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結果発表・涼感料理コンテスト

「おお……イベント開始時よりも、更に人が増えているな!」

「これは、広場に辿り着くのは難し――」

「ここはベストポジションではござらん! どこでござるか、見晴らしがよくて空いている場所は!」

「そんな都合のいい場所はもう空いていないだろう……」


 結局、俺たちはセレーネさんの都合も考えてやや外れた場所で空を見上げた。

 意外にもそれにトビはがっかりした様子もなく、アイテムポーチに手を入れる。


「こんな時のための踏み台! 一センチ、一ミリでも魔王ちゃんの近くにっ!」

「執念燃やしてんなぁ。それで見え方が変わるのかどうかはともかく」


 ギルド戦の時のように宿屋を借りてはどうかいう考えもちらりとよぎるが、屋根が邪魔か。

 それにこのエリアなら家屋の高さもなく、広場ほどではないが空がよく見えるだろう。


「あ、そろそろ始まりそうだよ」


 セレーネさんが指差す先、不思議な力で空が歪み始める。

 やがて映像が鮮明になると、満面の笑みを湛えた魔王ちゃんが大写しになった。

 ……えっ?


『――王様。魔王様! もう始まっていますよ!』

『ふえ?』


 テレビ中継の放送事故のようなやり取りを経て、魔王ちゃんが正面を向く。

 しかし座ったまま一心不乱に何かを食べ続けており、一向に話を始める気配がない。


『むぐむぐ……』

「魔王ちゃん可愛いーっ! 可愛いでござろう、ハインド殿!」

「あ、お、おう。確かに可愛いが、これじゃあイベント結果が……」

「拙者はこのままでも構わぬ! 魔王ちゃんの食事風景を延々と映した耐久動画になったとしても構わぬぅっ!」

「……」


 スクリーンショットと肉眼で交互に穴があくほど魔王ちゃんを見つめるトビから目を離し……。

 俺も魔王ちゃんの姿を改めて確認すると、周囲のテーブルの上にはプレイヤーたちが提出したらしい料理が並んでいるようだった。

 まさか、これは料理を審査中ということなのか?

 すると、横合いからスッとサマエルが映り込んでくる。


『現在、魔王様は貴様らの作った料理の――くっ! どうして貴様らなぞの料理を魔王様が!』


 あ、またサマエルが反感買いそうなことを言っている。

 そう俺が思うよりも早く、既に魔法などが空に放たれていた。

 反応が鋭いな、みんな。


『や、やめんか貴様ら! 毒の類は入っていないことを確認済みだが……』

「当たり前だーっ!」

「もうお前引っ込んでろ! 説明だけでいい! 声だけでいい!」

「サマエル、邪魔でござるぅ!」


 もう定番となったやり取りだが、攻撃に参加するプレイヤーも以前よりは減ったな……。

 トビを除いた俺たちのように、普通に静観している層が段々と増えているようだ。

 しかし熱が引いたというよりは、ある種の慣れのようなものを感じる。

 サマエルはああいうやつなんだと。


『ま、魔王様! 審査は終わりましたか?』


 サマエルが振り返ると、魔王ちゃんがかき氷のようなものを平らげたところだった。

 器をよけて、魔王ちゃんが表情を引き締める。


「いや、今更意味ないだろ……」

「先程、美味しそうに食べている緩々(ゆるゆる)な表情が映っていましたからね……」


 俺たち兄妹がツッコミを入れる中、踏み台に乗ったトビが拳を天に突き上げて叫ぶ。


「ふおぉぉぉーっ! これこれ! この背伸びムーブが見たかったのでござるよ!」

「……もう、魔王ちゃんなら何をしても喜びそうな勢いですね。トビさん……」


 さすがのパストラルさんも呆れ気味だ。

 投影映像の中で魔王ちゃんは、一つの器を両手で持って口の端を吊り上げた。

 どうやら不敵な笑みのつもりらしい。威圧感は皆無だが。


『……我の欲を最も満たした食物は、これだ!』

「――あっ! ハインドさん、あの器……」

「む、そうなのか? 私たちは提出前に一度見たきりだから、何とも言えないが」

「確かに、俺たちが使った容器に似ているが……中身が……」

「これでは拙者たちのものかどうか、分からないでござるな」

「――うわっ!? 急に冷静な口調で会話に混ざってくるなよ!」


 器の中身は完食済みだった。

 少し残っているクリームやらアイスの汁の色もそれっぽいが……。

 ――と、そこで魔王ちゃんが急に静かになって器を置いた。


『……冷たい』

「「「――!!」」」


 間違いない……俺たちが出した料理だ!

