魔王の忘れ物
ユーミルが剣を構えて息を大きく吸った。
緊張が高まり、周囲の空気にまでそれが伝播していくかのように感じる。
「行くぞ……!」
俺たちが見守る中、ユーミルが何をしているのかというと……。
特に戦闘エリアでも何でもないギルドホームの談話室で、盛大な稲妻が弾けて散らばる。
「見ろ! オーラのエフェクトが前よりも大きくなったぞ!」
『勇者のオーラ』が変化したというユーミルの言葉を受けて、その確認をしていたという訳だ。
本人の言葉通り、体の周囲だけだったエフェクトが目に見えて大きくなってはいるのだが。
「それ、意味あるのでござるか? 性能は?」
「今までとおんなじだそうだ。オール+5されただけ」
「なんだ……変わったのはエフェクトの大きさだけでござるか」
「なんだとはなんだ!? 大事なことだろうが!」
ユーミルがオーラを一層激しく光らせ、トビと俺に近付いて来る。
痛い痛い、チカチカして目が痛い。視界デバフかよ。
「属性でも付けば……って、強過ぎるか。魔法抵抗は入っているんだしな」
「今までの分の合計で、既にアクセサリーとしては強い部類ですよ。強化値0だったころが懐かしいですね」
「そういえば、そんなアクセサリーだったね。最初の内は」
リィズとセレーネさんが、オーラを見ながら過去を振り返った。
こんな話をしている俺たちが集まるのは、実は結構久しぶりのことである。
イベント期間の空白、それと高校の二学期始業が上手いこと重なったためだ。
「オーラの確認はこれでいいとして……魔王ちゃんの料理コンテストの賞品がまだなのは、一体どういう訳でござる?」
「てっきりレイドの上位報酬と同時に渡すのかと思っていたら、まさかのスルーだったからな。イベントから大体……一週間は経っているよな?」
「サマエルさんが言っていた、飛竜による配達は翌日には行われたそうだよ」
「そういえば、最初のころにサマエルから初級ポーションをもらいましたよ。あれも飛竜だったんだろうか?」
「ハインドの顔に直撃したあれか……」
「大きな影が見えましたから、そうかもしれませんね。ですが、集まったはいいものの……」
リィズがそう言ったきり、俺たちは黙り込んだ。
レベル……カンスト済み。戦闘に出るならドロップ品目当てになるか。
生産系……今日の分はもう終わり。というか、止まり木ができてからは最小限で済んでしまう。
神獣……餌やり終了。ノクスはお昼寝中。
うーむ。
「あるといえばあるんだけどな。セレーネさんの鍛冶だったり」
「それは常にやっていることだからねぇ……」
「現地人と親交を深める」
「それも普段からやっている! 王都の中には、結構顔馴染みが増えてきたのではないか?」
「未踏破フィールドの探索」
「レベル解放待ちばかりでござるなぁ。モンスターに囲まれると危ない場所が多くて」
「ダンジョン攻略」
「アイテム不足ですね。レイドで大分消費しましたから、本格的な攻略は難しいです。止まり木のほうからも、しばらくは待ってほしいと」
「取引掲示板の価格も高いままだしな……細かいことなら色々あるんだけど、大きくは動けない感じか」
全員でどうこう、というと残るは軍事教練くらいか。
しかし、それは昨日もやったので……。
「細かいことをコツコツやりながら、次のイベント待ち……か? 五人揃ってできることはあまりないな」
「そうなりますかね。では、分散して――」
『待った! その分散とやら、少し待つのだ!』
「!?」
突如割り込んだエコーのかかった声に、トビが物凄い勢いで周囲を見回す。
魔王ちゃんの声で間違いないと思うが、一体どうして……?
