二冊目の魔導書製作
「三人の装備についてはこれで良いとして、他のメンバーの武器はどういう感じにするのでござるか?」
状況が落ち着いたところで、引き続き談話室での会話。
ここのところ課題優先であまりログインできていないトビは、みんなの装備がどうなるか気になるようだ。
「俺以外の三人は更新するよ。防具と似たようなもんだが」
「ハインド殿以外? 何故?」
その質問に俺は杖を取り出し、詳細を表示させつつ説明する。
この数字を確認すれば一目瞭然。
「聞いて驚け、何とこの支援者の杖……未だに一線級の性能なんだよ」
「マジでござるか!? この杖、確か作製した時期は――」
「レイドの前、アイテムコンテストの時だな」
「どんだけ気合い入れて作ったのでござるか、セレーネ殿……」
数えてみると四イベントも前になるのか。
当時はなかった素材や新たな製法、各ギルドの施設増強、鍛冶プレイヤーたちの腕の上達……どんどん進歩していく今の装備と比べて尚、霞まない性能というのは普通では考えられないことだ。
トビの言葉を受けて、セレーネさんが説明を引き取る。
「みんなの装備作りの手を抜いているってことは決してないんだけど……その杖は特別でね。次に作れば超えられる、っていう確信を得られるまで待ってもらっているの。性能的にまだ大丈夫っていうのも本当だけど」
セレーネさんは俺の方に視線をちらりと向けつつ、少し赤くなった顔で説明した。
その仕草にピンとくるものがあったのか……
「ハインドは果報者だなぁ! なぁ! どうなのだ、セッちゃんにこんな風に言われて? 嬉しいのか? んん?」
「………………ハインドさん」
ユーミルとリィズが棘のある態度で絡んできた。
俺は嫌な汗が浮かんでくるのを感じ、即座に次の話題へ。
「あ、あー……ユーミルとセレーネさんの武器は合金素材を変えてマイナーチェンジ、リィズの魔導書も素材変更で能力アップを狙う」
「スルーでござるかぁ……」
「凄い圧力ですもんねぇ、気持ちは分かります。先輩、お茶のおかわりください」
「分かっているなら触れずに話題に乗ってくれよ!? ――はい、どうぞ!!」
「どーもー」
やけくそ気味にお茶を注いでシエスタちゃんに渡す。
どうにか二人はそれで威圧するのをやめてくれたので、俺はそのまま話を進めた。
「そんな訳で、装備の更新は順調だ。手が空いている人は経験値稼ぎなりティオ殿下の相手なりを頼む。装備作りを手伝ってくれるのもありがたい」
「分かりました!」
「あ、でも宿題を優先して良いんですよね?」
「もちろんだぞ! 進み具合は順調か?」
ユーミルがリコリスちゃんとサイネリアちゃんの言葉を聞いて、みんなに問いかける。
そこからは今の宿題・課題の進行状況についての話になり、俺は途中で全員のお茶を淹れ直した。
今夜はフィールド狩りに行く雰囲気ではないかな。
その会話によると、全員順調ではあるのだが……。
「トビはイベントに間に合うかどうか微妙だな……頑張りは伝わってくるが」
「いやはや、申し訳ござらぬ。拙者、ここのところ生産もほとんど手伝えていないというのに」
「それについては構わん! 今は勉強の息抜き程度にログインするだけでも問題ないぞ! が、イベントまでには必ず課題を終わらせるのだ!」
「ユーミルの言う通り。分からない部分があったらいつでも訊けよ?」
「おお、そう言っていただけるとありがたい! 承知いたした!」
その後、この日は生産関係を軽めにこなして短時間でログアウト。
ほとんど雑談タイムになってしまったが、今後の予定の確認にもなったのでこれはこれで。
翌日、俺はリィズとリコリスちゃんを伴って作業室へ。
「今日は――」
「魔導書ですね、ハインドさん? ハインドさんが私のために作ってくださるのですよね?」
「あ、ああ。凄い勢いだな、リィズ……」
食い気味でリィズが俺に顔を寄せてきた。
今日は新しい魔導書を作るところから始める。
「魔導書ってどうやって作るんでしたっけ? ハインド先輩。前もハインド先輩が作ったんですよね?」
「俺が本の表紙やらをレザーで作って、中身をリィズが書く。だから正確に言うと、合作になるかな」
「共同作業ですよ、リコリスさん。私とハインドさんの」
「あ、えと……はい。リィズ先輩、今日は絶好調ですね……」
「ユーミルがずっと家に入り浸っているから、その反動かな……手伝いありがとうね、リコリスちゃん」
「はい! 張り切って作りましょー!」
魔導書が終わったら、リコリスちゃんに頼んでリィズの防具のサイズチェックをしてもらう予定だ。
トビに言った通り、装備の見た目はほとんど変わらずに完成するだろう。
二人の補佐を受けつつ、革の本を丁寧に作り上げていく。
変更した素材はほぼ全て……革も糸も、全て魔力に関係するものを厳選したアレンジ装備。
俺が単独で行う作業になったところで、暇になったリコリスちゃんがこんなことを言い出した。
「そういえば、リィズ先輩の魔導書って何が書かれているんですか? これですよね、今まで使っていた魔導書は」
「ええ、そうですよ。興味があるのでしたらどうぞ」
俺が作業している机の対面で、リィズがリコリスちゃんに魔導書を手渡す。
……うん? 確か魔導書に書かれた文章って――あっ!?
中身を知らないリコリスちゃんは、俺が止める間もなく受け取った魔導書を開いた。
そのままパラパラとページをめくると不思議そうな顔をする。
「うーん、読めない文字で書かれていますね……何て書いてあるんだろう?」
「ああ、そうか。変換されていたっけ、そういえば……」
一瞬慌てたが、内容は魔導書の完成時に読めない文字に変換されるんだった。
リィズによると、書く際に固有名詞などは避けたそうだが……。
あの内容を読まれると、俺まで気まずい状態になるからな。
「内容をお教えしましょうか? リコリスさん」
「本当ですか!? 是非教えてください、リィズ先輩!」
「――えっ、そういう流れ? 正直予想外なんだが、本当に教えるのか?」
「いけませんか? ハインドさんがやめろと仰るなら、やめますが」
「そう言われたら、俺に止める権利はないけど……」
ほっとしたのも束の間、まさかの本人によるこの返し。
むしろリィズは積極的にそれを聞いて欲しいような雰囲気すらある。
リコリスちゃんは最初、興味津々で魔導書の中身について聞いていたのだが……。
やがて首筋から顔、更には耳まで真っ赤になった。
持ったままだった魔導書をそっと閉じると、両手で持ってリィズに返す。
「わ、私にはまだ早い内容だったみたいです……」
「ごめん、説明不足だった。魔導書の内容は個人の自由でさ……何を書いてもよくて、書く際に感情の強さが伴っていれば性能が上がるんだ。だから――」
「わ、分かりました、分かりましたから! うぅ、まさかそういう内容だったなんて……」
頭から煙を出さんばかりの状態でリコリスちゃんは顔を手で覆った。
その後、魔導書『グリモワール・スキエンティア』は順調に完成。
あっさりと極上+10を叩き出し、前回同様ゲーム内に字幕のアナウンスが流れるのだった。




