大砂漠デゼール
「ハインド、危ないっ!」
「――!」
唸りを上げて迫る火球に対し、俺はマントを使って防御した。
火属性の属性石と神官の魔法抵抗が合わさり、致命傷には至らない。
俺の場合は、あの強烈な突進攻撃だけ受けないようにすれば問題ないだろう。
「大丈夫か!?」
「ああ! ……っ、かはっ! もう喉がひりついてきた」
『中級HPポーション』を口に含み、回復と同時に渇きを満たす。
栄養ドリンクに似た味が舌の上に広がった。
空になった瓶を地面に放ると、光になって消えていく。
移動しながらの回復行動を済ませると、イベントモンスターに対して向き直る。
全身から炎を噴き出している『ソル・アント』という巨大蟻のモンスター。
こいつを倒すとドロップする『太陽の欠片』という石を集めることで、レイドボスを喚び出すことができる。
「ユーミル、早いとこ倒しちまえ! また横取りされるぞ!」
「応っ!」
今回は広大な砂漠の中でのイベントであり、最初のイベントのようにインスタンスダンジョンのような形式でもない。
故に敵の奪い合い・戦闘中のPK行為などが各所で行われる、かなりハードな戦いとなっている。
それに対する最善の策は、見晴らしがよく広いフィールドの特性を活かし、他PTから十分に距離を取ることに加え――
「くらえええっ!」
敵を素早く撃破することだ。
トビが誘導し、セレーネさんがが放った矢に続いてユーミルが鋭く踏み込む。
『バーストエッジ』の余波で砂が巻き上がり、炎を撒き散らしながら蟻の体が弾け跳んだ。
こいつらの特徴は高攻撃力、低魔法抵抗となっている。
甲殻が硬く、物理攻撃はやや通り難い。
周囲に敵がいなくなり、PTメンバーが戦闘態勢を解いて一度集合する。
「物理攻撃が厳しい以上、拙者は完全に盾役でござるかなぁ……」
「節を狙えばダメージ通ると思うぞ。さっきセレーネさんが命中させていたけど、ちゃんとダメージを取れていたから」
「おっ、誠でござるか?」
「うん。でも、どこを狙っても大丈夫な魔法攻撃の方が早いかな……弱点は水と風だっけ?」
話ながらも索敵を行ってくれているのか、セレーネさんが視線を走らせながら答える。
イベント中のここ、『大砂漠デゼール』はフィールド中央に近付くほどモンスターのレベルが上がるため、今いる高レベル地帯では気を抜けない。
俺たちの会話を聞いて、リィズが不思議そうな顔をする。
「水は火を噴いていることから分かるのですが、風はどうしてでしょうか?」
「砂の中から出てくるから、土属性も含むってことじゃないか?」
「そのおかげでえらく見つけにくいな! セッちゃんがいなければ、もっと蟻どもの奇襲を受けていたかもしれん!」
ユーミルの言う通りで、道中でも何人か危機に陥っているプレイヤーを見かけたほどだ。
砂中からの奇襲攻撃は非常に恐ろしく、俺たちの場合も後衛メンバーが何度か戦闘不能になりかけた。
「はぁー……ちょっと休憩にしないでござるか? レベルの低いエリアまで下がって」
「そうだな。外縁部なら、放っておいてもモンスターを倒しにプレイヤーが群がってくるし」
「では、一度リコリスたちも呼び戻そう。おーい!」
低レベル帯の『ソル・アント』からドロップする『太陽の欠片』は相応に少ないが、レベルの足りないプレイヤーはそれらを倒すしかない。
しかし夏に増えた新規プレイヤーとやり込みの浅いライトプレイヤーとがひしめき合い、外縁部ほどモンスターの奪い合いが激しい。
逆に中央部付近は比較的穏やかだが……こちらはこちらで、戦闘終了後の弱ったところを狙うPKが多いという問題もある。
外縁部と違い、プレイヤー間の距離が遠い中央部なら袋叩きにされることもなく、高ランクの装備を奪い取れる可能性が高いためだろう。
