山賊退治・作戦会議
廃坑跡を利用して五十人規模の山賊達が住み着いたのは、ゲーム時間で今から一月ほど前の事だそうだ。
討伐隊を編成して向かわせたものの、山賊達は廃坑跡を利用して巧みに逃走。
一度は山から追い払った訳だが、少し経った今になって再び集結。
ここ『ダラム山』を根城に、街道を歩く商人などを狙って金品を強奪しているそうだ。
「それって奇襲を掛けて一気に捕縛するか、逃走経路を塞ぐ必要があるよな?」
「後者は難しいですわね。一度山賊達を追い払った際に廃坑跡の出入り口は全て塞いだそうですけれど、山賊達が勝手に改造していて大変だったそうですから」
「戻ってきたという事は、つまりそれらを掘り直した上に逃走経路が増えている可能性があると」
「これは大変な任務でござるなぁ」
「四人で出来るクエストだとは思えないんですけど……人数が足りませんよぉ……」
山を登る途中で満腹度が50%を切ったので、俺達は手近な小屋に入って休憩することにした。
狭い小屋には採掘道具が幾つか転がっているだけで、他には何もない。
それらを適当に隅に寄せて座るスペースを確保。
その後、用意してきたパンとジャムを取り出す。
満腹度が0になるとHPが減少を始めるので、注意が必要だ。
一度山賊達の話を切り上げ、話題は料理に関してのものへ。
「すまんな。急いでたんでこんなもんしか準備できなかった」
「いいえ、とても有り難いですわ。ハインドは細かい所まで気が回りますのね――ワルターと違って」
「うう……」
「あんまり苛めてやるなよ。アプデ後では今日が初ログインなんだろ? 満腹度を知らなかったのなら仕方あるまい」
ヘルシャとワルターはアップデート内容を知らず、食料を用意してこなかったそうだ。
パンは多めに用意してきたので、帰りの分も含めて何とか足りるだろう。
そんな俺のフォローにワルターが顔を綻ばせる。
「ハインドさん……! なんてお優しい……」
「あ、あー……ごほん! ハインド殿、そのジャムが先程急いで作っていた物でござるか?」
「そうだよ。ラズベリーのジャムだ。三分くらいで煮詰まってトロトロになるのは、ゲームならではだな」
「ハインド殿は、一緒に行動していても何時の間にかその手の素材を集めているでござるな。それもフィールドで拾った物でござろう?」
「目に付くとつい拾っちまうんだよ。タダで手に入る物だと思うと勿体なくて。みみっちいかな?」
「あら、悪い事ではありませんわよ。使える物が即座に手に入る状況であれば、むしろ積極的に取りに行くべきだと思いますけれど」
ヘルシャの意外な言葉に、俺は目を見開いた。
本物のお嬢様だって聞いたから、こういう庶民的な感覚は馬鹿にされるかと思ったのだが。
「何を驚いていますの? 金持ちなどというものは、基本的にはケチなものです。必要だと感じた時に投資を惜しまないという点で、勘違いされ易いだけですわ」
「いいな、その考え方。締める所は締めて使うべき所にはしっかりと、だな」
「何事も見極めが肝心ですわ。貴方は中々話せる人ね、ハインド」
「意気投合しているでござるな……羨ましい」
「ご家族以外の方とこんなに楽しそうにお話しになるお嬢様は、初めて見ました。すごいなあ、ハインドさん……」
「む……!?」
瓶の蓋を開けると、ラズベリーの甘い香りが小屋の中に広がる。
切り分けられたライ麦パンに塗って、全員に二つずつ配っていく。
さすがのトビも食事時は頭巾を外し、インベントリに収納してパンに齧りついている。
「! このジャム、美味しいですわね。爽やかな香りと酸味、ほどよい甘さが調和して……」
「ハチミツでシンプルに味を調えてみた。味見する暇は無かったんだが、お嬢様の口に合うなら大丈夫だな」
「まぁ、意地悪な仰りようですこと。これで紅茶があれば、場所はともかく素敵なティータイムになりましたのに……」
「無茶言うなよ。そういや紅茶の茶葉は、まだゲーム内で一度も見掛けてないな。もしかしたら近場には存在しないのかもしれん」
「そうなのですか? お嬢様は紅茶がお好きなんです。ゲーム内で食料が必要になったのであれば、できればご用意して差し上げたいのですけど……」
「へえ。ヘルシャ、そんなに紅茶が好きなのか?」
「血と一緒に紅茶が流れているイメージが脳裏に浮かぶくらいには、好んで飲みますわね」
「すっげえ血がサラサラしてそうだな、それ……カフェイン中毒にだけ気を付けろよ……」
でも、そもそも取引掲示板を含めてもお茶自体を見ないんだよな。
カフェインといえば、コーヒーもないし……。
この状態は、プレイヤーがどうにかして流通させろってことだと思うんだけど。
「現実での紅茶の主要生産国は……インド、スリランカ、ケニア、中国、インドネシアの五つだったはず。それに近い雰囲気の場所を探してみればいいかもな。ヨーロッパ、特にイギリスに紅茶を飲む文化が浸透したのは18世紀だから――」
「中世欧州風のこのゲームでは、まだ伝来してないってことですかぁ? そんなぁ……」
「ワルター殿、拙者も協力するでござるからそう落ち込まずに」
