孵る二羽の雛鳥
「よし、では早速……早速………………」
「……ユーミル?」
ユーミルが言葉の途中で固まる。
一体どうしたのだろうかと、俺たちが見ていると……。
「ハインド、共同保有ってどうやるのだ?」
「またあなたは。勢いだけで喋るその癖、どうにかならないのですか?」
リィズとの毎度のやり取りに力が抜ける。
とはいえ、共同保有のやり方はそれほど難しくない。
「はぁ……まずは、大元になる卵側を受け入れ状態にする。俺たちの場合はギルマスのユーミルの卵でいいだろう」
「そ、そうか。卵のメニュー画面を呼び出して……」
ユーミルが操作を行うと、卵が中心の光を残して透明に近くなる。
続けて俺が自分の卵を取り出し……。
「で、今度は共同保有者となる俺たちの卵にも同じような操作をして……二つをくっつける!」
ほとんど光の玉と化した卵をユーミルのものに近付けると、するりと抵抗なく一つになる。
合体した卵は輝きを増して、元の形を取り戻した。
「おお、簡単! これだけか?」
「これだけ。共同保有者の人数によってこの光が強くなるそうだ」
「ということは、この中では私たちの卵が一番光り輝くことになるな!」
「そうだけど、最終的に100人近い人数で共同保有するヘルシャたちには全く敵わないよな……?」
「束の間の栄光ですわね……」
「うるさいぞ、そこの二人! ともかく、他の卵も合体だ!」
「では私から……はい、完了です。次はセッちゃん、どうぞ」
「うん」
そのまま全員の卵を重ねていき、ユーミルの言う通りヒナ鳥・シリウスのものよりも僅かに光が強い卵が完成。
意気揚々とユーミルがフクロウに決定し、卵の光が収まる。
後に残されたのは、鳥のものとしてはやや大きな卵だけだ。
「これで完成でござるか。後は孵るのを待つだけにござるな」
「わたくしたちシリウスは全員の卵を合わせるまでお預けですわ……残念」
「……そういえばハインド、孵化は? 何かしなくてもいいのか?」
「説明によると、神獣の種族決定後すぐに孵化が始まるとなっているが……」
「せっ、先輩方! こっちはもう出てきそうですよ!」
「!!」
リコリスちゃんの声に、全員でヒナ鳥たちの方に集まる。
見ると卵には無数のひびが入り、今にも何か出てきそうな……。
「――あっ、そういえば刷り込みってあるのかな?」
セレーネさんの言葉にハッとする俺たち。
普通のゲーム的に考えれば、大元にした卵の持ち主……サイネリアちゃんが親になると思われるが。
経験上ここのAIの場合、本物と同じ挙動を取る可能性が極めて高い。
もし刷り込みがあったら、このままの状態だと不味いことになる気がする。
「ね、念のためわたくしたちは離れていましょうか?」
「そうですね、お嬢様。カームさんも行きましょう」
「孵化の瞬間はとても興味深いのですか……致し方ありませんね」
「あ、じゃあ俺たちも離れるか。ええと、生まれて目を開けてから少し経ったら、もう一度呼んでくれるかな?」
「わ、分かりました!」
しばらく離れて待っていると、息を呑むような気配の後にこんな声が聞こえてきた。
同時に弱々しい鳥の鳴き声も。
「わぁ、何て言ったらいいのかな……」
「う、うん……ちゃんとしたリアルな雛だね? これは」
「ぶっさいなぁ……あ、先輩方、生まれましたよ。もう目も開いてますんで、どうぞこちらへ」
シエスタちゃんの言葉に、ヒナ鳥たちの傍に再度集まると……。
カナリアの雛がトテトテとシエスタちゃんに向かってテーブルの上を歩いているところだった。
「しかし、よりにもよって一番世話をしてくれなさそうな私を選ぶかぁ……見る目がないなぁ、お前。そんなんで生きていけるの? 大丈夫?」
そんなことを言いつつも、清潔な布で雛を優しく包むシエスタちゃん。
布はサイネリアちゃんが用意したんだろうな……そして、彼女たちの言葉通り生まれたての雛は産毛がある程度である。
俺たちは室温と湿度を魔法道具を使って最適にしていく。
「暑いな……まあ、雛のためには仕方ないが! 湿度は?」
「50パーくらい。あ、シエスタちゃん。火鉢なりカイロなりで手を温めながら雛鳥に触ってあげてよ。親鳥の体温って、大体40度弱なんだ」
「ういっす、了解ですー」
後は巣を作って……と、色々と用意を済ませてからようやくみんなで一息つく。
一旦椅子に座り直し、ヒナ鳥たちがあれこれと世話をするカナリアの姿を観察。
「おおう……こう落ち着いたところで改めて見ると、確かにあまり可愛くないでござるな……」
「まぁな。少し経てば、毛が生え揃ってきて一気に可愛らしくなるぞ。カナリアがこうならフクロウもこんな感じだろうから、今の内に心の準備をしておくといいかもな」
「誠でござるか……」
「むー、シーちゃんに行っちゃって少し寂しい気が……ハインド先輩、マーネは私たちの言うこともちゃんと聞いてくれますよね!? ね!?」
「そりゃあ、共同保有なら大丈夫だと思うけど……というか、もう名前付けたんだね」
マーネ……ラテン語で朝という意味だったか?
