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少女の緊張と品評会の開始

「ドリルたちから連絡はあったか?」

「ああ。二日分のチケット、確保してくれたってさ」

「これで明日と明後日は、サイネリアちゃんを観客席から応援できるね」


 帝都に着いてからのヘルシャたちがどこに行ったかと言うと、反対側にある観客の入場ゲートである。

 俺たちが今いる、関係者用のゲートの反対側だ。

 幸い自分とフレンド登録者の観戦チケットは同時購入可能ということで、ヘルシャ自らがチケット購入を買って出てくれた。

 闘技大会の時とは違い、出場者に与えられる招待枠がなかったので自前で用意する必要が生じた訳だ。

 そしてこちらは……


「うお……」


 競馬場の受付でサイネリアちゃんがウェントスを見せると、応対していた女性NPCの背後のおっさんが呻く。

 何でも、彼は帝国軍の馬を管理統括するお偉いさんだそうだが……。


「受付締め切り直前で、こんな大物が……それも二頭も、同日にかよ」


 二頭ということは、もう一頭は間違いなくアルテミスの白馬のことだろう。

 サイネリアちゃんもそれに気付いて僅かに眉を寄せたが、ひとまずそのまま受付を済ませる。


「……はい、問題ございません。品評会のレース開始まで馬はこちらでお預かりしますが、細心の注意を払って管理いたしますのでご安心ください。開始時間になりましたら、こちらをお持ちになってこの場にお戻りくださいませ」

