後半戦の開始
「久しぶりに渡り鳥が全員揃ったでござるな!」
「何だよ、藪から棒に……確かにその通りだが」
俺が談話室でそう切り返すと、トビは悲しげな顔になり……。
「実は、掲示板でユーミル殿の話題が出た際に……」
「む? それは例の変人スレとかいうやつのことか?」
「そうそう。そのスレに、渡り鳥の中で最近あの忍者だけ見かけない――とかいう書き込みがござってな……くっ!」
「あー……」
ちなみにトビの掲示板での通称は“忍者”である。
他にも忍者装束のプレイヤーはいるのはいるのだが……。
TBで一番有名な忍者といえばこいつらしいので、それで通じてしまうという。
相変わらず、全く忍んでいない忍者だな。
しかし、最近見かけないか……その書き込みはある意味正しい。
「ここのところのお前、ちょいとイン率低いもんな。珍しいことに」
「姉上がいけないのでござるよぉ! 拙者を無駄にこき使って!」
横暴でござる! と叫ぶトビだが、これはこれで姉弟仲が良いのだ。
何だかんだでトビも我儘に付き合っている訳だから。
そんなぶつぶつと愚痴るトビを見ながら、セレーネさんが呟く。
「姉弟かぁ……私は一人っ子だから、そういう話はちょっと羨ましいかな」
「あんな姉で良ければ、いくらでもセレーネ殿に差し上げるでござるよ! ――はっ!?」
そんな発言をした直後、トビは恐怖に凍り付いたような表情で俺を見る。
……何だよ?
「ハインド殿……拙者の今の発言、姉上にはご内密に……」
「……中学時代にお前から散々聞かされた恨み言や愚痴を、俺が一度でも響子さんに漏らしたことがあるか?」
「そういえばそうでござったな……いやしかし、念のため! 念のためでござるよ! くれぐれもご内密に! ハインド殿のことは信用しているでござるが、それでも念のため!」
「言わねえよ! くどいな!」
そんなに怖いのなら、そもそも迂闊な発言をしなければいいんだ。
セレーネさんが小さく笑い、響子さんと面識のあるユーミルとリィズが二言三言話したところで……。
場所は移り、『大砂漠デゼール』へと向かう道中。
モンスターを避けるためにグラドタークの手綱を引いた俺の横に、セレーネさんが馬を寄せ……。
「姉弟といえば、一昨日のポル君とフォルさん……だったかな? その兄妹とはどんな感じだったの?」
セレーネさんが先程の会話で思い出したのか、二人について尋ねてくる。
そういえば、セレーネさんにはまだ話していなかったな。
「どちらも中級者の枠は超えていましたね……出会ったころのことを考えると、変われば変わるものだなと。ギルド戦の時は、二人をじっくり見ている時間はありませんでしたから」
「ハインド君、嬉しそうだね」
それはそうだろう。
最近だと特に、イベント前に何人かの生産者候補やサーラに移住希望のプレイヤーを連れてきたりしたのだが……。
当然ながら、その全員がそのままゲームを続けてくれる訳ではない。
何人かは見かけなくなってしまったプレイヤーもいる中で、彼らのような存在はとても嬉しい。
例えサーラにいる訳ではないとしても、である。
……こちらを優しい笑顔で見守るセレーネさんに、少し気恥ずかしくなりつつ話を続ける。
「元々センスの良かったフォルさんは、言うまでもなく優秀なアタッカーになっていましたし……」
「ゲーム自体に不慣れだったポル君も見違えましたね。きちんとタンクとして動けていました」
リィズが俺の言葉を引き取って続けてくれる。
こういったイベントの最中は毎日同じことの繰り返しになるが、今回はパーティを細かく切り替えているので単調には感じない。
――と、馬上で水を飲みんでいた未祐が、何かに気が付いたように手を止める。
「そういえば、ここまで毎回パーティにタンクがいるな! ありがたいことに!」
どうやら前半戦のパーティ構成や戦いを振り返っていたらしい。
「言われてみればそうだな。トビ、リコリスちゃんはいつも通りとして……前回のポル君がそうだし、弦月さんはアタッカーと兼任だったが……うん。全員、何ら不足のない動きをしてくれたな」
レイドボスの単体攻撃は各パーティ単位でヘイトの高いプレイヤーが指定されたり、50人全体から同じように指定されたりとマチマチである。
運が良ければ、範囲攻撃だけに気を付ければノーダメージということもあり得るが……。
当然ながら、パーティでタンクを用意した方が後衛やアタッカーが狙われるといった事故は防げる。
、だから弦月さんやポル君がいなければ、ユーミルのランクインももっと遅くなっていたことだろう。
そして今日のタンクであるトビが、俺たちの会話に大きく頷いている。
「ユーミル殿が考えなしにどんどんダメージを取るから、一緒に組むタンクはヘイト稼ぎが大変なのでござるが……みんな上手いこと合わせてくれたのでござるな。実に素晴らしい」
「うむ、とても助かっている! 今日はトビの番だな! 頼んだぞ!」
「あ、これユーミル殿は連携取る気皆無でござるな……」
「心配すんな、トビ。あまりにもユーミルがヘイトを稼ぎ過ぎてる時は、俺がMP供給止めてるから。大丈夫だ」
「初耳なのだが!?」
何を言っているんだ。
お前はあればあるだけ消費するのだから、こちらで止めるのは当たり前じゃないか。
そんなユーミルは放っておくとして、そろそろ目的地だ。
フィールドの境界線を越えると……。
「おお……今日も盛況でござるな!」
召喚アイテムをドロップする『ソル・アント』の奪い合い、HPの減ったプレイヤーを狙うPK、そのPKにかけられた賞金狙いのPKK、更には各所で立ち昇るレイド戦の光の柱……。
非常に混沌とした状態のフィールドが、俺たちの目の前に現れた。
「もう後半戦だからな。それぞれの目標に向けて、追い込みをかけているんだろう」
「私たちも行くぞ! ――って、今日はレイドボス中心だったか? それとも召喚アイテム?」
気合の空回りするユーミルの発言に、俺たちは微妙な笑みを浮かべて肩の力を抜いた。
まあ、こういう場面でバシッと決まるようなリーダーではないか……。
「今日はレイドボス中心でOKだよ。行こうぜ?」
「うむっ!」
そうして後半戦初日、まずは一体目のレイドボス召喚へ。