 確信を得た俺たちは無言でハイタッチを交わした。

 何故なら、あの器は――


『このグラスは氷でできているようだ! 既にこの時点で、心当たりのある者がいるであろう?』


 魔王ちゃんがたった今口にした通り、氷の器。

 意味ありげに笑う魔王ちゃんに、サマエルが続きを促す。


『魔王様、料理の品名と優勝者の名を』

『――うむ。料理名、デーツ・デラックス・パフェ。出品者は……連名だな。ハインド、リィズ、トビの三名である。フハハハハ、見事!』


 おおー、という声に続いて周囲を見回すような動きを近くのプレイヤーたちがしている。

 俺たちが『王都ワーハ』を中心に活動していることを、人によっては知っているからな……。

 フードを被り、頭の上の名前をオプション設定で消しておく。


「やりましたね、みなさん!」

「ありがとうございます、パストラルさん」

「まあ、当然ですよねー。見た目の完成度も高かったし、何よりもあの大きさは圧巻でした」

「味見させていただいた、アイスの味も美味しかったですしね」


 パストラルさん、シエスタちゃん、サイネリアちゃんがやや声をひそめながら称賛の言葉をくれる。

 トビのもっと大きく! という声とリィズのセンスがなければ今回の優勝はなかっただろう。

 味に自信はあっても、盛り付けにはまた別の技術が必要で……そういう意味では俺もまだまだである。

 個人的には他の入賞作品も気になるので、後で公式サイトを確認したいところ。


「完成品をみんなに見てもらえないのは残念でござるが。魔王ちゃん、完食済みでござるかぁ」

「ああ、確かに。リィズの盛り付けのセンス、みんなに見せてほしかったな」

「出品時に自動的に登録される、スクリーンショットは残してありますが」

「まあ、なんだ。今は素直に優勝を喜ぼうではないか。おめでとう!」


 ユーミルの言葉に、俺たちが表情を緩ませていると……投影映像の中では、何やらサマエルが器の前で魔法の詠唱を行っていた。

 何だ? 様子を窺っていると、氷の器の中に光が溢れた。


『見た目は……そう、確かにこんな感じであった! サマエル、ご苦労!』

『再現魔法、完了いたしました。――味の再現は不可能だが、これが提出時の料理の姿となる』

「あんな魔法があったのか……」

「食料問題を解決できそうな魔法――でもないのかな? 味がないってことは」


 セレーネさんが言った通り、味がないのなら栄養価もないのかもしれない。

 というよりも、サマエルの詠唱が異様に長かったことから絶対に万人に使えるような魔法じゃないな。


『じゅるり……』

『ま、魔王様? そ、そろそろ総評に移りませんと。クイーン討伐における功労者の発表もあります故』

『はっ!? わ、分かっておる! 味は……えーと……』

「一気に風向きが怪しくなってきたな、ハインド!」

「いつもながら威厳が崩れるの、早過ぎるだろう」

「あの、ハインド先輩。トビ先輩はどうしてワクワクした顔をしているんです?」

「放っておくといいよ、リコリスちゃん。さっきの背伸びどうたらの類型の喜びなんだと思う」

「よ、よく分かりませんけど……はい」


 そんな若干アレな顔のトビの期待を裏切ることなく、魔王ちゃんは言葉に詰まっている。

 こういう時は、サマエルが助け舟を出すしかない。


『ま、魔王様。でしたら、どういう味でどんなところが美味しかったのですか?』

『ええと……甘くて、美味しかった! のだ!』

『も、もう少し具体的にお願いいたします! このままでは魔王としての威厳が……』

『う、うう……甘くて、冷たくて、美味しくて……』

「語彙というか、表現力が圧倒的に足りていないんだが」

「あー、涙目ですねぇ。魔王ちゃん」


 俺とシエスタちゃんが呟く中、群衆からは「魔王ちゃん頑張れー!」のこれまた定番のコールが。

 そして踏み台に乗ってスクショを撮りまくっていた男は、何故か地面の上でのたうち回っていた。


「も、萌え死ぬ……萌え死ぬでござるぅ! 魔王ちゃぁぁぁん! ――みんなもそう思うでござろう!?」


 そして突然こちらに顔をぐりんと向け、トビが同意を求めてくる。

 今日は一段とついていけない空気を出してんな、こいつ……。


「い、いやー、俺はそうは……どちらかというと、やっぱりちょっと狙い過ぎなように感じる。それでも可愛いとは思うが」

「そうだな。魔王はあざといな!」

「あざとい……それはネットスラングとしての用法ですよね? 小悪魔的という意味でしたら、賛成です。本人に自覚はなさそうですが」

「あざとい……のかな?」

「あざといって、どういう感じのを言うんでしたっけ? ネットと正しい使い方で何か違うんです?」

「リコ、あのね……」

「それはそうと、これでは話が進みませんねー」

「私、特殊演出って直に見るのは初めてなんですけど……いつも周りはこんな雰囲気なんですか?」

「事前の予想通り、演出の時間はいつもより長いんですが。見ている側の雰囲気は大体これと一緒です」

「な、なるほどー……」


 俺たちがそんな会話をしている向こうでは、最終的に耐えきれずに魔王ちゃんが爆発。

 味がしないというパフェをサマエルに食べさせ、自分の代わりに総評を言わせようとしている。

 結局、困り果てたサマエルによって他の料理も含めた総評は後日ということにされ、レイド戦の結果発表へと話が進んだ。

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