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車中の遊戯とお嬢様の負けん気

「遅いですわよ! あら、ツカサ……」

「も、申し訳ございませんお嬢様!」


 車のドアを開けるなり、マリーがぷりぷりと怒った様子を見せる。

 が、即座に怒りを解いて司の服装を改めて確認すると……


「へえ……似合っているわよ、ツカサ。本気で変わりたいと願うなら、そういう小さなことから積み重ねていかないといけませんものね」

「あ……ありがとうございます! 師匠たちのおかげです!」

「ドリル、お前……」

「な、何ですの?」

「そういうまともな台詞も言えたのだな! 見直した!」

「ド失礼ですわねあなたは!? 人を何だと思っていますの!?」


 騒ぐ二人をよそに、車を降りて出迎えてくれた静さんが「お荷物をお預かりします」と俺たちに声をかけてくれる。

 そのまま運転手さんと二人で荷物を荷台に積んでくれた。

 そういや、今日は護衛の黒スーツさんたちは……あ、いた。

 どうやらもう一台の車で後ろから追いかけて来る手筈のようだ。


「さ、早くお乗りなさいな。次はシュウヘイとカズサを迎えに行きますわよ」

「ああ、すまん。今日は誘ってくれてありがとうな、マリー」

「いいえ、こちらこそ。折角の機会ですもの。人数が多い方が楽しいですわ」

「では、失礼して……理世、大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます、兄さん」


 理世に手を貸しながら乗り込むと、程なくして車は動き出した。

 続けて少しの距離を移動して秀平しゅうへいを回収。


「母ちゃんが、でっかい車が家の前に! とか言ってめっちゃビビってたんだけど……」

「お前、マリーのことはちゃんと伝えたんじゃなかったのか?」

「言ったんだけど、どうも信じてもらえていなかったみたい」

「あー……」


 ネットゲームで知り合ったお金持ちの外国人のお嬢様と一緒に、みんなで旅行に行く……うん、確かに現実感の薄い話だ。

 そういうこともあるわよね! で済ませてしまうウチの母さんの方がおかしい。

 最後に駅前で待っていた和沙かずささんを拾い、これで全員が揃った。


「は、話には聞いていたけど凄い車だね……お邪魔しまーす……」

「家まで迎えに行くと言いましたのに……カズサったら、どうしてわざわざ駅に」

「それはあれだろう、マリー。こんな車で大学寮まで行ったら――」

「はい?」

「……いや、分からないならいい。ここから現地に着くまでどれくらいかかるんだっけ?」

「三時間ほどですわね」

「よし、ならばゲームだ! ゲームをしよう! トランプでも――」

「あら、良いですわね」


 マリーが自分の横にあるボタンを押すと、テーブルと共にトランプやボードゲームなどが出現した。

 何だこのギミック……和沙さんが興味津々でそれらを眺めている。


「トランプ、双六すごろく、チェスに将棋……マリーはこういうゲームも好きなのか? ってか、将棋できるのか?」

「ええ、もちろん! こういったアナログなゲームも素敵ですわよね! さあ、何をしましょうか!?」

「お、おお……まさかこんなフルセットが出てくるとは……」


 あまりにやる気満々な姿に、言い出しっぺである未祐ですらやや圧倒されている。

 その様子に、司が小声で俺たちにこんなことを言ってきた。


「お嬢様はご覧の通りなのですが……とても負けず嫌いでして。一度負けが込みだすと、勝つまで続けるなんて仰られるのが日常茶飯事で。その上、ボクらが接待プレイでもしようものなら……」

