宝珠の使用と未成体
「御三方も体育祭があると聞いたのでござるが、それぞれ何に出るのでござるか?」
「体育祭、ですか? 私は200メートルハードルですね」
「私は100メートル走に出ます! それと四人リレーも!」
「おおっ、二人とも短距離だな! 頑張れ!」
「……」
トビが談話室で体育祭の話題を始めた途端、露骨にシエスタちゃんの口数が減る。
今夜はヒナ鳥たちのギルドホームで、八人全員が揃ってのログインとなった。
リコリスちゃんはシエスタちゃんの様子に気が付いていないのか、元気に話を続ける。
「シーちゃんは円盤投げです!」
「なるべく走りたくないという硬い決意が窺えるね……分かるよ。投擲競技は投擲競技で難しいんだけど」
「分かってくださいますか、セレーネ先輩。後は前に先輩に話した団体競技ですねえ。クラスリレーと、綱引き――」
「シーはバレないように力を抜くのが上手です」
「玉入れ――」
「シーちゃんの玉、よく見ると籠まで届いていないです」
「……はぁ」
そしてついに、憂鬱そうに溜め息を吐いた。
そのまま椅子からずり落ちると、テーブルの下を通って俺の足元から顔を出す。
「先輩、例のあれはいつやってくれるんですか?」
「次の土日かな。ほら、そんなところにいないで。リィズ、引っ張るの手伝ってくれ」
「全く……あっ、ハインドさんに体重を預けすぎですシエスタさん! 自分で立つ!」
「ふえーい……」
テーブルの下からシエスタちゃんを引っ張り出して立たせる。
しかしシエスタちゃんは自分の席に戻らず、リィズのほうを向いた。
「妹さんは体育祭ないんですか? 進学校でしたよね?」
「ありますよ。それどころか、普通の学校よりも盛り上がるらしいと友達が話していました」
「へー。それは普段勉強勉強で抑圧されているから?」
「周囲はそう言っていますね。私は勉強を苦に思ったことはありませんが」
「はー、それはそれは。私には全く分かりませんなー」
リィズの言葉にシエスタちゃんのみならず、一部のメンバーも信じられないという顔をした。
と、現実での話はこの辺にして……。
「今日は神獣に宝珠を注ぎこもうと思うんだ。で、その後で模擬戦をやってみよう」
「ノクスとマーネで、ですか?」
「違うと思うよ、リコ。ノクスはアタッカー系、マーネはサポート系だから……」
「サイネリアちゃん、正解。組ませて誰かと二対二うするのがいいんじゃないかと」
「そうか! では各自、集めた宝珠をテーブルに出すのだ!」
宣言しつつまずはユーミルが、ゴロゴロと宝珠をテーブルに置いていき――
「っと、球形だから転がる転がる! ユーミル!」
「すまん! 思ったよりも多かった!」
「ちょ、マーネ! 珠に乗らないで! 危ないよ!」
「籠か何かに出したほうがよさそうでござるなぁ」
「ああ……サイネリアちゃん、何かある?」
「あ、ではここに」
サイネリアちゃんが差し出した籠一杯に宝珠が積み重なっていき、最終的には四つの籠一杯の『経験の宝珠』が。
自分たちに関係するものだと分かるのか、マーネだけでなくノクスも宝珠をくちばしでつついている。
大小サイズが様々なのは、宝珠に込められている経験値に差があるためだ。
基本的にレアリティの高い宝珠ほど大きいものとなっている。
「それじゃあ、始めるか。まずは――」
「私がやってもいいか!?」
「私もやってみたいです!」
ユーミルとリコリスちゃんがワクワクした顔で、俺とシエスタちゃんのほうを見る。
この宝珠はみんなで集めたものなので、全員の意見を訊いておいたほうがいいな。
「俺は構わないけど、みんなは?」
「別にいいですよ」
「親代わりの二人がいいのであれば。というか、イベント期間はまだまだ長いでござるし。また宝珠をあげる機会はあるでござろう?」
こういうことを二人の次くらいにやりたがるトビの言葉に、他のメンバーからも否定の言葉はない。
誰がやっても結果が変わるものでもないので、二人におおよそ半数ずつに分けた宝珠を預ける。
「だ、そうだ。どうぞ」
「うむ、ありがとう! 宝珠をこいつらに食べさせればいいのか?」
「食えるか!? あー、ったく……まずはアイテムのメニューウィンドウを表示させてくれ」
「ええと、宝珠に触って……この複数使用というやつですか?」
リコリスちゃんがちょいちょいと宝珠に二度触れたのを見て、ユーミルが同じようにアイテムメニューを呼び出す。
この辺りは一部の特殊なアイテムに見られるのと同じ仕様だ。
「そうそう。複数使用を選んで範囲指定」
「指先が光った! 何々、使用するアイテム全てに触れるか円で囲ってください……よし、できたぞ!」
「できたら、使う神獣を指定」
「マーネ、おいで! ……できました!」
「で、決定」
「「決定!!」」
宝珠が次々と光に変わり、ノクスとマーネの体に次々と吸い込まれていく。
やがてノクスとマーネ自身の体が輝き出し……。
「おおっ!」
「ランクアップですね! どんな姿になるのかな?」
「いや、そんなに期待するようなものでは……」
輝きが収まると、一回り大きくなったノクスとあまりサイズの変わらないマーネの姿が。
「あれぇ!?」
「だから言ったのに……あ、でも羽の色が」
カナリアはやはりあまり大きくならないらしい。
しかし、現実のカナリアよりも体色が鮮やかに見える。
「綺麗な黄色……ちょっと金色っぽくも見えますね、光の加減によっては」
「ギラギラじゃない落ち着いた金色だから綺麗だね。可愛いぞー、マーネ」
サイネリアちゃんとシエスタちゃんがリコリスちゃんの左右からマーネを観察する。
成長したマーネは返事をするように短く「ピィ!」と鳴いた。
ヒナ鳥たちはその様子に思わず笑顔になる。
「ハインド、こっちも見ろ! ノクスの目も金色なんだが!?」
「本当だ。何か神々しいな……さすが神獣」
どちらも成長に伴い、体の大きさだけでなく金色の輝きが追加されている。
一緒に育てている関係上、二羽にそんな共通点があることを嬉しく思う。
「あ、目の変化以外にも短めの羽角が。ミミズクだったのか、ノクス」
「ミミズクとフクロウの違いって何でござるか?」
「この耳みたいな羽……羽角があるほうがミミズクだと思っていいぞ。ぱっと見で分からないくらい短い羽角もあったりでややこしいんだが……リィズ?」
「どちらもフクロウなので、あまり気にしなくても大丈夫です」
「あ、種類が違う訳ではないのでござるか。ということはノクスはフクロウという枠の中でも、ミミズクだってことでOKでござる?」
「ああ、それでOK」
羽角と一緒に軽く撫でると、ノクスが目を細める。
体温が高いため、指先から伝わる温度はあたたかい。
「前よりもっと毛がフカフカになって、可愛いね。ノクス」
「本当にな! セッちゃんも抱いてみるといい!」
「うん……わっ、重くなったね。ノクス」
「ハインドさん、このノクスを肩に乗せても大丈夫なんですか?」
「まだ大丈夫だと思う。それに、成体になればもっと大きくなるはずだし」
劇的な変化こそなかったが、こうしてノクスとマーネは未成体へと成長を遂げることになった。