神々の使い
俺たちが門の前に到着すると、門番のヤーヌという兵士が声をかけてきた。
同世代くらいの若い兵士で、彼が恋人にプレゼントする指輪を鍛冶で作るというクエストを過去にこなした経緯がある。
年が近いということもあり、互いに砕けた口調で話す程度には親しい間柄だ。
「ハインド、ユーミル」
「おっ、ヤーヌ。どうしたのだ? 小骨が喉に刺さったような顔をして」
ユーミルが応じ、リコリスちゃんとシエスタちゃんは初めましてとヤーヌに軽く頭を下げた。
ヤーヌも初めましてと二人に返してから、再び槍を持ち直してユーミルに向き直る。
「何だい、それ。でも、不思議と適切な表現な気がするな……外に出るなら、注意を促しておこうと思って」
「注意? 何かあるのか?」
「実は、砂漠の各地に変なものが現れたという報告が上がっていてね」
「変なもの……?」
ヤーヌによると、砂漠に光る人型のようなものが立っているのだという。
ただ立っているだけで何もしてこないのだが、それが却って恐ろしくもあり、ということで……。
「今は無害でも、今後どうなるか分からないからね。念のため教えておこうと思って」
「ありがとう、ヤーヌ。砂漠に異変か……」
俺がそう呟くと、リコリスちゃんが何かに思い至ったように顔を上げた。
「あれ? ハインド先輩、もしかしてそれって?」
「……うん、そうだね。あのさ、ヤーヌ。その異変、俺たちに心当たりがあるんだが」
「本当かい!?」
「ああ。俺たちに限らず、来訪者の誰かに聞けば分かることなんだが――」
俺たちは、神々の存在とそれらが来訪者に試練を与えていることをヤーヌに話した。
すると門番の片割れが、ヤーヌと頷き合ってから慌ただしく王宮へと向かって行く。
「神々とは驚いた……しかし、道理で謎の人型に翼が生えているとの報告があるはずだ。伝承にある神の一族の姿が、確かそんな姿だと本に」
門番などという腕っぷしが重要な仕事をしている割に、ヤーヌは教養があるな。
兵士にしては優しい顔をしているし。
「光っていて、人型だけど、翼が生えている……天使的なものですかね? 先輩」
「かもね。実際に見てみないことには分からないけど。ヤーヌ、神々ってのはこの世界では普通に人間に干渉してくる存在なのか?」
「僕は信心深くないから、そこまで詳しくはないのだけれど……遥か昔、人間が滅びかけた時に加護を与えた存在というのが神々だそうだよ。その加護というのが、癒しの能力だと伝わっているんだ」
トビのやつが喜びそうな設定だな。
そしてそこで俺は、一つの疑問に行き当たる。
「その言い方だと、神々は人類全体に癒しの力を与えたように聞こえるんだが。人によって扱える力に差があるのは何故なんだ?」
「与えた力は一定でも、人によって上手く扱えるかどうかの資質はバラバラだから……だそうだよ。しかし、神官の君に……君たちに、僕が神々についての講釈を垂れるのはおかしな気がするな」
「あー。来訪者の神官って、こっちの神官とは違いますからねー。同じ癒しの魔法を行使できる存在ってだけで」
「そうそう。だから、そういうことを教えてくれるのはありがたいよ」
「そうかい? それならいいのだけど」
こちらの世界の癒し手は、そのほとんどが神に仕える神官になるのが習わしなのだそうだ。
ややこしいので「癒し手」を全て「神官」と呼んでしまっても、今のところ特に支障はない。
「結論として、来訪者への試練ということは現地人を攻撃してくることはないと判断していいのかい?」
「現段階ではおそらく、としか言えない。だから一応近付かないよう周知してくれたほうがいいかも。俺たちは今から外に行くから……」
「うむ! 帰ってきたら、どんな感じの存在だったか具体的に報告するとしよう。それで構わないか?」