ヒナ鳥たちのペットの名前としては、明るい感じがして良いのではないだろうか。
これもサイネリアちゃんが名付け親な気がするけど……。
そんなことを考えていたら、当のサイネリアちゃんが声をかけてくる。
「あの、ハインド先輩。カナリアの餌というのはどうしたら……?」
「カナリアは野菜が好きなんだ。特に小松菜とかレタスとか……それと雛には特にたんぱく質も必要か。ちょっと待ってね。この場ですぐに配合できると思うから」
「はい、お願いします」
「おい、ハインド! フクロウはいいのか!? こっちも小さなひびが入り始めたぞ!」
「出てくるまでには間に合わせるよ!」
そうユーミルに返し、俺は談話室内のアイテムボックスを開いた。
少し前に、ギルドホーム内のアイテムボックスは内部が共有されるようになった。
どこにいても、大容量のボックスから食材を取り出せるので……よし、こんなところだろう。
空いているテーブルで材料を細かく砕いてすり潰し、消化に良いトロッとした状態にしてサイネリアちゃんに渡す。
「これを細い匙で掬ってあげるといいよ」
「ありがとうございます!」
「ハインドォォォ! 割れるぅぅぅ! 生まれるぅぅぅ!」
「分かった、分かったから! そんなに叫ぶな!」
ユーミルの声に慌てて戻ると、今まさに卵を破って雛が顔を出すところだった。
刷り込みのことを考えてヘルシャたちとヒナ鳥たちは退避済みである。
くちばしが飛び出し、徐々にその姿が……。
「が、頑張れ! もう少しだ!」
「そこまで殻は硬くなさそうだけど……あ、出てきたよ!」
そんな言葉をかけながら見守っていると……。
濡れた体を震わせながら、殻から出てきたフクロウの雛がまぶたを開く。
――ぴぃ、と小さく鳴いた雛と目が合った。
フクロウの雛はカナリアと同じように、ヨタヨタと俺の方に向かって歩き……。
「お、おお……」
ついついそんな声を漏らしながら、清潔な布で体を優しく拭ってやる。
すると弱々しくもう一度、俺の手の中でぴぃと鳴いた。
「だぁーっ、ハインドかぁ!」
「賢い、賢いですね初手から。ユーミルさんとは大違い」
「貴様!? いい加減にしろよリィズ!」
刷り込みによる親役に選ばれなかったことにユーミルが嘆く。
しかし、こちらとしてはそれどころではない。
「ハインド君、巣は私が。わらとか葉っぱで作ればいいんだよね?」
「はい、お願いします。トビ、室温は大丈夫か?」
「あ、そういえばそろそろ夜時間でござるか。気温に合わせて、少し温かめにしておくでござるよ」
「頼む」
自分の手を温めながら雛鳥の体温が落ちないようにしつつ、こちらもカナリアに続いて餌を用意する。
そちらはユーミルとリィズが手伝ってくれた。
「大体、貴様だって選ばれなかったのだからその偏屈な性格を見抜かれているのではないか!?」
「何を言っているのですか? 私だってもしこの子の立場だったら、私ではなくハインドさんを選びますよ」
「!? さっぱり意味が分からん!?」
確かに……それだとリィズが分裂しているじゃないか。
一応二人は妙な言い争いをしながらも手は動かしてくれている。
そんなことをしていると、渡り鳥以外のメンバーがこちらの動きに気が付いた。
「おっ、生まれたんですか? ……なるほど。先輩を選ぶとは、マーネと違って優秀ですねー」
「シーちゃん、私も! 私もマーネを手に乗せてみたい!」
「はいよー。そっとね」
「つ、次は私も……」
「いいけど、程々にして巣で休ませてやった方がよくない? 給餌も頻繁にやる必要があるって先輩が言ってたし」
こちらの孵化が終わったのを見て、まずはヒナ鳥たちが。
「あら、無事に生まれたんですのね。わたくしたちも、早く卵を孵化させたいところですけれど」
「みんな暇だって言っていましたから、卵の融合のためにサーラに来てもらうこともできそうですよ」
「お望みでしたら、私が皆に通達しておきますが」
「そうね……」
続けてヘルシャたちが戻ってくる。
その後はバタバタと雛鳥の世話に追われ、夜は慌ただしく過ぎていった。
フクロウの雛の名前はマーネの対になるようにということで、夜を意味する「ノクス」となった。
初期アビリティは物理攻撃力・魔力上昇(微)、及びMP回復量上昇(微)である。