煎餅作りと結果発表直前
パチパチと炭が爆ぜる。
その上に網を置き、みんなが見守る中でまずは第一号を焼き上げる。
それにしても暑いな。
『クイーン・ソル・アント』が引き起こした異常気象はまだ尾を引いており、ピーク時ほどではないが囲炉裏に火を入れると半端じゃない暑さになってしまう。
火属性のマントはここでも大活躍で、着ているほうが涼しいという有様である。
……そろそろいいだろうか?
「ユーミル、醤油」
「よしきたっ!」
ユーミルに煎餅を渡すと、はけで醤油をつけて返してくる。
それをもう一度炭火の上で炙ると、周囲に香ばしい匂いが立ち込めた。
「いい匂いですー……」
「夕飯食べたばっかりなのに……美味しそう……」
リコリスちゃんとシエスタちゃんの言葉の後に、マーネが「ピー!」と鳴いた。
……もしかして、食べたいのだろうか?
「先輩、マーネに食べさせるのはアリですか?」
「マーネが食べるには、栄養価的に白米ベースのものはちょっと。ビタミンが足りないし」
「残念……じゃあ私が」
「あ、シーちゃんずるい!」
「お二方、もうユーミル殿が食べちゃったでござるよ」
「――むお?」
「「は、早い!」」
一枚目の醬油煎餅は、既にユーミルの口の中である。
俺は黙って、次々と成形済みの煎餅を焼き上げて行くだけだ。
同じく無言で、リィズ、セレーネさん、サイネリアちゃんの三人が近くに座って量産してくれている。
「って、もう一人か二人焼きに回ってくれよ。残った人はユーミルと一緒に仕上げで」
「あ、じゃあ私がユーミル先輩と一緒に仕上げをやります!」
「それならトビ、シエスタちゃん。こっち」
「承知したでござるよー。魔王ちゃんの結果発表までに、作り終わるでござろうか?」
「間に合うんじゃないですか? 先輩含め、成形組みが頑張ってくれているし」
「……うん、シエスタちゃんも焦がさないようにね?」
「程々に気を付けます。暑いですねー、囲炉裏の前」
「そこは大丈夫だって言ってくれ……」
気怠そうに俺の隣に座るシエスタちゃんに不安が募ったが、ともかく今は数を作らなければ。
仕上げの味付けに関しては、何度か味見をして調整し……。
やがて煎餅がトレイ一杯になったころ、止まり木のメンバーが集まってきた。
「おー、やってるやってる!」
「みなさん、お疲れ様です。良い匂いですなぁ」
「今、お茶を用意しますね」
「じいばあ軍団来た!」
ホーム建設の中心になった棟梁さんとバウアーさん、エルンテさんが中心になってお茶の用意をしてくれる。
真っ先に彼らの到着に気が付いたユーミルが、嬉しそうな声を上げた。
……じいばあ軍団?
