魔王ちゃんとじいばあ軍団
『……では、クイーン・ソル・アント討伐戦の上位功労者の発表に移る。魔王様から名前を呼んでいただける名誉を噛み締めよ、来訪者ども!』
何事もなかったかのように、サマエルが発表を進行させる。
そして魔王ちゃんはというと……。
『討伐数第5位ラント、第4位にっころがし――』
噛まないように淡々と名前を読み上げる作戦のようだ。
それでも所々つっかえているが。
そして発音できない顔文字のプレイヤーネームに行き当たると……。
『第3位は……こんな顔のように見える、記号の……』
『ま、魔王様……ええい、何という名前をしているのだ! 読めない名前は私が魔法文字を投影させますので!』
サマエルが顔文字を魔法で表示させる。
多芸なやつだな……。
そのまま各ランキングの上位5名、全ての結果発表を終えた直後。
『報酬は飛竜を使い順次配布予定だ。魔王様、最後に一言賜――魔王様!? 魔王様、いずこに!?』
魔王ちゃんの姿が掻き消え、取り残されたサマエルが右往左往している。
料理の残骸が置かれたテーブルには、書き置きがあり……。
それを手に取り、サマエルが読み上げる。
『何々……前回のレイド同様、上位者には直接渡して回ってくる! ……ほぁっ!? ま――』
魔王様ぁ! というサマエルの叫びを最後に、投影映像は唐突に途切れた。
後にはシステムメッセージで、『各ランキングのトップ報酬のみ、魔王が直接手渡しいたします。プライベートエリアにてお待ちください(目安時間・最長30分程度)』という表示がなされた。
関係のない大多数のプレイヤーは、思い思いに会話を交わしながら散って行く。
最初に俺は、喜びのあまり硬直する忍者の口を塞ぎにかかった。
「……ぃやっ――」
「おらぁっ!」
「ぐほぉ!?」
「間に合った……」
若干位置が低めのアイアンクローのようになってしまったが、力は入っていないので痛くないはず。
俺はそのままトビを引きずって歩き出した。
「は、ハインド殿ぉ! 何故!? 何故でござるか!」
「あんなところで叫んだら、一発で該当者だって分かって面倒なことになるだろうが。ただでさえ、魔王ちゃんを直に見たいって人は多いんだから」
「はっ!? そ、それは確かに……」
「あ、危なかったね。ありがとう、ハインド君」
肝を冷やした、といった様子のセレーネさんが胸を撫で下ろす。
落ち着いたところで道の流れに乗り、みんなでホームに向かって歩き出すとユーミルが小声で切り出す。
結果発表を聞いた直後なので、多少声が弾んでいるのは仕方ないだろう。
「ハインド、プライベートエリアというと……?」
「ギルドホーム、同盟ギルドホーム、提携ギルドホーム、農業区の土地、商業区のショップ、とまあ読んだ字のごとしだな。合っているよな? リィズ」
「はい。要は、許可がなければ余人が入り込めない場所で待てばいいということです。前回と違い予告付きの訪問ですから、混乱を防ぐための処置でしょうね」
「そうか! ちなみにだが、都合が悪くて待てない場合はどうなるのだ?」
そういう場合は……直接インベントリに付与、アイテムボックスに付与、他には……ああ、郵便ボックスとかいうのもあったな。ホームに備え付けで。
「そういうところに預けられるんじゃないのか? 魔王ちゃんには簡単に会えないんだし、そんなことになったら勿体ないとは思うが」
「その通り! こんな貴重な機会をふいにするとか、有り得ないでござるよ!」
「訪問したのに留守で、しょんぼりして帰って行く魔王ちゃんの姿を想像すると胸が痛むしな……そういうのはできるだけ避けたい。いくらゲームといえど」
「ううむ、それはあるな……仕事の都合とかで、どうしようもないプレイヤーもいるだろうが。まあ私たちの場合、そんな心配は要らな――トビ!?」
「な、何で泣いているの? トビ君」
「魔王ち゛ゃぁぁぁん゛!!」
「……先輩。これって、先輩が言った通りの想像をして泣いてるんじゃ」
「起こってもいないことで泣くなよ!? 悪かったよ! だったらむしろ、俺たちは手厚くもてなしてやろうぜ!」
何なんだこいつ、予想の範疇を超えて今日は面倒だな……。
俺の言葉を聞いてあっさり泣き止んだトビは、どうやってもてなすのかと切り返してくる。
嘘泣きか? 嘘泣きなのか? 男が使うような手じゃ――いや、マジだこいつ。
涙の跡がばっちりと残っている。単に情緒不安定なだけかよ。
「あー、そうだな……今って、甘い菓子を食べた後だよな? 魔王ちゃん」
「その通りでござるな。それで?」
「甘いものばっかり食べた後って、少しだけしょっぱいものを食べたりとか、締めにお茶とかを飲みたくならないか?」
「おおっ! つまり――」
