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帝都への出発と集う参加者たち

「今回は転移なしでござるかぁ」

「各々、自慢の馬で移動して来いってことなんじゃねえの? イベントがイベントだし」

「うむ。あの皇帝ならありそうな話だな」


 イベント前日。

 俺たちは止まり木のみんなが集まる前で、サーラからイベント開催地であるグラド帝国へと出発しようとしていた。

 肝心のサイネリアちゃんとウェントスの準備がまだ整っていない訳だが。

 イベントは初日が品評会とレース予選、二日目に本戦という日程で行われる。

 奇しくも、二日目のイベント終了日に現実での別荘滞在も終了という日取りとなった。

 農業区の出口で、俺たちはそわそわとサイネリアちゃんたちの到着を待っている。


「すみません、応援に行けなくて……」

「気にするな、パストラル! 生産が軌道に乗るまでは自分たちのことに集中してくれ!」

「うん、ユーミルさんの言う通りだよ。生産が楽しくなるのは、資金繰りが軌道に乗って素材を吟味ぎんみする余裕が出た辺りからだもの」

「鍛冶メインのセッちゃんが言うと、説得力がありますね」


 止まり木の生産はまだまだ始まったばかりで、ようやく回復アイテムの生産ペースが安定してきたところだ。

 もっとも、その売れ行きに関しては何ら心配要らない状況ではあるのだが。

 安い地価と呼び込みによってサーラにも生産プレイヤーがようやく増え始めたので、止まり木には需要が高い今の内に確固たる地位を築いてほしいところ。

 心底申し訳なさそうなパストラルさんの両肩に手を置いて、バウアーさんがにっと笑う。

 エルンテさんも一緒だ。


「パスティや。今回は無理でも次のイベントからお役に立てばよい。そうでしょう? みなさん」


 孫への励ましと俺たちへの確認を同時に行う、絶妙な言葉選びだ。

 それに対する答えは、当然決まっている。


「そうですね。戦闘系イベントだと特に、アイテム消費に気を遣わずに戦えたらと思うことが、これまでに何度もありました」

「私も、量産をみなさんに任せられればハインドさんと一緒に新薬の開発に打ち込めますから。今からとても期待しています」


 パストラルさんの表情が明るいものに転じ、拳を握って気合を入れたポーズに変わる。


「はい! 次は必ず、みなさんを立派にサポートしてみせますから!」


 彼女の言葉に、後ろに控えた止まり木のメンバーたちも手を上げたり声を上げたりして応える。

 いいなぁ、この空気……そもそも、コース設営を手伝ってくれただけでも今回は十二分にありがたいことなのだ。

 馬の飼料改善も手伝ってもらったし、できたての生産ギルドにこれ以上を望むのは酷だろう。


「――ハインド」

「おっ、ヘルシャ」

「ドリル! 出発の準備はできたのか?」

「サーラのダンジョンも必要なだけ回りましたし、ギルドメンバーへの通達も完了いたしましたわ。いつでもよろしくてよ?」


 ヘルシャたちにとってはグラドへの帰還ということになる。

 従者二人を含めた三人とも、グラドから連れてきた馬ではなく砂漠馬を連れている。


「師匠、昨日このお馬さんに試し乗りさせてもらったんですけど、凄く速いですね!」

「駿馬だとここまで違うものなのですね。驚きました。しかし、本当によろしいのですか? 三頭もいただいてしまって……」

「いいよいいよ、みんなで話し合って決めたことだから。な? ユーミル」

「うむ。砂漠馬は止まり木とお前たちに何頭か譲渡した上で、それでも我らの人数分よりも多いからな! 安心して連れて行くがいい! 色々と手伝ってくれた礼だ!」

「サイネリアちゃんが特に、ヘルシャにはなるべく良い馬に乗ってもらいたいって言っていたしな」

「ええ、わたくしもう顔が緩んで緩んで!」

「お気持ちは理解いたしますが……はしたないですよ、お嬢様」


 緩々(ゆるゆる)の笑顔を見せるヘルシャを、カームさんがたしなめる。

 ヘルシャの馬術に惚れ込んでいたからなぁ、サイネリアちゃん。

 いずれは名馬を――という約束をヘルシャとするくらいで、それもこの笑顔の一因なのだろう。