「遅くなりました!」
「パストラルさん。ちょうと完成するところですよ」
「良かった……焼き立て煎餅なんて、初めてだから楽しみだったんです」
ちなみに今日はイベント終了から数えて三日目、煎餅作りの発案から二日後となっている。
なるべく多くのメンバーが集まれそうな日ということで、折角なのでイベント結果発表に合わせることにした。
時間は少し遅めなので、子どもたちの人数は少ないが。
「孫が、おやつのアイスが美味しかったと言っておりましたよ。お店のアイスと全然違う味だと」
「ほんに、ハイちゃんはお菓子作りが上手ねぇ」
「ハイちゃん……あ、いえ。喜んでもらえて嬉しいですよ」
いかん、お互いの呼び方が混沌としている。
それ以上に、傍で声もなく笑っている忍者をどうにかしてやりたいが。
お前は二文字だから、略して呼ばれたりされ難いだろうしな……この野郎。
とはいえ、準備は整った。
完成した煎餅を囲炉裏の和式ゾーンから洋式のテーブルに並べていき、用意してもらったお茶が全員に配られる。
そして堅苦しい挨拶などは全て後回しにして、暖かい内に煎餅を口にしていく。
バリボリバリボリ、という音がホーム内に響き……。
「美味い!」
「お前が真っ先に感想を言うのかよ……」
「ま、まあまあハインド君。どうですか? バウアーさん、エルンテさん」
セレーネさんが夫妻に感想を訊いてくれる。
バウアーさんは上品に、ワインを口に含んだソムリエのような顔をしてから答えた。
手に持っているのは煎餅だが。
「うーんむ……非常に美味ですぞ。わしはにんにく味が好みです」
「美味しいわねえ。私は青のりがいいわね。おじいさん、あまりにんにくばかり食べ過ぎると鼻血が出てしまいますよ」
「お、おばあちゃん? ゲームだから、そういうのは大丈夫だよ?」
「あら? そうだったわね」
パストラルさんのツッコミに、エルンテさんがホホホと笑った。
やっぱりこの夫妻、独特の雰囲気だよな……他に比べて時間の流れがゆっくりな気がする。
そんな具合に味の違う煎餅を味わい、好評価に俺がホッとしていると……。
視界の中に、もう見慣れた特殊演出開始のお知らせが流れ始めた。
「――っと、では行くか? ハインド」
「ああ。止まり木のみなさん、イベントの援護、本当にありがとうございました。次もよろしくお願いします」
口々に感謝の言葉を告げると、寛いだ状態のまま止まり木のみんながそれぞれ反応してくれる。
どうやら、彼らの大多数は魔王ちゃんの特殊演出を見に行く気はあまりないようだった。
パストラルさんだけは一緒に行くということで、王都の街中へと移動を開始する。
「魔王ちゃん! 魔王ちゃん! うっひょぉぉぉぉぉっ!」
「レイドのほうは大丈夫でしょうけど、料理はまだ分からないんですよね?」
満面の笑みで叫ぶトビの後ろで、パストラルさんが結果発表について確認してくる。
レイドのランキングも集計中で見えないようになってはいたが、どれも急にペースが上がるようなものではない。
彼女の言う通りそちらはまず大丈夫だろうが、料理のほうは本当に結果が発表されるまで何も分からない。
「そうですね。魔王ちゃんの特殊演出の中で発表されるんじゃないかって、もっぱらの噂です」
「ドキドキしますね……って、みなさんは慣れているんでしょうけれど」
「スクショの準備、OK! 目の前に背の高い人がいた時用の踏み台、OK! 準備は完璧っ!」
農業区の土地は広く買ってあるので、徒歩でゆっくりと移動すると結構な時間がかかる。
まあ、このペースでも特殊演出には間に合うと思うが。
歩きながら胸元を押さえるパストラルさんの言葉に答えたのは、リィズである。
「そんなことはありませんよ。私も少し緊張しています」
「今回はリィズもかなり料理作りに関わってしてくれたもんな。だから、今回はいつもより長めの特殊演出になるんじゃないかってことで、魔王ちゃんファンは――」
「魔王ちゃぁぁぁぁんっ! 今! 拙者が会いに行くでござるよぉぉぉっ!!!!」
「うるせえっ! ……と、熱狂的な魔王ちゃんファンはこいつに限らずこんな調子だそうです」
「す、凄いですねぇ。愛というか何というか……」
パストラルさんはトビの様子に顔を引きつらせながらも理解を示した。
すると今度はユーミルが思案顔で腕を組む。
「いつもより街中も騒がしくなる……か? ということは、セッちゃんをしっかり守らねばな!」
「あ、ありがとう。よろしくね、ユーミルさん」
「……いっそのこと、今回だけは農業区で静かに見るというのも――」
「何言ってるのリィズ殿ぉぉぉぉ! みんなで! みんなで魔王ちゃんを見ないとぉぉぉ! 何のためのネトゲでござるかぁぁぁ!?」
「「「……」」」
もはや誰もトビのノリにはついていけそうもなかったが、それだけ楽しみにしているということは十二分に伝わってきた。
そのまま農業区を出た俺たちは、既に多数のプレイヤーで埋め尽くされた街の広場へと足を運ぶことに。