最後の一体
イベント終了まで、残り約十分。
アタックスコアランキングの首位争いは、もつれにもつれた。
「おのれっ! おのれレーヴゥゥゥ! 朝から一日中プレイしおってぇっ!」
「俺たちも人のことは言えないけどな」
現在ユーミルの順位は1位だが、レーヴを追い抜いたのは夕方ころのこと。
夕食を摂り、再びログインするとまた2位に戻っていた。
それからは現時刻までずっと戦い続けているのだが、全員疲労の色が濃い。
「ハインド殿、危うい差でござるよ。倒し切れるか微妙でござるが、もう一戦やらねば」
「ああ、分かってるよ。みんな、水分補給とかは大丈夫か?」
「む? 水はさっき飲んだばかりではないか」
「ゲームじゃなくて、現実での話だよ。イベントに熱中するあまり、脱水症状なんか起こしたらまずいだろう? いくら時間がないとはいえ、ゲーム最優先は駄目だろう」
「そういえば、戦闘中に強制ログアウトさせられている人たちがいましたね……」
VRギアに搭載された機能により、健康状態に支障が出そうな兆候があればプレイヤーはすぐにログアウトさせられる。
ちゃんと休憩を取っていれば大丈夫だが、このイベント中は特にそういうのを見かけるな。
俺たちの場合は……。
「……大丈夫そうだな? じゃあ、ユーミル」
「うむ! 最終戦に行くぞ!」
一戦辺りのペースは、後から追いついたことから分かるようにこちらが上である。
勝負を決するべく、俺たちは残り時間で最後の一体を討伐するために召喚を開始した。
目の前の『クイーン・ソル・アント』を時間切れまでに倒し切れれば、ユーミルの勝ちはおそらく確定するだろう。
制限時間までに討伐が終了していなかった場合は、累計スコアに加算されないとイベントページに明記されている。
翻って、こいつの討伐が間に合わなかった時は僅差のレーヴにまくられる可能性が発生してしまう。
「ユーミル、疲れていると思うが……」
「イベント中、最高の戦いをお前に――お前たちに見せる! それでいいのだろう!?」
これ以上、もう何も言うことはないだろう。
ユーミルのオーラが眩く立ち上り、クイーンに向かって駆ける。
オーラを出しながら必死によじ登るその姿は、何だか少しおかしくはあるが。
「――トビ、なるべく敵の動きが小さくなるようにクイーンを誘導してやってくれ。できれば、他のプレイヤーの増援が来るまでは完璧に」
「ハインド殿、しれっと高度な要求をしてくるでござるなぁ。もしもの時は、ホーリーウォールで援護をお願いするでござるよ!」
「ああ! ……後衛の俺たちはいつも通りに」
「はい」
「セレーネさん」
「うん?」
「時間を見て間に合わなそうな時は、ユーミルへのアイテム投げはいいですから。セレーネさんも全力で攻撃に回ってください」
「うん、了解」
後はみんなの出来と他のプレイヤー次第だ。
ソール・ルーナパーティがいた時ほどのタイムは必要ないが、それに準ずる程度の早さは必要だ。
頭部に到達したユーミルがダメージを稼ぎ始め、トビがクイーンの攻撃を引き付けてギリギリで躱していく。
俺はバフと回復を、リィズはデバフを、セレーネさんが成功しなかったデバフに関係するアイテムをクイーンに投げ、ユーミルが落ちた時に備えてクイーンの脚にダメージを蓄積させておく。
そんな序盤の攻防が進み、徐々に俺たちのように駆け込みでスコアを稼ぎたいプレイヤーたちが集まってくる。
半分は時間内に間に合わなくてもよさそうなエンジョイ勢。
もう半分は、俺たちとよく似た焦燥を表情に滲ませるプレイヤーたち。
「――うわっ、アラーニャ出た!」
「久しぶりですね……これで三度目ですか?」
「よく会うな……しかし、今の状況では有難い!」
三度目の邂逅となる軽戦士のアラーニャが、アンカーフックをクイーンに引っかけて跳ぶ。
