イベント開催地へ
止まり木のホームを後にした俺たちは『大砂漠デゼール』へと向かっていた。
デゼールの場所は王都の西、三つ目のフィールドなので近場である。
従ってこれまでと違いアイテム補給が非常に楽なので、それを活かして大胆に立ち回りたいところ。
間にあるフィールドボスは既に討伐済みなので、目的地までスムーズに進むことが可能だ。
「ハインド先輩、ハインド先輩! 今回のイベント、確かPTが二つあっても一緒には――」
「戦えないね。だからギルドで10PT揃えてボスを狩る、ってのは不可能になっている。具体的にはギルドメンバー、同盟ギルド、提携ギルド、フレンドが含まれる他PTは同じレイドに参加不可能だ」
「そうですよね……むむむ」
馬を寄せて質問してくるリコリスちゃんは、それを聞いて難しそうな顔をした。
見かねたサイネリアちゃんとシエスタちゃんが横から助言に入ってくれる。
「最大参加単位がPTということは、そういうことですよね。でもさ、リコ。今回の私たちの目的はユーミル先輩を勝たせることだから」
「極論、ユーミル先輩さえ固定でPTに入っていれば後は自由ですよね? 余ったメンバーは交代で休憩休憩」
「うん、シエスタちゃんの言う通り。ということで――」
その場の全員がユーミルを一斉に見る。
視線の意味を十分に理解しているのか、ユーミルは腰に手を当てて胸を張った。
手綱を放すと危ないぞ。
「連戦の覚悟はできているぞ! 後はリアルでもゲームでも、ハインドが美味しいご飯を沢山用意してくれれば何一つ問題ない! 活力源っ!」
「そんな生活してたら、太――いや、お前は昔から大食いしても太らないんだったな。少し前にもこんな話をした気がするが」
俺の発言に、ユーミルを見ていた女性陣の視線の色が変わる。
含まれている成分は主に嫉妬である。
口火を切ったのは、俺とほぼ同じ期間それを見続けていたリィズだ。
「理不尽ですよねぇ、本当に……いくら運動量が多いとはいえ、体質もありますし」
「ねえ、ユーミルさん? カップケーキ一つ食べるのに、小一時間悩んだことって……あるかな?」
「こ、怖いぞセッちゃん? 急にどうした!? まるでリィズみたいだぞ!」
「は? 喧嘩を売っているのですか?」
「ユーミル先輩は、栄養分配が適切過ぎませんか……? 私なんて、油断するとすぐにお腹にお肉が……」
「リコも最近、二の腕がちょっとぷにぷにしてきたって自己申告を――」
「何で言うの!? 何で言っちゃうのシーちゃん!? っていうか、よく考えたらシーちゃんもユーミル先輩の側じゃない! 許すまじ!」
女性陣が険悪な空気になりかけたところで、トビが何とかしろという目で俺を見てくる。
言われてみれば、俺の一言が切っかけだからな……よし。
インベントリを探り、目当てのものを取り出して声を上げる。
「じゃあ、そんな君たちには自家製ミルクキャラメルをあげよう。甘いぞー」
「どうしてこのタイミングでそんなものを出すんですか!? ハインド先輩は悪魔です!」
涙目のリコリスちゃんに苦笑していると、シエスタちゃんがその肩に手を置く。
そして逆の手で俺からキャラメルを受け取りながら、リコリスちゃんに笑いかけた。
「冷静になりなよ、リコ。ゲーム内で食べたものは身にならないんだから――」
「はっ!? ということは……ハインド先輩は天使です! 私もキャラメル、いただきまーす!」
「現金過ぎるよ、リコ……」
太る心配が不要なゲーム内の甘味は正義、ということで。
もちろん戦闘準備を兼ねてということもあるが、話の矛先を逸らすことには成功した。
MP回復量を微上昇させるバフが付いたキャラメルを全員に配り、馬上で水を飲んだ後に自分もキャラメルを口に放り込む。
甘さに目を細めていると、トビが体を解しながら馬上で呟く。
「それにしても悪魔だとか天使だとか、パストラル殿が喜びそうな発言でござるなぁ」
「悪魔3、天使7くらいだな! ハインドの構成比率は!」
「それはユーミルさんが毎回馬鹿なことをしでかすからでは……? 私にとってのハインドさんは天使9、悪魔1くらいでしょうか? もっと悪魔比率を増やして、私に対して好き勝手に悪戯をしてくださっても――」
「せ、拙者的には仏8、鬼2くらいでござるかな!」
リィズの危険な発言を遮ってくれたのは助かるんだが、何だその和風アレンジは?
「人を変な比率で表現しないでほしいんだが? しかも、それで何となくニュアンスが伝わってくるのが嫌だ」
「私にとってのハインド君は、天使10……かな? だから、もうちょっと私に対しても素の態度で接してくれていいからね?」
「いやいや。乗らなくていいですから、セレーネさん……」
そういえば、セレーネさんに対して声を荒げたりしたことってほとんど記憶にないな。
自分としては、彼女に対しても自然体のつもりなのだが……。
単純にセレーネさんが穏やかだから、釣られてこちらの態度もそうなっているだけのような気がする。
そんな益体もない話をしながら進んで行くと、フィールドの境界線が近付き――
「あ゛ー、もう無理!」
「きっつー! 討伐どころじゃないって、これ! 水が足りねえ!」
「……何だか大変そうだな? ハインド」
「俺が今グダグダと説明せんでも、フィールドに入れば分かるはず。百聞は一見に如かずだ」
デゼールから戻ってきたと思われる数人のプレイヤーが、疲れ切った様子で俺たちとすれ違っていく。
それを横目に、俺たちもデゼールへと侵入すると……。
「――っ!?」
突如、熱風が顔に吹き付けられた。
火属性のマントを装備しているにも関わらず、身を焦がすような暑さがその場を支配していた。
ちゃんとマントが効果を発揮しているのかと、思わず装備を再確認してしまったほどだ。
「これは……半端な暑さではないな。想像以上だ」
「まるでサウナですね……」
「先輩、この中で戦うんですか? 本当にここがイベントの場所?」
「現にフィールドのあちこちで戦っている大勢のプレイヤーが見えるから……残念ながら、ここで間違いないと思う」
見える範囲のプレイヤーの密度、狩りの真剣さからして明らかに通常のフィールドのそれではない。
どう動くべきかを考えながら、俺は改めてグラドタークの背で一面の砂の海を見回した。