ユーミルの呼ぶ声に、リコリスちゃんたちが戻ってきたところで近況を報告し合う。
「もう水が切れそうです……凄い消費量ですね!」
「飲まずに放っておくとステータス異常になるしね。これでも多めに用意したつもりだったんだけどな」
水筒を手にしたリコリスちゃんが、暑さに負けじと手振りを交えながら元気に話す。
水不足で発生するステータス異常は『渇水』というもので、徐々にHPが減少してしまうというもの。
現実の水分摂取ほど厳しくはなく、普段はあまり意識する必要のない状態異常だが……。
レイドボスの影響か、周囲の砂漠以上の暑さとなっている現状では水の携帯が必須である。
「ノクスとマーネを置いてきて良かったですね! 絶対にバテちゃいますよ、あの子たち!」
「まだまだ小さいから、体力も足りないだろうしね。そしたら、水の補給も兼ねて一度王都まで戻ろう。PKの相手も疲れたし……」
「本当にしつこかったな! 私の勇者のオーラがそんなに羨ましいか!?」
「「「いや、それが目当てじゃないと思う」」」
「!?」
俺、リィズ、トビ三人の言葉にユーミルは驚愕の表情を浮かべる。
大体、勇者のオーラは奪ったり奪われたりすることができない特殊なアクセサリーだと前に説明したじゃないか。
敵の狙いはおそらく、高騰に高騰を重ねた上で品薄になっているセレーネさん作の装備品である。
全員で馬を置いた地点へと戻りながら、残り少ない水を口に運ぶ。
「まあ、それはそれとして……一度くらいレイドボスと戦ってから戻りたかったものだな!」
「クラーケンの時みたいに、召喚地点では光の柱が出るんですけどね……あっという間に消えてるんで、競争が激しいっぽいですねー……あー……」
ユーミルの言葉に、暑さで溶ける寸前のシエスタちゃんがそう応じる。
それを支えるようにして歩くサイネリアちゃんが続いた。
「最初から召喚アイテム集めを諦めているのか、光の柱に向かってあちこちを移動している人たちなんかも見かけました」
「馬に乗りっぱなしで?」
「はい」
馬ごと入ることはできないので、光の柱の近くで馬を降りて突入という形になるだろうか。
俺たちも馬に乗り込みながら
「それは……どうなのでしょうね? ハインドさん」
「召喚者報酬ってものもあるからなぁ。途中参加だと、どれくらいダメージを取れるかも分からないし」
「低レベルのプレイヤーなら、討伐数目当てにワンパン入れに行く価値はあるのではござらんか? スキルポイントの書さえ取れれば、というプレイヤーも多いでござろう」
「かもな。ただ、俺たちの場合はユーミルになるべくダメージを取らせる必要があるから……基本、自分たちで召喚の方が良いだろう」
レイドボスのHPは非常に多いので、状況次第では途中参加も大いにアリだが。
ただ、ボスの残りHPなんて外から見ても分からないからな……。
運よく近場で光の柱が昇った瞬間なら、飛び込む価値はあると思う。
俺がそんな言葉を口にした直後、進路上で何やら石を集めて待機しているプレイヤーたちが。
まさかと思い見ていると、石が輝きを放ち――。
その光はどんどん大きくなり、近くにいたプレイヤーたちを飲み込んだ。
「……ハインド?」
ユーミルがにんまりとした顔で振り返る。
こいつ、つくづく「持ってる」人間だよな……。
「……行ってみっか。サイネリアちゃん、悪いんだけど――」
「はい。私たちもどこかに途中参加できないか、探ってみます。それなら集めた石を消費することもありませんし」
「お願いするよ。出てくるタイミングが合わない時は、水の残りの都合もあるし各自帰還ということで」
「了解しました。ご武運を」
「行ってらっしゃい、です!」
「行ってらっしゃーい……」
そうして、俺たちは今イベント初のレイドボスと対面することに。