 ヘルシャが今回のイベントに参加しないことを残念がってもいたしな。


「ところで、そのサイネリアさんの姿が見えませんわね? リコリスさんと、シエスタさんも」

「そろそろ来ると思うんだけど――あっ!」


 セレーネさんが示した先、サイネリアちゃんが二人と共に現れる。

 大きく大きく成長した駿馬、ウェントスを引いて。


「……行きましょう、みなさん!」


 名馬にこそ届かなかったが、その威容は堂々たるものである。

 俺たちは止まり木の見送りを受けながら、グラド帝国へと出発した。




『グラド帝国』帝都にある巨大な競馬場。

 派手好きな皇帝らしい趣味が現れたその建物の中で、今回のイベントは行われるそうだ。

 帝都の街中の道は、普段では考えられないほど馬を引いた人々が多く、やや渋滞気味ですらある。

 そんな中で、俺たちは……


「めっちゃ見られているでござるな!?」

「主にウェントスが、だがな。ユーミル、頼むから大人しくしていてくれよな?」

「ハインドも人のことを言えないと思うが? トントンだろう、浴びせられている視線の量は!」

「比率こそ違えど、全員見られていると思うよ……私の自意識過剰でなければ……」

「人の視線に敏感なセッちゃんが言うと、説得力があるな! ギルド戦で全員放送に映ったばかりだからな! 仕方ない!」

「……どうして私のほうを見ながら言うんです、ユーミルさん? 出発前の私の台詞の流用ですか? そのドヤ顔を今すぐやめなさい、捻り潰しますよ」


 闘技大会直後に、グラドタークを乗っていたころを思い出すな。

 まずは馬に視線が行ってから、持ち主は誰だという視線に変化する。

 名馬のギリギリ手前であるウェントスは、周囲のプレイヤーの馬に比べてかなり大きい。

 乗ってきた他の馬は帝都入口の厩舎に預けているので、引いている馬はウェントスだけだ。


「先輩、仰る通り単純に“ウェントス(あの馬)大きいな”って見ている人も多いんですけど。何かこう、品定めするように見ている人たちも、それなりにいるような?」

「その大半は不参加の馬券購入予定者じゃないかな? 今の内から、勝ちそうな馬に目を付けておこうって魂胆の」

「ほほう……もう既に戦いは始まっているってことですね! ハインド先輩!」

「り、リコ、声が大きいよ。恥ずかしいなぁ、もう……」


 リコリスちゃんの声量はともかくとして、発言内容は正しいだろう。

 不参加のプレイヤー以外にも、既に登録を済ませた様子の何人かもこちらを注目しているようだから。


「むぅ……」

「何をきょろきょろしているんだ? 探し物か?」


 ユーミルが背伸びをしながら、日差しを遮るように手をかざしつつ周囲を見回す。

 セレーネさんが今以上に目立つことに対してハラハラしているので、程々にしてやってほしい。


「いや、何。こういう時に普通なら、ウェントスと同じくらい大きな馬がライバルとして登場をするのではないかと思ってな!」

「どこの常識だよ、それは……プレイ時間だって登録タイミングだって人によってバラバラなのに、そう都合よく――」

「あ、アルテミスだ! アルテミスが来た!」

「ギルマスの弦月が、噂通りの名馬を連れているぞ!?」

「はぁ!?」

「ほらほら! 私の言った通りだろう!?」


 俺は真偽を確かめるべく、慌てて周囲を見回す。

 結果から言うと、目当ての人物を捜し当てるのはさほど難しくなかった。

 何故なら、その目当ての人物――弦月さんは、ウェントスよりも若干大きな馬体の白馬を連れ、こちらを見ていたからだ。

 この状況でまともな挨拶は無理と悟ったのか、それとも今回は純粋にライバルとして振る舞うつもりなのか……。

 弦月さんは小さく笑みを漏らすと、アルテミスの他のメンバーを伴い、その場から去っていった。

 しかし、俺にはそんな弦月さん以上に目を離せなかったものがある。

 白馬とウェントスの二頭が、確かに互いを認識して視線をぶつけ合っていたあの光景。

 リコリスちゃんの言葉を借りるなら、戦いは既に始まっているようだった。

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