巨大蟻とクライミング
「ユーミル、補助装備は?」
「問題ない! この重さにも、もう慣れた! 切り替えも問題ない!」
ユーミルが腰の装備を確認して、二ッと白い歯を見せて笑う。
これは装備耐久が心許ないということで、二セット用意してある内の一つだ。
それぞれ装備の確認と水分補給を済ませたところで……。
「では、召喚は拙者が……出でよ! クイーン――」
「それはもういい! 飽きたぞ、私は!」
「毎回毎回やるんじゃねえよ! しつけぇ!」
「気が抜けるのでやめていただけませんか?」
「え、えっと……トビ君はそういうの、恥ずかしくないの?」
「有らん限りのフルボッコ!? し、仕方ないでござるなぁ……しからば、普通にやればいいのでござろう?」
若干口を尖らせつつ、『太陽の欠片』の上でトビが召喚ボタンを押下する。
光の柱に包まれ、それが晴れると砂中からクイーンが現れた。
後はデバフとバフを使用しつつ、他のパーティの参加を待つ――
「よぉぉぉし! 速攻ぉぉぉっ!」
――までもなく、ユーミルがクイーンへと一気に接近する。
俺がトビに目配せすると、『挑発』と『分身の術』で一気にヘイトを稼いで注意を惹く。
クイーンへと取り付いたユーミルは、大剣を背中に装着すると……。
「ぬんっ!」
腰の『合金ピッケル』を両手に持ち、クイーンへと突き刺した。
それを交互に繰り返し、グイグイ上へと登って行く。
足元はスパイクブーツではなく、滑りにくい素材のものを使用している。
「うおぉぉぉおぉぉぉっ!」
「何度見ても力技と言いますか……」
「作っておいてなんだけど、確かにそうだよね……」
「かといって、ユーミルが華麗にワイヤーを使いこなす姿は想像できないだろう? 仕方がないんだよ……」
「……そうですね」
これを見た他のパーティのプレイヤーが、あの変人スレに書き込んだのだろう。
アラーニャのスタイリッシュな動きを見た後だけに、俺たちとしても余計に落差を感じる。
そんな見た目はともかくとして、ダメージを与えながら確実にピッケルを使って登って行くユーミルは……。
「頭上を取ったぞぉぉぉ! ――おっと!」
クイーンの頭部に辿りつき、よろけながらも片手で剣を掲げた。
落ちても下は砂地の上、ユーミルの防御力ならそこまでダメージは入らないが時間のロスが大きい。
「折角登ったんだから、落ちるなよ! リィズ、特殊ダウン前のユーミルへの警告は頼むな」
「はい、お任せを」
「セレーネさん、クイーンが暴走状態になるまでは――」
「うん。足を狙わないんだね?」
「お願いします。トビはそのまま、ヘイトを稼ぎつつ攻撃してくれ!」
「承知! 拙者の大型手裏剣が唸るっ!」
「キャッチする余裕あるのか……? あー、ともかく頼んだ!」
そのまま頭上から斬り付けるユーミルに、次々とバフを送り込んでいると……。
後方から他のプレイヤーたちが一斉に増援として駆け付けた。
「あっ、本体!? 渡り鳥!? でも勇者ちゃんがいない!?」
「ふははははっ! まだまだぁ!」
「――えっ!?」
「何であんなところに……?」
そして俺たちを知っている様子のプレイヤーが、そんなことを言いながら戦闘態勢に移る。
動揺しながらも動きを止めない辺り、討伐時間のほうは期待できそうだ。
後はユーミルと競合するようなトップクラスのアタッカーが現れなければ……。
「――っ、熱線が来るぞぉぉぉっ!」
「躱せ、躱せぇぇぇっ!!」
「あぁぁぁぁぁぁっ!」
クイーンの範囲攻撃に悲鳴があちこちから聞こえるが、戦闘不能は10人程度……十分立て直せる程度の被害だ。
俺はパーティ内の状態に不備がないことを確認してから、蘇生の手助けに回る。
「ハインドさん、参加者が埋まりました」
「そうか……うん、ユーミル以外のアタックスコアの伸びも緩やかなもんだな。後は油断せずに――」
「ぬわぁぁぁぁっ!?」
リィズの報告にスコアを確認し、参加プレイヤーのバランスにホッとしたのも束の間……ユーミルがクイーンから落下してしまう。
まあ、何かで固定できている訳でもないからな。仕方ない。
「おのれっ!」
「ユーミル、行くな! ストップ!」
「特殊ダウンまでもう少しです! クイーンが伏せるのに合わせて登り直してください!」
「わ、分かった!」
折角なので、今の内にユーミルのMPをポーション類で回復しておこう。
登っていると、投げても届かない場合が多いからな。
そういった時は自力回復とMP譲渡魔法である『エントラスト』頼りになってしまう。
詠唱を止め、ユーミルに駆け寄ってポーションを投げて行く。
前衛はトビを含め、増えた他のプレイヤーに一時的に任せる。
「はぁー、殴った殴った……ありがとう、ハインド」
「段々慣れてきたか? 特殊ダウンしたら、地上である程度叩いてから登れよ?」
「分かっている! ――行ってくるぞ!」
「はい、行ってらっしゃい」
クイーンの特殊ダウンに合わせて再び立ち上がるユーミル。
走り出す背を軽く叩き、俺は少し下がってから詠唱を開始する。
一戦辺りのアタックスコアは徐々に伸びてきているので、最終的にユーミル次第になるのはいつも通り。
俺はあいつを信じて、補助魔法と回復を送り続けるだけだ。