「ありがとうございます」


 そして受付から渡されたのは、アルファベットが記載された参加登録証。

 みんなでサイネリアちゃんの手元を覗き込むと、運営から事前に知らされていた通りのものが表示されていた。


「ほう、これが……」

「能力ランクってやつか。これを元に戦略を組み立てたり、賭けの参考にしたりする訳だな」


 これにはウェントスの能力が書かれており、他のプレイヤーにも開示される。

 ただしそれほど具体的ではなく、SからGまでの大雑把な区分けだ。

 項目としては最高速、加速力、スタミナ、ジャンプ力、スタミナ回復力などなど……。

 ウェントスの場合は、B、Cが多く項目によってはAに達していたりという具合だ。


「もしグラドタークを登録できたとしたら、どうなるでござろうな?」

「オールSだと思うぞ? ステータスがカンスト気味だからな、あの二頭」

「強いです!?」


 リコリスちゃんが非常に今更な驚きの声を上げる。

 話ながらもぞろぞろと、やることを済ませた受付を後に。


「強いけど、今回は使用禁止だからな……何となく、今後のイベントもそうなんじゃないかって気がしているよ。普段使いはできるから、それでも全然いいけど」

「イベントによっては不公平ですもんねぇ。いくら報酬で勝ち取ったものだって言っても、納得しない層は確実にいますし」

「まあ、名馬を所有するプレイヤーが増えればいずれ解禁されるかもしれないけど。って、今はグラドタークのことよりも……」

「……」


 サイネリアちゃんが露骨に緊張した様子で口元に手を当てている。

 俺たちの話も聞こえていないようで、試しに立ち止まってみると気が付かずに一人で歩いて行ってしまう。


「ま、周りが全く見えていないな? さ、サイネリア?」

「これ、ひょっとしてまずい状態なんじゃ……?」


 ユーミルとそんな話をしていると、リコリスちゃんとシエスタちゃんが任せろとばかりに俺たちの左右から顔を出す。

 そしてリコリスちゃんがサイネリアちゃんの腕を持って万歳させると、シエスタちゃんが脇腹をむんずと掴んだ。


「――!? え、何!? 何!?」

「サイちゃん、硬い! 硬いよっ!」

「緊張を解すには笑いが一番ということで。ベタだけど……」

「ま、待って! 分かった、分かったから! 私が悪かったから、それはやめて!」


 よほど脇が弱いのか、シエスタちゃんがくすぐりを実行する前からサイネリアちゃんは既に涙目だった。

 二人とも、さすがに扱いを心得ている……。

 そんなやり取りを経て、サイネリアちゃんの目に冷静さが戻ってきたようだ。

 二人に左右からホールドされたまま、俺たちの前へと移動してくる。


「駄目ですよね、私……本番は明日だっていうのに、今からこんなんじゃ」

「――サイネリアさん」


 冷静さは取り戻したものの、俯き落ち込むサイネリアちゃん。

 そんな彼女に声をかけたのは、それまで沈黙を保っていたリィズだった。


「騎手の緊張は馬に伝わると、ヘルシャさんが仰っていたのを憶えておいでですか?」

「あっ……そ、そうですよね。どうしよう……このままじゃ、ウェントスにも迷惑が――」

「走るのは、あくまでもウェントスですよ? あなたではありません。あなたではないんです」

「――!!」


 ああ、なるほど。

 リィズがやろうとしているのは、サイネリアちゃんの視点を少しだけ変えてやることのようだ。

 彼女の緊張の源は、おそらく……。


「私は馬に関しては素人ですから、上手く言えませんが……騎手にも色々なタイプがあるはずです。馬の動きを支配し、導き、能力を引き出していく華やかな騎手。馬を尊重し、その馬が本来持つ走りをしっかりと後押ししていくような、穏やかな騎手。それこそ前者は、ヘルシャさんや弦月さんのようなタイプがそうなのでしょう」

「……」

「あなたは、どちらですか?」

「私は……」


 よく分からない、といった顔をしているのは主に前衛組。

 逆に後衛組は、サイネリアちゃんも含めて理解の色を示しながら――一斉に俺を見た。


「何で!?」

「あ、いや、何となく……ごめんね?」

「先輩ならいい感じの言葉で締められません? サイの気持ち、先輩ならよく分かるでしょ?」

「いい感じって……大したことは言えないと思うよ? あー、そうだな……」


 俺は一瞬だけ考え、途中まで話をしていたリィズに対して頷いた。

 リィズが言いたかったことを引き継ぐだけでいいのだから……。


「……無理に主役になろうとしなくて、いいんじゃないかな? 主役が騎手になることだって往々にしてあるだろうけど、俺たちみたいなタイプの場合――」

「あくまでも、ウェントスが主役ですか……?」

「そう。だから、サイネリアちゃんは……主役であるウェントスのサポートだ。戦闘で言うなら、いつもと同じ――弓術士と同じで、騎手は後列みたいなもんだよ。馬の背にいるんだから」


 そう考えた方が、きっとサイネリアちゃん自身の力も十分に発揮できるはず。

 一歩引いた位置で冷静に、周りをよく見てウェントスを助けていく。


「それと、今のサイネリアちゃんって考えようによっては凄くラッキーじゃないか?」

「ラッキー?」

「ラッキーだよ。だって、手塩にかけて育てた馬の活躍を、誰よりも一番近くで見られるんだぜ? これを幸運と言わずに何とするよ?」


 もはや騎手としても心構えとは違っちゃっているな……。

 でも、俺たちの場合は飼育員であり調教師であり乗り手な訳なので。

 そういう見方を馬の背に乗った状態でしても、別に構わないと思う。

 妙な理屈をこねてしまったが、サイネリアちゃんには響くものがあったのか……やがてリィズと俺に順番に礼を言ってきた。

 それにしても、サイネリアちゃんは悩んで決意して、また悩んで気合を入れ直してと生真面目で大変だな。

 態度からして、そんな自分を好ましく思っていないようだし。

 俺も時々思うのだが、いっそのこと自分がユーミルやリコリスちゃんのように真っ直ぐな性格なら――


「やめて、やめて先輩! サイがリコみたいになったら、私が心労でおかしくなる!?」

「相変わらずよくもまあ、目線の動きだけで人の心を読むね……何も、そんなに叫ばなくても」

「むう、結局今までのは何の話だったのだ? 緊張するのは分かるが、本番が始まってしまえばどうとでもなるだろう?」

「そうですよねえ? うーん、シーちゃんどういうこと?」


 タイミング良く俺とシエスタちゃんの会話に割って入る二人。

 それを目にしたシエスタちゃんは「何事もバランスが大事です。サイは――先輩も、そのままでいいと思います。っていうか、そのままでいてください! お願いします!」と懇願混じりに力説。

 シエスタちゃんの言葉に対して、やけに同意するように何度も頷いていたリィズが印象的だった。




 翌日、遂に始まった品評会を俺たちは観客席から見ていた。

 やはり品評会は少しマニアックだったのか、観客席の使用率は四、五割といったところ。

 更には、自分たちの関係者の出番だったり目当ての馬の出番が終わると去っていく観客も多い。

 馬を引く順番がサイネリアちゃんに近付くにつれ、メンバーの中で最も心配そうな顔をしているのはヘルシャだった。


「大丈夫かしら、あの子……本番に強そうには見えませんでしたけれど」

「……大丈夫そうだぞ。見ろよ」


 背筋を伸ばし、ウェントスを引いて長めのポニーテールを揺らしながら現れたサイネリアちゃんはとても静かだった。

 所作に落ち着きがあり、ウェントスもよく従っている。

 品評会で定められた指示を一つ一つこなしてがら、一人と一頭は見事に最後まで動きを乱さずに退場していった。

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