、並ばなくても済むよう事前に登録する仕組みのようだった。
メニュー画面で予め出場神獣とプレイヤー、指揮エリアに入る同伴者を入力。
マッチングが完了すると、ポータルに入るよう促されるといった流れだ。
対戦者を待たせないよう、マッチング完了からは時間内にポータルに入らなければならない。
「――だ、そうだ。入れなかった時はペナルティがかかるんで、この礼拝所の中で登録したほうがいいだろうな」
「それで周囲がごちゃごちゃしているのか……礼拝所なのに……」
ユーミルが周りの様子を見ながら顎に手を添える。
出場登録以外に、戦いの反省などもここでやってしまっているな。
ここの高位の神官がここを開放しているのだから、問題ないとは思うが。
「その通りだが、この神殿にはもう一つ大きな礼拝所があるらしいし……現地人の迷惑には多分ならない……はず?」
俺のやや苦しい擁護に対して、トビが肩に手を乗せてくる。
「小さい町や村の神殿だと、割かし隅っこに設置されるそうでござるよ。この大きな神殿では一室使用してござるが、それらは場所ごとにきちんと考慮されていると思うので心配は無用かと」
「ああ、そうなのか。ティオ殿下もこの状況に特に不快そうな表情はしていなかったし、節度を守れば大丈夫だろう」
「うむ、安心した……と、登録が終わったぞ。ハインド、ノクスを!」
「ああ。後は視界にマーキング……入場してください、とかの表示が出たらポータルへ」
「分かっ――おお、早くも完了したぞ!」
移動用ポータル――魔法陣の光が輝きを増す。
先程までの俺たちがそうだったように、他のプレイヤーからこの魔法陣は光っているように見えないはず。
入場対象者だけに光って見える仕様なのだそうだ。
みんなで魔法陣に乗ると、一瞬の暗転を挟んでやや白く霞みがかったステージへ。
「あ、聞いていたイメージと違うな。白い部屋って書き込みがあったのに、空もちゃんとある……」
「それ、転移魔法の酔い問題の時のように何件か苦情が入ったのでござるよ。遠近感を掴み難いとかで、背の高い木なんかのオブジェクトも増えたのだそうな」
事もなげに答えるトビに、俺は驚いて振り返った。
こんなに早く修正? 本当に?
「高速対応だな!? 模擬戦の実装から半日も経っていないぞ?」
「元からマップを数種類用意していたって噂が流れていたね。ネットゲームのアップデート前後にはありがちなことだよ」
と、今度はセレーネさんが掲示板のものらしき情報を教えてくれた。
俺ももうちょっとマメに情報収集する癖をつけたほうがいいのか……?
公式サイトは当然として、後は有用な情報がありそうな掲示板の要所だけを見抜ければいいのだが。
それらを短時間で出来るよう、是非とも近い内にコツを身に着けたいところ。
「そういうのって、ネットゲームならではですよね。もしかしてメンテ入ってました?」
「ゴールデンタイム前に一時間だけ。悪くないタイミングだったんじゃないかな?」
「そのころこいつは、夕食の食器を洗って明日の料理の仕込みをしていたぞ!」
「ということは、ユーミルさん……」
「うむ! 週末だし、今日はハインドの家に泊まりだ!」
「いいなぁ……楽しそう……」
そんなユーミルに対し家に帰れよ、という顔をリィズがしているのはいつもの話。
やがて神獣を前にという指示の下、ユーミルが円の中に立ってノクスを差し出す。
薄い膜のような境界を抵抗なく通り、ノクスが戦闘フィールド内へと羽ばたいていく。
「相手は……」
ユーミルが呟いた直後、対戦者の名が表示される。
神獣名・ゴレ、指揮プレイヤー・ベイル。
名前からして――
「アイアンゴーレムかっ!」
轟音を立てて表面に輝きのある巨大な人型――ゴーレムが着地する。
まだ未成体に達していない止まり木のウッドゴーレム、ルートよりも体躯が大きい。
成体を残しているためか成長中なのか一メートルほどの身長だが、それでもノクスと比べると大型の部類だ。
試合開始の合図が鳴り、ユーミルが号令をかける。
「ノクス、GO! 上からどつき回せぇ!」
「うわぁ、いつもの突撃……ハインド殿、相性を見るということでここは静観でござるか?」
「ああ、静観だ。静観なんだが……」
そうトビには言ったものの――何だよ、あの戦わせ方は。
相手はゴーレムだぞ? そこは魔法の引き撃ちでいいだろうが! 何でリスクを冒して物理攻撃を混ぜさせてんだっ……通ってない、物理ダメージがほとんど通ってない……!
