神獣と品評会&競馬
「あら、これは……」
「師匠たちの人数を考えたら、凄いホームだと思いますよ。お嬢様」
「50人規模のギルドでも問題なく使えそうな大きさですね」
三人が俺たちのギルドホームを眺めて感想を述べる。
シリウスのホームと比べられるレベルではないが、腐っても元貴族屋敷だ。
住宅区に到着した俺たちは、全員で渡り鳥のギルドホームへと戻っていた。
「……お邪魔してもよろしくて?」
「うむ! どうぞ!」
渡り鳥のギルドホーム内部は、ここを使い始めた当初とは大分違っている。
トビがあちこちに作った仕かけに始まり、生産中に出来た変わり種の植物が飾られていたり……。
廊下などはまだ雰囲気に合わせた物を飾ってあるので綺麗だが、談話室に入るとそれは一変する。
「ふ、ふふっ、あはははは!」
「な、何だドリル!? 急に笑い出して! 失礼ではないか!」
「ご、ごめんなさい……でも、別に嘲笑している訳ではありませんわよ? だって、この羊……あははははっ!」
「むう……そんなにおかしいか?」
ヘルシャが見て笑っているのは、ユーミルが俺と一緒に作ってみたウール製の羊のぬいぐるみである。
微妙に顔のパーツがずれて、福笑いのような状態になっているものだ。
「あれって、ハインド殿が気に入って飾っているのでござるよな?」
「うん。だって妙に味があって面白いじゃないか。現にヘルシャもこの通りだし」
「作った本人はこんな時、どんな顔をすればいいのだ……?」
ツボに入ったのか、ヘルシャはぬいぐるみを見て笑い転げている。
談話室には他にも使い古した武器や防具が置かれていたり、変わった形の素材だったり植物が飾ってあったりと中々に賑やかだ。
各員が思い思いの物を飾り付けているので、統一性などは皆無だが……。
「とても楽し気な雰囲気ですね……ボク、この談話室好きです、師匠」
「おお、ありがとうよ。そう言ってもらえると嬉しいな」
「整然としたシリウスのギルドホームとは対局ですわね。わたくしも、決して嫌いではありませんわ」
概ね好評なようで何より。
一見興味がなさそうだったカームさんも、俺が端材のパッチワークで作った熊のぬいぐるみをじっと見つめている。
もしかして、そういうものが好きなのだろうか?
一通りホーム内を案内した後で、談話室に戻ってきて席に座っていく。
正午まではまだ少し時間があるので、イベント概要の確認くらいは可能だろう。
「昼食前だけど、少しだけお菓子でも摘まむか?」
「食べる食べる! 食べたいぞ、ハインド!」
「お前が答えるのかよ……まあ、いいけど」
客人であるヘルシャたちに訊いたつもりだったのだが。
ユーミルたちにも出したことがないものなので、反応を知りたかったということもある。
「紅茶と……ナツメヤシのチョコレート。影響が出ないのは知ってるけど、昼食前だから量は少なめにした」
「まあ、素敵! いただきましょう、ワルター、カーム」
ヘルシャが間食のメニューに飛びついた。
やっぱり食べたことがあるんだな、現実で。
一方、ナツメヤシと聞いて真っ先に頭に疑問符を浮かべたのはリコリスちゃんである。
「ナツメヤシってどういうのでしたっけ? ハインド先輩」
「リコ、あれだよー。デーツっていう、ええと……売ってるのは大体、干し柿みたいな見た目になってるやつ。見たことない?」
「???」
「駄目だこりゃ……先輩、ナツメヤシの実物ってないんですか?」
「あるよ。まさにその干したやつだけど」
シエスタちゃんも知っていたか。
俺はインベントリから『乾燥ナツメヤシ』を取り出して見せた。
このままでも食べられるので、初見だったり興味があるというメンバーにそれを配っていく。
「――あっ! 甘いです! へー!」
「うむ、このままでもおやつになりそうな味だ!」
「ねっとり系で、やみつきになりそうな味でござるな……甘ーい」