「怒り出すと。下手に察しが良い分、厄介だな」

「そうなんですよ。申し訳ありませんが、みなさん――」

「何をごちゃごちゃ話していますの? さあ、まずは軽ーくトランプでもやりますわよ!」

「あ、ああ……」


 双六などの大物は夜にでもやろうという話になり、簡単なルールのものから手を付けることに。

 結果、マリーのこういった遊びに付き合うにはかなりの体力が必要だということが判明した。

 運の要素が強いものはまだ良いのだが、それ以外となると途端に負けん気を発揮。


「もう一回! もう一回ですわ!」

「またか、ドリル!? いい加減、他の遊びをだな――」

「勝ち逃げする気ですの!? 許しませんわよ! さあ、もう一度!」

「マリーっちは、ゲームによって得意不得意が極端だなぁ……これでもう何戦目だっけ?」


 決して楽しくなかった訳ではないのだが、最終的には全員撃沈。

 出発が比較的早朝だったこともあり、結局途中でみんな眠ってしまった。

 仕方なく、俺が一対一のゲームでマリーの相手をする流れへ。


「重い……」


 左右から肩にのしかかる未祐と理世の体重を支えながら、チェスの駒を動かす。

 さすが金持ちの家のお抱え運転手さんだけあって、車内は非常に快適だ。

 心地良い揺れに次々と船を漕ぎ始めたのも無理はない。

 起きている面子は現在司、静さん、マリー、それから俺だけとなっている。


「師匠、こちらを……」

「ああ、ありがとう」


 司が薄手のブランケットを渡してくれたので、俺は未祐と理世へとそっとそれをかけた。

 和沙さんと秀平には静さんが同じようにしてくれている。

 車内に沈黙が下り、車の駆動音とエアコンの音、それからみんなの寝息だけが耳に届く。

 とても穏やかな空気だ……ついつい俺も眠くなってしまう。


「むむむ……」


 チェスの駒は底が強めの磁石になっており、チェス盤も磁石なので揺れても動くことはない。

 マリーは盤面をじっと見つめ、うめき、天をあおぎ、そして……


「も、もう一度最初からやりますわよ! ワタル!」

「……」


 意地でも負けたとは口にせず、再戦を要求してくる。

 決して弱くはないのだが、手が素直過ぎる……少し揺さぶりをかけるとミスが重なり、破綻というパターンが非常に多い。

 いい加減に俺も疲れてきたな。


「なあ、マリー。序盤の得意な定跡じょうせきって何種類くらい持ってる? 見たところ、気に入ったものを何度も使いまわしているように思えるんだが」

「? え、ええ。それはもちろん、オープニングから攻撃! 制圧! そして攻撃ですわ! パターンは、そうですわね……仰る通り三種類ほどしか使っていないような。何か問題ありますの?」

「それ、手が遅い相手には強いんだけどさ。行き過ぎると守備が疎かになりやすいんだよな……もうちょい攻防一体になりそうな、攻めと守りを両立できる手を打てれば強くなると思うぞ。マリーの打ち方で言うと、もっと隙のない制圧を! ってことになるのかね?」

「なるほど……」


 ただただマリーを打ち負かしているだけでは退屈なので、こういった会話を交えながら対戦を重ねることにした。

 スマートフォンも使い、チェスの定跡を検索しながら――あ、この手は全く知らなかったな。

 チェスに関しては一時期、毎日理世と対戦していた経験がある。

 その際に色々と定跡を勉強していたので、それなりに解説も可能だ。

 聡明なマリーはどんどんそれらを吸収し、やがてより攻撃的で隙の少ない打ち回しへと変化。

 そして数戦後……。

 マリーは口元に添えられていたたおやかな手を差し出すと、こちらのキングを脅かす位置へと駒を進めた。


「うおっ! これはキツイ手だな……」

「ふふん! ようやく見えてきましたわね、わたくしの勝利が!」

「でも残念……一手遅かったな。ほれ、チェック」

「ああああああああああっ!!」

「「「――!?」」」


 マリーの大声に、びくりと震えて全員が目を覚ます。

 叫んだ後、マリーは盤上で視線を彷徨さまよわせていたが……。


「……これ、もしかして詰んでいますの?」

「うん。チェックメイトだな」

「くうぅぅぅぅぅ! 大事なところでまた守りがっ……! 守りが!」

「ちなみに理世の方が俺よりも強いんで、その気があるなら挑戦してみるといいぞ」

「えっ、あなたよりも妹さんの方が強いんですの!?」

「何を騒いでいるのだ……? ――あっ!」


 寝ぼけ眼だった未祐が、景色の変化に驚いて窓に張り付く。

 周囲には青々とした森が広がっていた。


「ああ、時間切れですわね……無念」

「ってことはこの辺なのか、マリーの家の別荘」

「ええ。近くには湖もありますのよ」

「おおー……それはそれは。わっち、釣りしようぜ、釣り」

「釣り竿なんて持って来てないぞ」

「ありますわよ、釣り竿。別荘に」

「「あるの!?」」

「ボートもありますから、後でみんなで乗ってみましょうか」


 もはや何でもアリだな……。

 俺たちはしばし車内から、夏の日差しを和らげる森の景色を楽しんだ。

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