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夏季休暇の昼下がりと雑談

 諸々の書面契約などを済ませ、働く準備が整ったのはそれから更に三十分後。

 ひとしきり俺の姿を写真に収めた未祐は、近くでマリーとチェスを……あ、また負けた。


「本当にこの服で働かないと駄目なのか? マリー」

「シズカ、説明して差し上げて」

「屋敷内に入ることのない……例えば庭師のような方でしたら、自由な服装で構いませんが。亘様にお願いするのは、屋敷内の清掃ですから」

「厨房の料理人さんたち以外はみんな使用人ですから、別の格好だと浮いちゃいますよ。師匠」

「浮いても構わんと思うのだがな……これが制服だと言われれば、仕方ないか……」


 だったら、なるべく丁寧に扱うとしよう。

 金額は聞いていないが、絶対に高いし……最初からこうさせるつもりだったのか、サイズもぴったりだ。


「さすがにエプロンくらいは着けても?」

「はい、こちらを」


 静さんからエプロンを受け取ると、ようやく清掃開始となり――。




「それで、その後はどうなったのでござるか?」

「休憩時間に他の使用人さんたちとの顔合わせなんかをしたんだが……」


 トビの疑問に、俺は途中で言葉を切ってユーミルに視線をやる。

 場所はTB内、いつものようにギルドホームの談話室――ではなく、止まり木のホームにある集会所。

 完成から更に手を加え、追加された囲炉裏の周りに座って話をしている。


「初めてこいつが屋敷を訪れた時に会った連中が、既にこいつを気に入っていてな? あっという間に受け入れられていたぞ。あと、全体的に濃い性格の人間が多かった印象だな」

「マ……ヘルシャのご両親にも挨拶したんだが……まあ、おっとりした母親と厳格な父親っていう、これまた絵に描いたような人たちだったぞ」

「確かに、どっかで聞いたような構図でござるなぁ。そして娘は父親に似て、当主の器的な?」

「まさにそうだな。一人っ子だし」


 あの家で如何にマリーが大事に大事に育てられているのかが分かった。

 それでいて、それほど自分勝手な性格に育っていないのは凄いことだと思う。


「しかし、余った時間で執事教育的なものを受けさせられたのは何でだ? 約束と違うっての、本当に……」

「余った? でっかい屋敷の掃除で、時間が? ユーミル殿、その屋敷って……」

「絶対にトビが想像しているものよりも、大きいと断言できるぞ!」

「ええと? では、どういうことでござる?」

「屋敷内の全てを掃除した訳じゃないんだよ。初日だから、掃除をしたのは一部だけだ」


 手始めに、試験を兼ねて使用頻度の低い一室の掃除を。

 続けて実際に使えるかどうか、屋敷の顔である玄関を、といった大体二ヶ所がその対象だった。

 当日の様子を思い出したのか、ユーミルが笑う。


「一人、先輩風を吹かせる使用人がいてな? 意気揚々と、ハインドが掃除を終えた部屋に入って――」

「もう結果の予想がつくでござるが。それで?」

「気まずそうな顔をして、無言で出てきたぞ。こいつを侮るからそうなる!」


 そういえば、そんなこともあったな。

 事前に屋敷の掃除の作法というか、やり方を静さんと司に訊いてシミュレートしておいたからなのだが。

 二人の話が丁寧だったためか、考えていた以上にスムーズに掃除が進んだ。


「それで時間が余ったのでござるか。何はともあれ、馴染めそうで良かったではござらんか」

「むしろ、ドリルが家に取り込む気満々に見えて私は少し不安だ。ハインドの新鮮な姿を見られたのは楽しかったが」

「取り込まれねえよ。バイトだぞ?」

「どうだろうな? お前は他人からの頼みごとに弱いからな! まあ、そこはリィズやセッちゃんと協力して……」

「ところで、そのお二人は今日はログインしないのでござる?」


 トビの言葉に、俺は改めて自分の周囲を確認する。

 リィズは夏期講習、セレーネさんは実家に帰省中で止まり木のメンバーも今日は少ない。

 今の時刻が昼間だという理由も大きいが。

 二人の近況をトビに伝えると、ユーミルが囲炉裏の灰を灰ならしで突つきながら補足を入れる。


「ハインドの執事服の写真を送ったら、すぐに感想を送ってきたぞ。だから二人とも、そこまで忙しくはないはずだ」

「リィズは夜なら大丈夫だし、セレーネさんも落ち着いたら実家からインできるって言っていたもんな。まあ、どちらかと言うと、昼間からゲーム内で駄弁っている俺たちの方がズレてる」

「いやあ、拙者的に今の状況は最高でござるよ! 何せ宿題が終わっているから、こうしてのんびりと――はふぅ」


 言葉の途中で、トビがごろりと横になる。

 こうして横になれるのは集会所ではこの一画だけで、他の場所は椅子に座れるようになっている。

 年寄りには椅子の方が楽、とのことだ。


「ふむ、確かに贅沢な時間の使い方ではあるな!」

「俺は本当は、細々とした作業をやっておこうと思ったんだけどな……お前らと話していたら、そんな気もなくなってきたよ」

「拙者も後で手伝うでござるから、もう少し付き合ってくだされぃ。ところで、そろそろイベント告知の時間だと思うのでござるが。お二人は次のイベント、どういうのだと予想しているでござるか?」

「そうだなぁ……あ、ありがとうございます。いただきます」


 止まり木のリンさんというプレイヤーから冷えたお茶を三人分もらい、益々雑談に向いた状況に。

 インベントリを探り、俺は常備してあるビスケットを取り出して広げた。


「順番的には戦闘系だろう? で、パーティ戦、ギルド戦と来たから……」

「闘技大会か!? ハインド、闘技大会だろう!?」

「お前は好きだね、闘技大会。でも、そろそろ形式が同じイベントが来てもおかしくはないか? ネットゲームって、そういうもんだよな?」

「同形式の前イベントを参考に、攻略を練るというのも醍醐味でござるしなぁ。拙者は魔王ちゃん関連のイベントだと、とても嬉しいのでござるが……」

「お前もいつも通りか……ブレていないようで何より。あり得るんじゃないか? どっちも、可能性としては」


 そんな話をグダグダとしながら、しばらく経った時のこと。

 俺たちはインしてきた止まり木の他のメンバーから、今夜ゲーム内でイベント告知があると聞かされた。

 それを契機にイベント予想の話を切り上げ、そこでようやく立ち上がって生産作業を行いに農業区へと向かう。


「生産作業が終わったら、経験値稼ぎでもやっておくか。時間あるんだろ? トビ」

「もちもち。まだ拙者たち、レベルカンストしていないでござるからな……戦闘系イベントに備えて、なるべくやっておくのが吉でござろう」

「できれば五人いると――おっ、リコリスがインしたな! あと一人はどうする? ハインド」

「パストラルさんが割と戦闘好きだから、訊いてみよう。止まり木の農業区にいるっぽいし」


 彼女は魔導士だから、入ってくれればPTバランスも良くなるだろう。

 後は夜のゲーム内告知に合わせてインすることに決めて、俺たちは行動を開始した。

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