「あ、ありがとうございます、トビさん。それにしてもハインドさんは博識ですね……尊敬しちゃいます!」
「むむっ!?」
「おい、さっきから何なんだよトビ。どうして俺を睨む」
「別にぃー。何でもないでござるよぉ?」
空腹度を満たす為の軽食が終わり、いよいよ山賊退治について本腰を入れて話し合う。
町長から借りたダラム山及び坑道の地図を見ながら作戦を練る。
地図は山賊達が坑道を改造する前のものだが、人が寝泊まりできるような広い空間は限られているとのこと。
小さい坑道を増やせても、それらは基本的に変わっていないだろう。
「つっても、今の状況で採れる戦法は一つだけだな。こっちは四人しか居ないんだし」
「ですわね」
「え? それって何ですか?」
「「敵のリーダーに奇襲を掛けて捕縛すること(ですわ)」」
ヘルシャと声が揃ってしまった。
ちょっと恥ずかしい。
「つまりお二人は敵が烏合の衆ではなく、リーダーを中心に組織立って動いているとお考えで?」
「聞いた限りの見事な逃げっぷりを考えると……」
「間違いなく居ますわね。それなりに頭の切れる親玉が」
その山賊達のリーダーを捕らえれば、後は逃げ散るなりしても大した脅威ではなくなると思われる。
まさか町長だって、四人で山賊団を一人残らず壊滅させられるとは思っていないだろう。
クエスト条件を確認して貰うと『山賊団の脅威を除くこと』となっているので、恐らくそれで問題ない。
次に、その親玉が何処に潜んでいるかだが……。
「ここですわ!」
「俺はこっちだと思う」
ここにきて初めてヘルシャと意見が食い違う。
地図上でヘルシャが指差しているのは、坑道各所に指示を出し易そうな中央寄り。
対して俺は、坑道の末端……俺達が登ってきた山道の反対側と言っていい場所。
「なるほど……貴方は親玉の性格をそう読んだのですわね」
「まあな。ヘルシャは相手の人格を買い被り過ぎだと思うぞ」
「なら、二手に分かれましょうか。どちらの可能性も捨てきれませんし」
「それは賛成。実際、確実な判断を下すには材料が足りないしな」
「あのう……お二人の会話が高度過ぎてついていけないんですが……」
「拙者らにも分かるように話して欲しいでござる」
「あー、それは道中で説明するから。で、パーティをどう分けるかなんだけど……」
まず俺とヘルシャは後衛職同士、ついでに意見が分かれたこともあってばらけることに決定。
どの道、後衛二人じゃ対応できる状況が限られてしまうからな。
ワルターの職を聞くと、武闘家だという答えが返ってきたので前衛後衛のバランスは問題無し。
折角の交流ということもあり、双方コンビの相方を交換することを俺は提案した。
ヘルシャもワルターも構わないと言うので、俺はワルターと共に、トビはヘルシャと一緒に行動することに。
ワルターに関しては、個人的に少し気になる事もあるしな……。
「よ、宜しくお願いします! ハインドさん!」
「うん、よろしく。何も緊張すること無いからな? 気楽に行こう」
「は、はい!」
「で、トビ。ちょっと」
「ん? 何でござるか?」
「小屋の外で話そう――二人とも、少し待っててくれ。直ぐに戻るから」
トビと共に一度、小屋の外へ出る。
充分に距離を取り、話し声が聞こえない距離まで歩いてから口を開く。
俺の考えが杞憂ならば構わないが、もしもということがあるからな。
トビは引っ張ってこられたことに特に疑問を抱かず、頭の後ろで手を組んでボヤいた。
「どうせならワルター殿と組みたかったでござるなぁ……」
「……。そのワルターなんだけどな。ひょっとしたら………………男なんじゃないかと思うんだが」
「――は?」
その言葉を聞いたトビは実に間の抜けた顔をした。
次いで俺に向けた「何を言ってるんだこいつは」という表情が非常に癇に障る。
殴ろうかな。
「いや、まあ……俺の勘違いならそれで構わないさ。お前も幸せなままだろうし」
「信じないでござる! 信じたくないでござる! でも、わっちの勘は当たるから怖い! やめて! そ、そういえば何故かメイド服じゃなくて執事服だし……」
「まだ決まった訳じゃないって。同行中にそれとなく本人に確認してみる……が、もしもに備えて、ショックを受けないように頭の片隅にでも入れておいてくれ。正直、聞き方を間違えたらかなり失礼な質問だ。その場合でも、俺が嫌われるだけで済むんだから何も問題ないだろう?」
「わっち……俺、わっちと友達で良かった……! 睨んだりしてごめんよ!」
「よせやい。そんな訳で、そっちはそっちでしっかりやれよ。ヘルシャは話した感じ、感情的になりやすいタイプだと思う。暴走しないように気を遣ってやってくれ」
「ふむん。ユーミル殿と同じくらいでござるか?」
「うーん、たぶん同じくらいじゃね? これも勘だけど。じゃあ、頼むな」
その後、一度トビと小屋へと戻り、準備を整えた後に今度は四人揃って小屋から出発。
暫く登山が続き、坑道の入り口が遠目に見えた段階で散開。
それぞれ二人ずつに分かれて行動を開始した。