命名とコース作製
イベント詳細が発表された夜。
場所はTB内、農業区の厩舎内だ。
インして最初に行うことは、コース作りよりも……馬の命名である。
「ええと……月並みな名付けで申し訳ないのですが。ウェントスという名前に決めました」
「ウェントス……ラテン語で風の意ですわね。素敵な名前だと思いますわよ」
その言葉にサイネリアちゃんが照れる。
若干「ドイツ語を使ってくれてもいいのに」という表情がヘルシャの顔に浮かんではいるが。
他のメンバーも異存なしということで、早速サイネリアちゃんが仔馬……と呼べる大きさではなくなりつつある馬の名前を入力する。
「ちなみにサイはこの名前を考えるのに、今日丸一日を費やしました」
「ちょっ……どうして言うの!? どうして言っちゃうのよ、シー!?」
「サイってば、変な名前じゃないかな? おかしくないかなって、そればっかりで――」
「キャー!」
「さ、サイちゃん落ち着いて!? ユーミル先輩、手を貸してください!」
「うむ、任せろ!」
赤面しつつ悲鳴を上げつつ、シエスタちゃんに襲いかかるサイネリアちゃん。
リコリスちゃんがユーミルと共に止めに入り……。
肩を激しく上下させながら、サイネリアちゃんが頭を下げる。
「……お騒がせして申し訳ありませんでした」
そんなに熱心に考えてくれたのか。
変更が利かないものだし、気持ちは分かる。
名付けが負担になってしまったようで、何だか申し訳ないな。
ただ、それを口にしたらサイネリアちゃんが余計に気を遣ってしまうだろうから……。
「良い名前だね、ウェントス」
「格好いいでござるよ! 風のように走る――そんな馬に育ったらいいでござるな!」
「あっ、ありがとうございます!」
「そしたら、早速行動を開始しよう。コース作りと育成に分かれる必要があるんで、振り分けは――」
多少強引でも話を先に進めることにする。
メンバーはコース設営組が生産経験者だったり力のある……要は男性陣とセレーネさんがこちらに。
それから障害物の形や大きさを正確に記憶している、リィズもこちらだ。
残りは育成組へ。
「と、こんな感じで。本格的なコース設営まで漕ぎつけたら、全員でやる必要があるかもしれないけど」
「まさか練習用のコースまで作っていただけるなんて……」
「半分趣味というか、楽しみながら作るから気にしないで。ね、ハインド君」
「セレーネさんの言う通りだ。正直、計画を練っているだけで楽しい。だからサイネリアちゃんは馬の育成と自分のことだけを考えてくれ」
「はいっ!」
そして育成組は『ウェントス』の下へ、コース設営組は一度ギルドホームへ向かおうと――
「お待ちなさい、ハインド」
「何だ? マリー」
向かおうとしたところで、ヘルシャが呼び止める。
そのままカームさんの背を押しながらこんなことを言った。
「カームは能力把握だったり人員配置が得意分野ですの。こう見えてもメイド長候補でしてよ?」
「こう見えてもっていうか、その風格というか雰囲気は最初から感じているが……それで?」
「手先もそれなりに器用ですし、その人員配置の能力を活かすためにも設営組の方が良いでしょう。連れてお行きなさいな」
「お行きなさいなって……カームさんはそれで構わないのですか?」
「お嬢様の命とあらば。それから、ハインド様方がご迷惑でなければ」
カームさんの言葉に、俺たちは互いを見合ってから軽く頷いた。
だったら別に断る理由はないな。
ヘルシャの推薦によりカームさんを加え、今度こそ俺たちはギルドホームへと移動を始めた。
「しかし、本当にいいんですか? カームさん、動物と触れ合う方が好みなんじゃ……」
「確かにそうですが、こちらにはノクスがおりますし。グレンも一緒ですから」
「あちらはウェントスとマーネで一羽と一頭、こちらは一匹と一羽でござるから数の上では互角!」
「何と戦っているのですか、それは?」
リィズが疑問を投げかけたところで、障害物とコースの図面引きが終わる。
コースは俺が、障害物はセレーネさんが担当した。
ワルターが俺の隣からそれを覗き込む。
「結構起伏に富んでいますよね、このコース。飛越競技とは違うんですよね?」
「飛越競技ってーと……減点方式のあれか?」
「はい。バーを落下させたり立ち止まったりすると減点される、あの競技です」
「詳しいな、ワルター。これはシンプルな障害競争だから普通に先着順で勝ち」
障害の種類も傾斜に始まり飛越競技と同じバーだったり、植え込みを飛び越えるものだったりと色々だ。
走路も途中で芝からダートに変わったりと、気候も土壌もころころ変わるTB世界に合わせたような過酷さである。
「芝の部分はどうしましょうか? ハインドさん」
「促成栽培できる芝っぽい植物があるからそれで。下に土魔法の土を敷けば問題なく育つだろう」
ダート部分は砂地はそのまま、土の部分は再び土魔法の巻物の出番ということで。
岩場も土魔法でどうにかなるし、浅い水場は水魔法で。
「止まり木のみんなの協力は得られたのでござったな?」
「ああ、やってくれるって。交換条件として、貸している土地を俺たちから正式に購入する際に値引きすること――に俺がしておいた」
「遠慮するパストラルちゃんの顔が目に浮かぶよ……」
全くもってセレーネさんの言う通りだったので、半ば押し付けるようにそう決めることになった。
パストラルさん、あんなにパンクな見た目をしているのにな……こちらとしてはもっと欲張ってくれて構わない。
止まり木は借りている土地を今後もそのまま使ってくれるということなので、悪い話ではないだろう。
ユーミルの許可は事前に得ておいたが、あの土地は元々俺がティオ殿下に賭けて得たお金――ティオマネーで買ったものなので多少安くなろうと問題なし。
……そういえば、パストラルさんは水・土型の魔導士だったな。
他にも同職の人がいれば、その人たちのレベル次第では巻物が必要なくなるかもしれない。
「止まり木のメンバーが揃うまで少し時間があるから、それまでに障害物を完成させてしまおう。そこから先はカームさんに、適切な人員配置をしてもらいながらコース作り……という流れで。いいか?」
「異議なし、でござるよ!」
答えたトビ以外のメンバーも、特に異論はないようだった。
時間もないので、早速セレーネさんを中心に障害物作りに取りかかることとなった。