お盆とおはぎと団欒と
中学生のころから、この時期になると未祐は毎日家に遊びに来る。
といっても、今年は特に入り浸っているため余り差は感じないのだが。
こいつなりに、俺たちが寂しい思いをしないようにという配慮なのだろう。
そして、お盆の二日目。
初日に諸々必要なことは済ませたので、今日は家でゆったりと調理をしている。
冷ましたあんこを手に取り、丸めておいたもち米をあんで包んでいくと……。
「おはぎいただきっ!」
「あっ! こらっ!」
忍び寄ってきた未祐がおはぎを手に取ると、あっという間に口の中に入れてしまった。
どうせ後で食べる物なので、構わないといえば構わないのだが……。
「行儀が悪いぞ」
「んまいっ! 甘い!」
「あらあら、未祐ちゃんに先に食べられちゃったわねえ」
提灯が置かれた、普段はあまり使用していない和室で母さんが呟く。
理世は俺の隣でおはぎ作りを手伝ってくれている。
おはぎを作っているのも、和室に出した座卓の上だ。
「まあ、何故か二人ともえらく未祐のことを気に入っていたし……怒りゃしないと思うけど」
「そうね。未祐ちゃんがいてくれると、家の中が賑やかで楽しいわ」
「ごきゅ! ……お任せください、明乃さん! 私がいる限り、静かに休める日など一日たりとも存在しません!」
「その言い方だと、有難いんだか迷惑なんだか分からなくなるな」
「胸を張るのは大変結構なのですがね、賑やか担当さん。完成したおはぎを運んでくださると嬉しいのですが?」
「おお、できたのか! では、早速二人の下へとお届けだ!」
未祐が小さな仏壇の前におはぎを二組置き、それからみんなでお茶にすることにした。
墓参りは七瀬家のものを含めて既に済ませてあり、未祐の父である章文おじさんもお礼を言ってくれた。
あちらも忙しい合間を縫ってお花を供えてくれたので、お互い様である。
墓石も協力してピカピカに磨き上げ、帰りに外食をして帰ってくる……そんなお盆初日を昨日は四人で過ごした。
緑茶を淹れ終えると、完成したばかりのおはぎと交互に口に運んでいく。
少しの間、無言の時間が続いた後に声を発したのは、やはり未祐だった。
「そういえば、リコリスたちは実家や田舎に帰ったりといったことはしないと言っていたか?」
「みんな実家暮らしの上、祖父母の家も近いそうだ。だからそういうのはないって言っていたと思う。和紗さんくらいだな、実家に帰っているのは」
「何々、和紗ちゃん? ってことは、あんたたちがやっているゲームのお友達の話?」
「そうですよ。中学生の、仲の良い女の子三人組みです」
「へえ……」
「何だよ?」
理世の言葉を聞いて、母さんが意味ありげな視線を向けてくる。
「亘。あんた、もしかして年下の方が好みなの? ん?」
「そうなのか!? 亘!」
「どうしてそういう話になるんだ? 大体、何で母さんはすぐに俺の周りの女子をそういう対象にしたがる訳? 俺はそこまでモテねえよ」
「息子の恋愛事情が気にならない母親がいますか!」
「そうだそうだ!」
「いや、待て未祐。そう言うお前は誰目線なんだよ……?」
勢いで母さんの言葉に乗っかっているだけだろう?
ズズーッとお茶をすすって息を吐くと、二人に呆れた顔の理世が同じように緑茶をすすった。
「……それで、どうなのですか? 兄さん」
「何がだよ?」
「決まっているではありませんか。兄さんの好みが年下なのかどうか、ということですよ」
「お前もか、理世!? 勘弁してくれ」
先程の表情と言動が一致していないじゃないか。
言っていることが二人と丸っきり一緒である。
「大体、母さんとしては昔から疑問だったのよねえ。未祐ちゃんとも理世ちゃんとも、タイプが違うのに同じくらい仲が良いじゃない? いい機会だから、父親二人の前で白状しちゃいなさい! さあ!」
「父さんたちをダシに使うなよ! 母さんが訊きたいだけだろ!?」
「――未祐ちゃん、どうしましょう!? 息子が反抗期よ!」
「話してやれ、亘! 明乃さんが悲しそうではないか!」
未祐がそう訴えてくるが、母さんはどう見ても笑顔な上に未祐も笑いを堪えているのが見え見えだ。
ここは上手く切り返して……。
「それを言ったら、母さんが結婚した二人だってタイプが違うだろ! 盆なんだから、故人の思い出話をする方がよっぽど――」
「あらぁ、聞きたい? 聞きたいの? いいわよ!」
母さんがそれならそれで、といった顔で身を乗り出す。
この人の二人に対する愛は衰え知らずといった感じで、話し出すと非常に長い。
故にこうなることは分かり切っていたが、あのまま話が進むよりはずっといい。
しかし、そこで普段は仲の悪い未祐と理世が……。
「明乃さん。それは今晩お酌をしながら聞きますから、それまでとっておいてください」
「今日は父さんが高級な日本酒とするめいかを私に持たせてくれましたよ。さっき渡しただろう? 亘」
「理世ちゃんと未祐ちゃんのお酌で、するめをあてに日本酒!? 最強じゃないの!? 夜が楽しみね!」
「……」
絶妙なコンビネーションで俺の退路を塞ぎ、話題が元に戻ってしまった。
追い詰められた俺は、慣れない正座で若干痺れ気味な足を崩すと、ついつい助けを求めるように仏壇の方に視線をやるのだった。