「先輩、先輩。凄い顔になってますよ?」
「大丈夫ですか? 眉間の皺が凄いです!」
「あ、ああ……ヒットアンドアウェイは機動力の高いノクスに合っている戦法なんだけどさ。それと引き換えに、鳥系はHPが低めなのは知っているだろう? もし一撃でも食らったら――」
「あっ、ハインド先輩。ノクスが右フックを……」
「だあぁぁぁぁっ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁっ!! ノクスゥゥゥ!」
叫ぶユーミルと共に、俺は思わず頭を抱えた。
ノクスのHPが一気に八割ほど消失し、フラフラと平地ゾーンの地面から飛行を再開。
まだ戦意は失っていないようだったが、もう一度も被弾できない。
「くっ……死中に活あり! ノクス、前へ!」
ちなみに相手のアイアンゴーレムも既にボロボロで、見たところウィンドカッターなら三発、アイスニードルなら乱数と命中率次第だが一発か二発ほどで沈む。
しかし健気にも、ユーミルの指示通りノクスは羽ばたきを速めて前進。
「んぎぎぎぎ……」
「は、ハインド君、落ち着いて」
「分かってます、分かっているんです。でもですね、地形を全く活かしていないのはいただけない……一度も森林ゾーンを使わないのはどうなんだ……」
二体の神獣は、始まってからずっと平地ゾーンで戦闘を続けている。
一度森林ゾーンを経由してから奇襲をかければ、ずっと攻撃が通りやすくなるだろうに……。
「……リィズ、ノクスの指示に対する反応速度は?」
「普段のハインドさんからのものを基準にすると、やや遅いことが多いですね。後で一戦内の平均値を算出してみます」
「ああ、ありがとうな。面倒だと思うけど、頼む」
「はい、お任せください」
「そんなの測っていたのでござるか? リィズ殿」
「ゲーム内のタイマーを利用して測っていました。私の時はセッちゃんが測ってくれますよ」
「へー……」
後は他の組み合わせの戦いの内容を見ながら、みんなで話し合って決めるということになっている。
ノクスの反応速度については、決定の一助になればと思い事前にリィズに頼んでおいたものだ。
そしてこの戦いの結果は……。
アイスニードルの接射をぶちかましたノクスが勝利したかに思われたが、アイアンゴーレムの最後の一振りも同時に炸裂。
視界一杯にDRAWの文字が躍る。
俺たちはその結果に、しばらく何も言えずに固まった。
「「「……えっ?」」」
ほとんど同時にHPがなくならなければ、こうはならないはずだ。
おそらく何百戦とやってみて、それでも一度見られるかどうかという決着。
「あああっ、ノクスゥゥゥ! 私が至らないばかりに、すまないぃぃぃ!」
「初戦からこんなレアケースとか……ユーミル殿らしいというか何というか」
「しかも、本人も不味い指示が多かったと感覚的に分かっているのがな……」
相性も良かったので、勝てる戦いだった。
ただし自ら突っ込んでくるノクスの姿は相手にとって予想外だったらしく、序盤の主導権を握ることができた点は評価すべきだろう。
戦闘終了と経験値を獲得したことがシステムメッセージで告げられ、俺たちは礼拝所へと戻されていった。