「そう、結構甘いんだよな。だから砂糖不使用のチョコに混ぜ込んで、ナッツをまぶしてみた。ヘルシャ、味はどうだった?」
「相変わらず良い腕をしていますわね、ハインド。もう一ついただきたいくらいですわ」
「そっか、良かった」
そんなナツメヤシのチョコレートを食べながら、先程告知された新システムについての話に進む。
今は全員インベントリにしまっているが、神々から渡されたあの卵についてだ。
「ざっくり言うとペットシステムだよな? これって」
俺がイベントページから視線を他のメンバーへと向けると、ゲーム慣れした数人が首肯してくれる。
育てていくとプレイヤーの能力値にボーナスが付いたり、色々と付加効果を得られるそうだ。
ただ、一点だけ変わっているところがあるそうで……。
「この共同保有っていうのは珍しいかもね。普通は一人一体ってパターンが多いから」
「ギルド単位やフレンド同士での共同保有……解除した場合は、それまでにペット――神獣を育成した際の貢献分と新たな卵を得ることが可能と。なるほど……」
共同保有に関しては、複数人で育てればそれだけ成長が早くなるというメリットがあるようだ。
例えば十人で一匹の神獣を育成していて、その中の一人が共同保有を止めたいとなった場合は……。
その止めたいプレイヤーがそれまでにその神獣に注いだ分の経験値を持って、独立した新たな個体を育てることが可能になるという仕組みのようだ。
残り九人となった共同保有のペットは一人が止めてもそれまで通りの成長度を保つので、共同保有にデメリットは存在しない。
得られるボーナスは共同保有でも個人保有でも神獣の成長度によって一定なので、ギルドを組んでいるなら共同保有の方が何かと得だろう。
「――と、いうことは基本的に共同保有で良いのだな?」
「そうだな。ただ、神獣の種類は選べるみたいだから、見た目が気に入らないとか趣味が合わないとかで別々にするのは全然ありじゃねえかな」
「お試しで神獣を出せるみたいでござるから、色々見てから決めるが吉、でござるよ」
「だな。とりあえず今は時間がないから、後回しになるが」
リストを見ると目眩がするくらいの種類があったので、ひとまず保留だ。
「ワルター、カーム。後でペットシステムについて相談があると、ギルドメンバーに伝えておいて頂戴」
「はい、お嬢様」
「畏まりました」
シリウスも早速動き出すようだ。
とりあえず大雑把に新システムを把握したところで、次はイベントの競馬か。
「馬の品評会とレースの同時開催か。競馬にありがちな賭け事もある……って、ここの運営は賭け事大好きだな!」
「競技者として脱落した人も楽しむためのシステムでしょうから、仕方ない面もあると思いますが」
「まあ、そうなんだけどさ……グラドタークは出場不可か、これも仕方ないな。ところでサイネリアちゃんは、どういう形で参加する気なのか訊いてもいいかな?」
リィズの言葉に答えた後、俺はサイネリアちゃんへと質問を投げかけてみた。
サイネリアちゃんは少し考えた後……。
「品評会もレースも、どちらにも同じ子で出られるようですから。一番育ちが良い子を一頭選んで……あの、騎手はどうしましょうか?」
「え、サイちゃんがそのまま出るんじゃないの?」
「私もサイがそのまま出るものだと思っていたんだけど……違うの?」
「ええっ!?」
サイネリアちゃんが慌てた様子で俺たちの顔色を窺う。
こちらとしても、最初からそのつもりだったんだけど……頷きを返すと、サイネリアちゃんはおずおずと手を上げて宣言した。
「で、では頑張らせていただきます……本当に私でいいのですか?」
「もちろん。しっかりサポートさせてもらうよ。な、ユーミル」
「ああ! 今回はサイネリア――と、育てた馬が主役だ! 存分にやるといい!」
そんな訳で競馬の騎手はサイネリアちゃんに決まり、俺たちは話の続きを夜にすることにして一旦ログアウトした。




