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静かな午後に

 豪華な昼食を食べ終わった昼下がり、俺は秀平・司と共に部屋で荷物を広げていた。


「美味しかったな、昼のフレンチ」

「わっち、味付けについて色々訊き過ぎでしょ。コックさんをあんなにバッチリつかまえちゃってさ」

「嬉しそうでしたけどね、秋川さん。お嬢様もですが」


 俺たちが料理を褒めながら勢い良く食べるのを見て、司の言葉通りマリーは終始上機嫌だった。

 和紗さんがマナーを気にするあまりガチガチに緊張していたが、マリーはマナーに寛容な上に箸まで用意してくれた。

 分かってはいたが、やはり気の良いやつである。

 TBの話の続きをしながらの、楽しく賑やかな昼食となった。


「秋川さんっていうのか、あの人。夕食の仕込みとか、見学してえなぁ」

「未祐っちと理世ちゃんが怒るよ。って、わっち珍しく眠そうだね?」

「し、師匠? どうしてハンドタオルをハンガーに……?」

「お? あー……間違えた」


 使っていいと言われ、上着とシャツを部屋に備え付けのハンガーにかけていたはずだったのだが……。

 ついでに満腹のせいか、欠伸あくびまで出てしまった。

 こりゃいかん。


「わっち、少し眠ったら? 食休みには十分な時間が空いたし、今なら大丈夫じゃない?」

「そうですよ、師匠。滞在期間はまだまだありますし、今日はゆっくりなさって大丈夫ですよ」

「あ、ああ。じゃあ、お言葉に甘えて……」


 俺はフラフラしながらも、どうにか歯磨きを行って腹巻をシャツの中に装着してからベッドの上に倒れ込んだ。

 上下の服も清潔なものに着替えてある。

 ベッドの順番は前回TBにインした位置のままということになった。

 三つ並んだものの内、中央が自分の割り当てである。


「わっち、やっぱり寝る時には腹巻を着けるんだね……」

「え? 以前からそうなのですか?」

「うん。中学の時の修学旅行でも着けてて、みんなに笑われてた。何故だか、妙に似合ってるし」

「そ、そうですね。色も青ですし、お腹に着けるサポーターみたいな……それほど野暮ったくは――」


 二人の声が徐々に遠くなる。

 寝心地最高のベッドの中で、俺はあっさりと意識を手放した。




 目を覚ますと、部屋の中は薄暗かった。

 一瞬夜まで寝てしまったのかと思ったが、どうやらそうではなく……。

 室内のカーテンが全て閉められ、弱く冷房がつけられている。

 歯を磨き直してから戻ると、ベッドの傍に水差しとコップが置かれていた。

 司、気が利くな……冷房もカーテンもおそらく司がやってくれたのだろう。

 秀平はこういうところに気が回らないやつだし、おそらく間違いない。

 ありがたくコップに水を注ぐと、渇いていた体に水分をぐいぐいと流し込む。


「ぷはっ。水まで上物なのか……美味いな。どこのミネラルウォーターなんだろう……?」


 これも後で秋川さんに訊いてみるとしようか。

 着替えて廊下に出ると、別荘内はとても静かだった。

 どこかの部屋に集まっているのか、それとも……。

 まずは玄関に向かってみると、並んでいた自転車がごっそりとなくなっていた。

 残っているのはママチャリが二台……どうやら、みんなでどこかに出かけてしまったようだ。

 寝ていたせいとはいえ、取り残された感じが何とも寂しい。


「……亘様?」


 かけられた声に振り返ると、箒を手にした静さんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。




「では、女性陣は話に出ていたレンタルサイクルに?」

「はい。秀平様と司は、釣り竿を持って湖に向かわれました」


 そのまま玄関先で、静さんはみんなの行き先を教えてくれた。

 そういえば、自転車は残り二台ある訳だが……。

 一台は俺に用意してくれたものとして、もう一台は静さんの分だよな?


「静さんも司と同じ処遇でしたよね? 仕事は程々にして、休んで良いとかっていう。どこかにお出かけにならないんですか? みんなには――」

「誘っていただきましたが、私は自転車に乗れませんので。お嬢様は毎回、練習して乗れるようになれと私の分もご用意くださるのですが……どうにも」

「だから残って庭のお掃除ですか……」


 ちらりと自転車に目を向け、また別荘に着いた時のあの表情をする静さん。

 静さんが自転車に乗れないことは分かったが、何かそれ以外に含むところでもあるのだろうか?

 うーん……。


「それにしても、このママチャリ……俺が昔乗っていたものにデザインが似ています。まあ、俺が使っていたものよりも、ずっとこの自転車の方が高級なのでしょうが。サイズも大きいですし」

「今はお乗りにならない?」


 幸い買い物に行く際は歩いて行ける距離ばかりな上、通学も徒歩で問題ない程度である。

 最後に乗ったのは……。


「小学三年か四年のころに、小さいころから乗っていたものが壊れてしまってそれっきりですね。父さんが買ってくれたもので、大事に扱ってはいたのですが」

「あ……」


 家庭環境については、旅行に際して親の許可を――ということになった時に軽く触れてある。

 とはいえ、俺の今の言葉の後半部分は言う必要がなかったはずだが……何故だろう?

 静さんには、話しておいた方が良いような気がしたのだ。

 すぐに大きくなる! とか言って、父さんは園児が乗るには少し大きくてしっかりしたものを買ってくれた。

 結局、体型に合ってきたのは小学校に上がってからで……。

 そんな自転車だが、確か壊れた自転車をいつまでも残しておいたら母さんにさとされたんだよな。

 物や思い出を大事にするのは素晴らしいことだが、役目を終えたものはきちんと眠らせてやるべきだと。

 そんなことまで目の前のメイドさんに打ち明けながら、話を続けていく。


「ただ、俺はそれが納得できなくて……今ではその自転車のタイヤ、俺のベルトになってます」

「タイヤがベルトに……リサイクル、ですか?」

「ええ。母さんも、それならOK! と親指立てて笑ってくれましたよ。他にも、チェーンをアクセサリにしてみたり、チューブは小さなケースにしたりで。とにかくばらして洗って磨いて加工して、使えるところは全て使いました。その時期は手を真っ黒にしていたので、未祐が俺を見て、亘が闇の力に染まった!? とか何とか、訳の分からないことを――」

「ふふっ……」


 あ、笑った。

 静さんが笑ったところを見たのは、これが初めてかもしれない。

 自転車を挟んで会話を続けていると、不意に少しだけ強い風が木々の間から吹き抜けていった。

 ああ、そうか。折角だから、森の中を散歩でもしながら話せたら……。

 会話が途切れたところで、俺は駄目元で誘ってみることにした。


「――静さん。もしよろしければ、少し俺の散歩に付き合っていただけませんか?」

「……散歩、ですか?」

「別荘の中にいると、厨房を覗いたり余計なことをしてしまいそうで……みんなに最低でも二、三日は休めと言われていまして。どうでしょう? 周辺の案内をしていただけるととても助かるのですが」

「……」


 静さんは読めない表情で俺の目をじっと見返してくる。

 その微妙な反応からして、断られるかと思いきや……。


「分かりました。散歩に適した衣服に着替えてきますので、少々お待ちください」


 意外にも、散歩に行こうという提案が受け入れられる。

 俺は待っている間、敷地内の舗装された場所を久しぶりに自転車に乗って待つことにした。

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