俺とユーミルの言葉を受けて、ヤーヌが相好を崩す。
家庭を持ったばかりの彼としては、治安に関する不安を少しでも減らしておきたいのだろう。
「助かるよ。報告によると、光る存在は大砂漠デゼールで特に多く目撃されているそうだ」
「レイドイベントの跡地ですね!」
「レイ……?」
「あ、何でもないです、何でも! 折角ですから、そこに行ってみますか? ちょっと遠いですけど」
「えー。行くなら、馬を取りに戻ろうよ。徒歩とか言いませんよね? 先輩」
「もちろんそうしよう。近場なら、と思っていたけどデゼールとなると話は別だ」
俺たちは一度、厩舎まで引き返すと……。
門で再び顔を合わせたヤーヌに見送られ、『大砂漠デゼール』へと向かった。
イベント開始日ということではあったが、出現フィールドが限定されていないこともあってプレイヤーの数はそこそこといったところ。
そのプレイヤーたちが各所で戦っている存在というのが……。
「おおー……まんま光る天使のシルエット」
そうとしか表現できないものだった。
天使の形をしているが、エネルギーの塊のような感じで生き物ではなさそうだ。
「顔も服もよく見えん!」
「これを倒せばいいんですか。露骨に闇属性が弱点ですって見た目してますけど……」
「リィズ先輩、今日はいませんものね」
「物理攻撃が効かなそうな見た目でもあるけど、一部の職が不利だからそんなこともないか」
名前は『試練を与えし者』という、今度はパストラルさんが喜びそうな種類のもの。
他パーティの戦闘を観察してみると、『試練を与えし者』は翼から光を飛ばして攻撃したり、魔法で自己修復を行ったりしている。
あれなら瞬間火力の高い攻撃で、HPゲージを吹っ飛ばすのが速いだろう。
ここは……
「ユーミル、出番だぞ。バーストエッジで回復させずに倒していこう」
「うむ、得意分野だ!」
鼻息を荒くするユーミルを笑顔で見た後、リコリスちゃんがこちらに視線を向ける。
自分はどうすればいいのか訊きたい、という顔だ。
「リコリスちゃんとシエスタちゃんは、バーストエッジで倒し切れなかった時の詰めをお願い。それと連続戦闘でバーストエッジがWTになったら、全員の火力を集めて倒せるかどうか試してみよう。このPTは純粋なアタッカーがユーミルだけではあるけど、カンストの俺たちが倒せないようなバランスにはなっていないと思うし」
「はいっ! 分かりました!」
「レベルがフィールドに連動するらしいんで、キツかったら場所を移すのも手ですねぇ」
シエスタちゃんの言葉に俺は頷きを返した。
例としては、懐かしの『ホーマ平原』などでも『試練を与えし者』は登場するそうなので、初心者はそちらで戦うということになるか。
ここ『大砂漠デゼール』はちょうどカンストプレイヤーの適正フィールドに当たるはずだが、俺とリコリスちゃんの攻撃力が微妙である。パーティも五人の定員に達していない。
そんな俺の思考をよそに、戦闘に入るのを今か今かと待っているユーミルが足踏みをしながらシエスタちゃんに疑問を投げかける。
「しかし、そういう場合は高レベルな敵ほどドロップ品が良いというのも定番ではないか? 今回だと、宝珠の大きさ――入っている経験値の量が違うとか、あるのではないか?」
「あー、ありそうですねぇ。なら最初の内は、自分たちの戦闘力に合ったフィールドを探さないといけないのか……だるー」
「このデゼールが上手く合致すれば、悩む必要はなくなるけど……まずは戦ってみないことにはね。そろそろ行こうか?」
その後の話し合いの結果、最初にパーティに加える神獣はマーネということに決定。
マーネがシエスタちゃんの肩に止まったところで、俺たちは武器を手に『試練を与えし者』の前に立った。