「止まり木のホームで、追加のお茶と煎餅を用意して待てばいいんじゃねえ? と思うんだけど……パストラルさん、いいですか?」
「あ、はい! もちろんいいですよ!」
許可をもらえたので、俺たちは止まり木のギルドホームで魔王ちゃんを待つことにした。
その結果……。
「あらー。めんこい子ねぇ」
「そんなに薄い服着て、いくら暑くっても風邪ひいちゃうわよ。夏風邪。ほら、これをお腹にかけなさい」
「わ、我は魔王なるぞ! そんな、脆弱な人の子のような扱いを――」
「ほらほら、果物も色々あるわよ。切ってあげるから、遠慮せずに食べなさいな」
「う、うー……ゆ、勇者! 勇者ユーミルはどこにいるのだ! 我は報酬をだな!」
「私は今、煎餅作りに忙しい! そこで待っているがいい、魔王よ!」
「魔王よりも菓子作りを優先する勇者がどこの世界にいるのだ!? 愚か者ぉ!」
「まあまあ、そんなに大きな声を出さないの。マオウちゃん? のためのお煎餅なんだから」
「そ、そうなのか?」
まだホームに残っていたお年寄りたち、主におばあちゃんたちに捉まり、魔王ちゃんは可愛がられていた。
慣れない状況に身を硬くする魔王ちゃんと、それをスクリーンショットに撮りまくるトビ。
「はい、お煎餅どうぞ」
「む、貴様は神官……ハインドだったな。勇者のパートナーの。何なのだ、これは?」
「だから、お煎餅だって。美味しいよ?」
そこで俺は、サマエルが毒が云々と語っていたことを思い出した。
煎餅を半分に割り、自分が先に食べてみせた。
それを咀嚼しながら、片割れを魔王ちゃんの前に差し出す。
渋々と魔王ちゃんは、押し切られるように焼き立て煎餅を一つ口にし……。
「あ……美味しい」
口元を綻ばせて、笑顔になった。
それに合わせ、トビの手元から聞こえるシャッター音が激しくなる。
気にしても仕方ないので、俺たちもトビは放っておいて輪に加わった。
「この緑色の飲み物はなんだ? 勇者!」
「緑茶だ! 煎餅にはこれだろう!」
「リョクチャ? むー……苦いっ! 美味しくない!」
「でも、口の中がすっきりしませんか? それを間に挟むことで、お菓子を美味しく食べることができますよ」
「そういうものか、魔導士よ……うぅ、やっぱり苦い。香りや味は違うが、サマエルが飲んでいるこーひーとかいうのに用途が似ている……」
「あるの!? コーヒー!?」
「ひゃっ!」
俺が思わず身を乗り出すと、魔王ちゃんが驚いたように震えた。
「ハインドさん、落ち着いてください。コーヒー党の性なのは分かりますが」
「あ、す、すまんリィズ。魔王ちゃん、ごめん」
「ハイちゃん、コーヒー好きなのねぇ」
いかん、つい興奮してしまった。
そのコーヒーが現実のものと同じとして、魔界とやらにしかないのか、はたまた大陸のどこかでも採れるのか……。
魔王ちゃんに訊いても、多分答えは得られないんだろうな。
俺は謝りつつ、しっかりと減っていた魔王ちゃんのお茶のお代わりを差し出す。
「う、うん……じゃない、えーと……な、何を謝っているのか分からぬな! フハハハハ! 我はお前に怯えてなどおらぬわっ!」
「心底薄いメッキですねぇ……」
「シーちゃん、しーっ!」
「というか、こんなに普通に魔王と会話って……まあ、元々緩めの世界観ではありましたけど。セレーネ先輩はどう思いますか?」
「別にプレイヤーとは敵対していないからね、魔族の人たちって。だから、こういうのもアリなんじゃないかな?」
「国家はそうでもないみたいですけれどね。まだまだ過去の歴史だったり、判明していないこともありますし」
ヒナ鳥とセレーネさん、パストラルさんがコソコソとそんな話をしているのが耳に入ってくる。
魔王ちゃんは時間一杯までたっぷりと、たっぷりと寛いだ後……。
「――はっ!? サマエルの気配を感じる! ゆ、勇者よ! オーラはいつも通り、既に貴様の内にある! 副賞はこれで――さらばだ!」
「あっ、おい! 魔王!」
せかせかと報酬を渡すと、あっという間にその場から転移魔法で去って行った。
残されたユーミルは、少しの間呆然とした後に叫んだ。
「……物のついでのような、雑な渡され方をされた!?」
「――あっ、言い忘れていた!」
「むおっ!?」
「オセンベイもリョクチャも、美味しかった! ごちそうさまでした!」
そして再び転移魔法で魔王ちゃんが去って行く。
お年寄りたちは魔王ちゃんの残した挨拶に、いい子だったわねぇと満足気だ。
更には、ここにも満足気な男が一人。
「拙者のスクショフォルダが魔王ちゃんで一杯に……!」
「………………。よかったな」
ともあれ、これで今回のレイドイベントは終了となる。
結果はユーミルがアタックスコアランキングで1位、料理が連名で1位と、この上ないものだった。
ただし相応にイン時間が長かったので、しばらくはのんびりしたいところだ。