静止の声を受けて待ち構えていると、俺の目の前に魔王ちゃんが出現した。
「うおっ!?」
「やっと三人揃ったな! この時を待っていたぞ、ハインド・リィズ・トビ!」
「三人……ああ、なるほど。だから報酬を渡しに来なかったのですか」
レイドイベントの報酬授与後に三人揃ったことは……ああ、ないのか。
それにしたって、おかしな点はある。
「クイーンの報酬のついでに渡さなかったのは、どうしてなのさ? 報酬を用意してなかった訳ではないんでしょ?」
「……」
俺の質問に、魔王ちゃんは黙り込んだ。
ユーミルがその顔を覗き込もうとすると――
「あ、目を背けたぞこいつ! 忘れていたのだろう、魔王!」
物忘れをするNPCか……AIとしては自然で凄いのだろうけれど、人によっては運営に問い合わせを送りそうな案件だな。
報酬の未付与だものな。
そんな魔王ちゃんは、ユーミルの言葉に対して聞こえないふりをしつつ話を続ける。
「――では、報酬授与にうちゅ……移る!」
「魔王ちゃんが噛んだぁ! フゥーッ!」
「う、うるさいっ! サマエルが勘付く前に済ませるのだ、早くしろ!」
「……リィズ、行こうか」
「……そうですね」
魔王ちゃんの傍で囃し立てるトビの襟首を引っ掴み、魔王ちゃんの前に三人で並ぶ。
小さな魔の王は、咳払いをしてから精一杯胸を張って威厳を高めようとしている。
……トビではないが、不覚にもその仕草はちょっと可愛いと思った。
「連名だろうと報酬は増えないが、丁度渡すものが三つある。まずは金塊……金塊を……金塊、を……重いっ!」
どこからともなく出現した金塊を、腕一杯に抱えてよろめく魔王ちゃん。
俺は慌ててそれを受け取り――おい、トビ。無言で魔王ちゃんを見て悶えるなよ、怖いよ。
「換金するなり、アクセサリーの素材とするなり、好きにいたせ! 次、暗色の指輪!」
「あ、ではひとまず私が」
確かMP最大値を増やすアクセサリーだったはず。
どの職業でも重宝する、実用性の高い装備品だ。
実質、このコンテストの目玉アイテムとなっている。
リィズが受け取り、最後に魔王ちゃんが取り出したのは黒っぽい石。
「最後、魔界の石ころ!」
「い、石ころ? そんなの、報酬リストにあったでござるかな……?」
「……間違った。貴様ら来訪者が言うところの、闇の属性石……で、あるぞ。受け取るがいい!」
「な、なるほど。ありがたく頂戴するでござるよ、魔王ちゃん」
属性石を石ころ扱いって……その辺に落ちているものなのだろうか? 魔界では。
確かランクが高く、現在のレベルでは踏破不可能な階層のダンジョンのものだったはずだ。
高ランクだが一つの装備で消費してしまうものなので、指輪に比べたらおまけ程度の扱いには違いない。
全ての賞品を渡し終えると、魔王ちゃんは満足気に「むふー」と長い息を吐いた。
そのまま帰るのかと思いきや、周囲を見回し、何かを探しているような動きをしている。
……何だろう?
「今日は、オセンベイとやらはないのか?」
「あ、ああー」
お菓子を食べたかったのか。
特に用意はしていなかったが、ストックしてあるものならすぐに出せるな。
ここは談話室だし。
「ハインド殿。ハインド殿っ!」
「分かってるから、必死の形相やめろ。ちょっと待っていてね、煎餅と……あ、ケーキなんかもあるけど。チーズケーキ」
「何だか分からないが、食べたい」
「サマエルが聞いたら怒りそうなことを言っているな、魔王よ」
「そ、そうだね。ここに怒鳴り込んでこないといいけど……」
確かに、ユーミルとセレーネさんが言う通り警戒心が足りていないような気はする。
とはいえレベル500の彼女をどうこうできるプレイヤーは存在しないと思うので、そもそも本人的には警戒する必要性すらないのかもしれないな。
……あれっ?
「魔王ちゃん、レベルが上がっていない?」
「ん?」
「本当だ! 500だったのが510になっているでござる!」
「むおっ!? 馬鹿な!」
「レベル? 何のことやら分からぬが……魔力のことを言っているのであれば、我はまだまだ成長中であるぞ」
魔王ちゃんのその言葉に、俺たちは唖然としたが……。
よく考えてみれば別に敵対もしていなければ戦う必要もないので、気にしても仕方ないという結論に達した。
唯一、ユーミルだけは戦ってみたそうにしていたが。
そんな絶対強者であるところの魔王ちゃんは、お菓子をしっかりと平らげると……。
「馳走になった。また会おう、勇者たちよ!」
食べかすを口元に残したまま、転移魔法で去って行った。
トビは短期間に二度も魔王ちゃんに会えたことで、とても満足そうな様子である。
対照的に俺たちは嵐のような一時に、やや長めの溜め息を吐いた。
さて、ログアウト――には早いので、回復アイテムの補充でもするかな。