中間ランキング
マウスのホイールを転がして操作していると、階下から騒音に近い物音が聞こえてくる。
俺が気にせずにパソコンの操作を続けていると、自室のドアが豪快に開かれた。
「亘!」
「ドアをノックしろ、扉はもっと静かに開けろ、そんなに大声で呼ばなくても聞こえてる」
「今日のランキングを見たか!? アタックランキング!」
「聞く耳もたねえな……」
来る予兆が分かりやすいので、急にドアを開けられても驚きはしないが。
母さんも、階下から一声かけてくれればいいものを……。
未祐は今まさに俺がそのランキングを見ていることに気が付くと、傍に近付き――俺の横を見てギョッとした。
「いたのか、お前!?」
「いましたが。何か問題でも?」
「入口からだとちょうど見えないんだよな、理世のいる位置」
もちろん体格の問題もあり、未祐なら同じ位置にいても見えるかもしれない。
俺が理世と見ていたのは、今日でちょうど中日に当たるレイドイベントのランキングである。
異変は、未祐の言う通りアタックランキングの1位からアルベルトさんが転落したことだ。
「どういうことだと思う? 亘。あのアルベルトがそう簡単に1位を明け渡すとは思えないのだが……」
「それについては、理世が事態を推測してくれたぞ。理世、教えてやってくれ」
「兄さんがそう仰るのでしたら」
亘が言わなければ教えないつもりだったのか? という顔を未祐がしているが、突っかかっていたら話が進まない。
俺が首を左右に振るのを見た未祐が、文句を言いかけた口を閉じて頷いた。
「……実は、二日ほど前から急激にアルベルトさんのアタックスコアの伸びが減少しているのです」
「む、それは何故だ? 単純に休んでいるだけか?」
「それも考えましたが……もう一つ、注目してほしいランキングがあります。討伐数ランキングです」
理世の目配せを受けて、俺が討伐数ランキングへとページ内のタブを切り替える。
それを見た未祐の顔が驚きに満ちて行く。
「総合10位……倒した数――討伐数がこれだけ高いということは、つまり?」
「そうです。この順位を見る限り、アルベルトさんは休んでいません。毎日イベントに参加していなければ、これだけの高順位はキープ不可能ですから」
初日から寝ずにプレイした後に休んでいるなら、今この順位でもおかしくはないが……。
アルベルトさんが公務員であることを俺たちは知っているので、それはないと断言できる。
仮に長い休みを取ったのだとしても、現実での家族サービスの時間を削るような人でもない。
更に理世の記憶によると、アルベルトさんの討伐数はアタックスコアの伸びが落ち始めたこの二日間も変わらず伸びているらしい。
ランキングで過去のデータを追えれば楽なんだがな……残念ながら、公開されているのはリアルタイムのものだけだ。
未祐がここまでの話を飲み込めたかどうかを確認してから、理世が再び口を開く。
「ですので、私は彼が途中からプレイスタイルを変えたのではないかと考えました」
「プレイスタイルを? ……ううむ、もう少し詳しく頼む!」
「……要は自分がパーティのメインアタッカーとしてダメージを取るのではなく、誰かのサポートに回っているのではないか? という推測が成り立つ訳です。これならば、討伐数の説明もつきます」
「傭兵だからな、アルベルトさんは。依頼人の都合が急に変わったのかもしれないし、イベントの途中――スコア通りなら、二日前から新たに雇われたのかもしれない。ヒナ鳥たちが雇った時も、アルベルトさんはランキングに執着を見せなかっただろう?」
「なるほど、そういうことか!」
そこまで話を聞いたところで、未祐の顔に理解の色が浮かぶ。
こうなると、アルベルトさんはこのままアタックランキングから落ちて行くものと予想される。
ディスプレイに向き直り、改めてアタックランキングにタブを戻して上位を確認すると……。
1位には、またしても見慣れた名前が存在していた。
「なになに、1位はレーヴか。――レーヴ!? 私の記憶違いでなければ、数日前までトップ5にすらいなかったはずだが……」
1位はラプソディのレーヴ、10位台の順位から急激にスコアを伸ばしてのランクインである。
それはそれとして、俺としては未祐の大袈裟な反応の方が気になった。
「どうして今更驚いているんだよ。ランキングを見てからここに来たんじゃないのか?」
「アルベルトの名が1位になかった時点で、慌てて家を出たからな! 他は全て未確認だ!」
「まるで脊髄反射のような行動ですね……野生動物ですか? あなたは」
「まずはメールしてみようとか、電話で済ませようとかそういう発想は――」
「ない!」
「訊いた俺が悪かったよ……」
話している間にも、未祐の目がランキングを追っている。
どうやら自分の名を探しているらしいので、俺は該当箇所まで画面をスクロールした。
確かこの辺に……あ、あったあった。
「すまん、ありがとう! ……おお、ようやく30位に入ったか!」
「二日遅れにしては、まあまあの位置なんじゃねえかな? 後半の頑張り次第では、十分に上を狙え――って、何だか既視感があるな。この言葉」
「私たちが先行逃げ切りを図ったイベントというのは、ベリ連邦での防衛イベントだけですからね」
「ならば、過去に似たようなことを言っていても不思議はないな! それだけ私たちのスタイルができあがっているということだろう!」
「物は言いようだな……」
本当は余裕を持って、先行逃げ切りが好ましいのだが……。
序盤でイベント攻略のペースを安定させるのは、中々に難しい。
「ところで未祐、この後の予定は?」
「別にないぞ! 今日は元々、ここに遊びにくるつもりだった!」
「じゃあ、一緒にイベントの掲示板でも見るか? 前半戦の振り返りと、今後に備えて」
「おおっ、見る見る! 一人で見るよりも、一緒に見た方が楽しいからな!」
「理世はどうする?」
「見ます。掲示板を見終わったら、昼食の準備をしましょうね。兄さん」
「うん、そうしよう」
未祐にも食べて行くかと訊ねると、「食べる!」と即答。
今日は午後からマリーの家――シュルツ家でバイトがあるので、TBにログインできるのは夜か。
二人と話をしつつ、ランキングの表示された画面から掲示板へとページを移動させる。