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シエスタのぼやき

「……」

「……何だこれ?」


 俺がTBにログインして談話室に向かうと、そこには布団が敷いてあった。

 どうも中身が入っているようで、手で押してみるともぞもぞと動く。

 ご丁寧にも、最近追加された『プライベートモード』……フレンドにも位置や名前が表示されない状態を使っているためか、これが誰なのかは分からない。

 ギルドホームには持ち主からの許可を受けた者しか入れないので、知り合いなのは間違いないのだが。

 ――と、御託を並べてはみたが、こんな行動を取るのは一人しかいないだろう。


「シエスタちゃん、何してんの?」


 弱めの力で布団を引くと、上部から抵抗なく見慣れた顔が現れる。

 そして、閉じていた目がゆっくりと開かれた。ただしその眼は半開きである。


「……どうして声をかけちゃうんですか、先輩。そこは寝たふりをしている私のほっぺをつついてみたり、鼻をつまんでみたり、添い寝してみたり、色々と悪戯をするところでしょう?」


 半身を起こしながら、シエスタちゃんがゆっくりと伸びをした。

 ものぐさな彼女がどうやってこの部屋まで布団を運んだのかは……ゲーム内、TBにはインベントリがあるからな。

 考えてみれば、大した手間ではないか。


「やらないって、悪戯なんて。それにこんな不自然な状況……絶対に罠じゃないか。寝たふりって自分から言っちゃっているし。俺はハラスメント行為で、ペナルティを受ける気はないよ」

「え? 私は先輩相手なら嫌がりませんし、そんなことは起こりませんよ? うぇるかーむ」

「相変わらず反応に困ることを……」


 あえて隙を見せて、からかってこようとするいつもの行動だ。

 他の人には言っていないみたいだし、本気にしない俺に言う分には構わないが。

 それにしても、わざわざこんなところで待機していたということは……何か言いたいことがあるのだろう、おそらく。


「どうしたの? 学校で何かあった?」

「さっすが先輩、察しが良いですねー。学校関連で当たりです。実はですね……」

「うん」


 何か悩みがあるのなら、年長者としては聞いてやらねばなるまい。

 最初に来たのが俺じゃなくても、誰かしら――特にセレーネさん辺りだったら、積極的に話を聞いてあげているだろうし。

 布団に座るようにシエスタちゃんが叩いて示すので、互いに正座して向き合う。

 それからシエスタちゃんは珍しく深刻そうな表情になると、重々しく口を開いた。


「実は………………悲しいことに、9月は学校で体育祭があるんですよ……」

「うん……うん?」

「体育祭」


 それの何が問題だというのだろうか。

 俺の顔を見たシエスタちゃんが、不満の意を表した。


「――どうして分からないんですか!? 体育祭ですよ!? あんなに疲れる行事……私にとってはまさに死の宴! 地獄そのもの!」

「それはちょっと大袈裟なんじゃ……シエスタちゃん、一学期の遠足はきちんと行ったんでしょう? それに比べれば、体育祭なんて種目次第では楽できる行事じゃないか」


 この子なら、上手いこと立ち回って自分に楽な競技が来るようにできると思うが。

 しかしシエスタちゃんは、俺の言葉を聞くなり急に俯いて震え始めた。

 何だ? どうした?


「……リレーが」

「はい?」

「全員参加の、リレー競技があるんですよぉ! 私にとっては苦痛以外の何物でもない!」

「……なるほど、そういうこと」


 そうなると、結局練習も含めて走ったりなんだりしなければいけないのか。

 それにあれって、遅いと申し訳なくていたたまれないんだよな……組み合わせによっては、自分以外のクラスの全員が運動部だったりするし。

 シエスタちゃんのぼやきは止まらず、俺はしばらくの間じっとそれを聞き続けることになった。


「秋は食べ物も美味しいですけど、体を動かさないといけない機会も増えますよね……酷い学校だと、運動会と球技大会とマラソン大会、二学期に三つ並んでいるところもあるそうですよ? 教育として必要なのは理解しますが、苦手な人間にとっては……はぁぁ……」

「た、大変だね……」


 ちなみにヒナ鳥の他の二人、リコリスちゃんとサイネリアちゃんの運動神経は割と良い方だ。

 身近なところで言うとユーミルや弦月さん、トビやアルベルトさんといった面子には及ばないが女子中学生としては十分な部類。

 対してシエスタちゃんは、体こそ弱くないものの全般的に低体力である。息切れが非常に早い。


「先輩は運動って、別に不得意ではないんでしたっけ? 基礎体力は平均よりも上ですよね?」

「体力はね。反射神経が鈍いんで、球技なんかは苦手なものが多いけど」

「それでも私よりは全然マシですよね? いいなー」


 そういえば、ウチの学校でも秋は体育祭があるな。

 球技大会とくっついているやつなので、確か割と種目が豊富だったような。

 未祐のやつが特に活き活きとする行事だな……運動部所属でもないのに。

 シエスタちゃんはひとしきり不満を吐き出すと、いつものやる気のない空気を発散しながらその場でぐでっと横になった。


「そんな訳で、私は憂鬱なのです。先輩、愚痴を聞いてくださってありがとうございました。では……」

「お、おう。って、また寝るの? ――ついでみたいな自然な動きで、俺を布団の中に巻き込まないでくれるかな?」

「えー。先輩もふて寝に付き合ってくださいよー」

「誰かと一緒にふて寝とか、聞いたことがないんだけど……みんなが来る前に片付けようよ、この布団」

「ぶーぶー」


 俺は唇を尖らせるシエスタちゃんを転がして追い出すと、布団を畳みにかかる。


「ああっ、私の布団が!? どうせなら、布団ごとお姫様抱っこして運んでほしかったんですけど」

「何そのぐうたらな願望……ほら、アイテムポーチを出して」

「へーい」


 シエスタちゃんのインベントリに布団のセットをねじ込み、後にはいつもの談話室が残された。

 そのまま布団をシエスタちゃんの個室に戻すため、ヒナ鳥のギルドホームへと二人で向かうことに。


「しかし、体育祭ね。何かしてあげたいような気も……」

「本当ですか?」


 道中で小さく漏れた声に、シエスタちゃんが反応してこちらを向く。

 聞こえないように呟いたつもりだったのだが。


「耳聡いね。まだ具体案はないけれど、力になりたいとは思っているよ」

「それは現実側での話ですか?」

「そりゃあそうでしょうよ。折角互いの所在地も分かったんだしね」

「おー。棚から牡丹餅、愚痴からお情け……ありがとうございます、先輩。それじゃ、楽しみにしてますぜー」


 ダラダラと歩いていたシエスタちゃんの足取りが、僅かに軽くなった。

 学校は中高どちらも二学期が始まり、今日はTBの次回イベント発表も控えている。

 レイドイベント後から停滞気味だったゲーム内での活動が、徐々に再開に向けて動き出していた。

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