俺はユーミルのバフの状態を確認してから、アラーニャにも『アタックアップ』の魔法を使用した。
ワイヤーを繰っている手とは逆の手で、親指を立ててこちらに感謝の意を示してくる。
器用な人だ……ちなみに先程確認した彼のアタックスコアランキングは、5位だ。
アイテムの支援を受け難い、ギルドに無所属のプレイヤーでこの成績はかなりのものだろう。
アラーニャはユーミルよりも手早く頭部に取り付くと、そのまま連続攻撃を始める。
その時、隣で詠唱が終了後の魔導書をキャッチしたリィズが慌ててこちらに顔を向けた。
「ハインドさん、特殊ダウンが間もなくです!」
「どうする、ハインド君!? まだユーミルさんが粘っているよ!」
「いつもならとっくに落ちているのに……」
「おおおおおおおっ!!」
クイーンの頭部をユーミルが激しく斬りつける。
表示されているダメージからして、落ちないことに尽力して攻撃が疎かになっている様子もない。
多数の魔法や矢が飛び交う中で、その衝撃に耐えながら奇跡的なバランスで攻撃を続けている。
アラーニャは特殊ダウンが近いことを察したのか、ワイヤーを巧みに操作して砂の上に着地済みだ。
「――セレーネさん、構いません! そのままダウンを!」
「……了解!」
遠距離攻撃の大技は頭部に集中しており、脚部に攻撃しているプレイヤーの中にはカンストプレイヤーは見当たらない。
故にセレーネさんの『ブラストアロー』であれば、特殊ダウンのタイミングを調整可能と見た。
「ユーミル!! クイーンが落ちる!!」
「――!!」
せめてもの警告として、ユーミルに向かって俺は叫んだ。
落ちても特殊ダウン中に登り直せば問題ないが、もしかしたら……。
セレーネさんのクロスボウから突風が放たれ、クイーンの脚が――折れる。
「ぬおおおおおっ! 落ちるかぁぁぁ!」
「耐えた!? マジか、あいつ!」
「いつ聞いても、年頃の女性が出していい声ではありませんよね……」
「そ、それは今更じゃないかなぁ……でも、ユーミルさん凄いよ!」
ユーミルは特殊ダウンの縦に突き抜ける衝撃を耐えきると、即座に攻撃を再開した。
俺たちも呼応するように、それぞれの動きに入る。
まずは俺が『エントラスト』をユーミルに。
これでMPがフルになったユーミルが、ロングソードをぐっと引いて全力の突きの体勢へと移行。
バフもデバフも全て完璧、勇者のオーラが剣を中心に渦巻き――
「くらえぇぇぇぇぇっ!!」
この場のどの攻撃スキルよりも激しく、鋭い一撃がクイーンの頭部で弾けた。
堅い外殻が砕け、辺りに残骸が撒き散らされる。
トビとセレーネさんがユーミルに『中級MPポーション』を投げ、リィズが俺に向かって同じようにポーションを投げる。
ユーミルがそのまま数度の突きによる通常攻撃を挟み、支援者の杖の宝石が純白の輝きを放つ。
『クイック』が発動し、必勝パターンである二発目の『バーストエッジ』が発動。
長い長いクイーンのHPバーが、明確に減ったと分かるレベルで減少する。
ユーミルと同じく自分たちも攻撃を続ける半数のプレイヤーに対し、苛烈な全力攻撃に呆気に取られていたエンジョイ勢だったが……。
「まだまだぁぁぁぁ!!」
「よっしゃ、行けるぞ! 勇者ちゃんに続けぇぇぇっ!」
「いって、誰だ誤射したの! 止まってる的だぞっ!」
「殴れ、殴れぇぇぇっ!」
なおも攻撃の手を緩めないユーミルと俺たち駆け込み勢力の姿に、特殊ダウン前には感じられなかった真剣さで追撃を始めた。
もしかしたら、タイムアップまでにギリギリ間に合うかもしれない――そんな意識が見え隠れしている。
彼らだって、せっかくだから戦闘報酬は欲しいのだ。
そんな便乗気味の勢力にも後押しされ、イベント最後の『クイーン・ソル・アント』は……。
討伐タイム9分48秒という記録をもって、タイムアップ直前に討伐されたのだった。