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ウール素材と生産品

 お湯で洗ったり、他のプレイヤーが作った天然成分の洗剤を使ったり、何度もすすぎをしたりして羊毛が少しずつ綺麗になっていく。

 三人で袖を濡らしながらの作業だが、これが中々に堪える。


「こっちも根気が要りますよねー。代わりに、仕上がった時の感動はひとしおですけど!」

「うむ! しかし、他の生産以上に簡略化が少なくないか? 毛刈りも含めて」

「代わりにというか、取引掲示板なんかでも値段がべらぼうに高いけどな。羊毛」


 毛刈り完了に必要な羊の採取面積は、おおよそ全体の半分くらいか。

 だから、二頭分の羊の毛刈りを行えば現実での一頭分と大体同じ。

 手間がかかる分だけ、ゲーム内での値段が吊り上がっている。

 素材の機能としては防寒、ショック吸収、それからこの手の素材としては燃えにくいという点が特徴的だ。

 よりゲーム的な説明をすると、防具に組み込むと火属性と水属性に対して若干強くなる。

 魔物素材を組み込んだ時ほど極端ではないが、部分的に付けるだけでも効果を発揮可能だ。


「ベリ連邦のプレイヤーに良く売れるんだよな。それも高値で」

「私たちもベリに行った時に使いましたよね!」

「処理が下手でゴワゴワしていたがな! それでも暖かかった!」


 二人とも元気に話を続けながら、湯に入れた羊毛を力強く押し洗いしている。

 疲れを見せないなー……こういう時に体力の差を感じるな。

 洗い終わった羊毛はその場で陰干しにする。

 ゲームの簡略化に加えて砂漠の気候、更にここは通気性も良いので乾くのは一瞬だ。


「終わりましたー!」

「終わったね。二人とも、お疲れさん」

「お疲れさまだ! ハインド、方針会議の時間は?」

「まだ大丈夫だから、乾かしている間に羊を放牧すっか。それが終わったら羊毛を回収してホームに戻ろう」

「はーい!」


 途中で裏返したり上下を入れ替えたりすれば乾きが早くなる。

 小一時間前よりも随分とスリムになった羊たちを、三人で協力して牧草地へと移動させた。


「おお! 凄い勢いで草を食っとる!」

「空腹だったろうからな。……何故か半数は、草を食べずに活発に動き回っているが」


 縛めから解き放たれたかのように、牧草地を羊が走り回る。

 普段はもっともっさりした動きをしていたように思うのだが。


「走ってるの、私たちが担当した羊さんな気がします……体、固くなっちゃったのかなぁ? ――あ! 羊さんと一緒に遊んできた方が良いですか!?」


 何か、凄いワクワクした表情でリコリスちゃんが俺に訊いてきた。

 羊と遊びたいのは自分の方なんじゃ……?

 そんなリコリスちゃんの隣に、ユーミルが素早い動きで並んで同じ表情でこちらを見た。

 やっぱり二人とも遊びたいだけだ、これ。


「えーと、放牧自体にストレス軽減効果があるから問題ないよ。最近は牧草の状態も良好だし、放っておいて大丈夫。今から羊と遊んでいる時間は……ごめん、ちょっとないかな」

「「えー」」


 残念そうな二人の背を押して、羊毛の状態を見に羊小屋へと戻る。

 触った感じほとんど乾いているが、あともう少しだけ時間が必要か。

 手持ち無沙汰になったリコリスちゃんが羊毛を見ながら、俺を見上げてくる。


「ハインド先輩。この羊毛、大半は売ってしまうんですよね?」

「うーん……ウールは吸湿性・通気性があって暑い場所でも使えるんだけど、やっぱり寒い地域に売った方が儲かるからさ。今の、値段が高い内になるべく売っておきたいかなって」

「――おっ!」


 ユーミルの声に会話を中断する。

 見ると羊毛から光のエフェクトが発生し、素材として完成したことが告げられていた。

 早速三人で羊毛に触れて品質を確認。


「あ、前よりも質が上がりましたよ!」

「本当だ! 心なしか、前のものよりも手触りが滑らかな気がする! フカフカ!」

「みんなの世話と、牧草の改良の成果かな。話を戻すけど、二人とも。全部売るのが寂しいなら、何か羊毛を使って作ろうか?」

「良いですね、それ! 折角なので、何かあると嬉しいです!」

「記念品という訳か。私も賛成だ!」


 そうだよな、折角だもんな。

 確かにこのまま全部売り払うというのも味気ない。

 羊毛を触りながら、俺は頭に浮かんだ案を次々と口にしていく。


「となると、服、帽子、カーペット……」

「カーペットはいいかもな! 談話室の床とか、固い石材が剥き出しだから!」

「お洒落な感じになるかもしれません!」

「後は……布団とか? ……いや、眠る必要のないTBで布団はないか」

「布団と聞いてきました!」

「「「!?」」」


 俺が布団と口にした直後、羊毛の中からシエスタちゃんがもふっと顔を出した。

 そのまま唖然とする俺たちを眠そうな顔で順番に見回す。


「シーちゃん!?」

「どこから来た、シエスタ!?」

「どこって……普通にあっちの扉から入ってきましたよ?」


 シエスタちゃんが示した方を見ると、吊り下げられた羊毛の向こう側の扉が開いているのが見えた。

 全然気が付かなかった……ゆっくりとすり足気味に歩くから、トビよりもずっと気配がないんだよな。

 このは。


「それよりも、作るんですか? ウールのお布団」

「作ってもいいけど……ほしいの?」

「ほしいです!」


 シエスタちゃんが普段は半分ほどしか開いていない目を見開いて、俺へと迫ってくる。

 思った以上に綺麗な瞳をしていてドキッとしたけど、こんな場面でそれを活用されても。


「シーちゃんが聞いたこともないような気合の入った声を出してる……」

「そんなにほしいのか、シエスタ……ウールの布団が」


 騎士コンビがシエスタちゃんの様子にすっかり圧倒されている。

 洗い立ての羊毛を纏ったまま、なおも近付いて来るシエスタちゃんの姿に対し……。

 結局、俺は頷かざるを得ないのであった。




「という訳でカーペットと、ぬいぐるみと……」

「……」


 シエスタちゃんが俺をじっと、じーっと見つめてくる。

 そんな熱視線を送らなくても、今更前言を翻したりしないって。


「布団一式。で、多少のストックを残しつつ大部分は取引掲示板を通じて売却って形にしようか」

「先輩の布団ー、ウールの布団ー」

「ご機嫌だね、シーちゃん」

「リコだってぬいぐるみ、お願いしてたじゃーん」

「ぎ、ギルドホームのお部屋に飾りたいなーって。あと、談話室にも。すみません、ハインド先輩」

「いいよいいよ。談話室用の大きいのとリコリスちゃんの私室用の小さいの、ちゃんと二つ作るから」


 これから方針会議だっていうのに、早くも裁縫作業の予定が大量に入ってしまった。

 他にも色々とやりたいことがあるのだが、この作業量……上手くこなせるだろうか?

 農業区を出た俺たちは、インベントリに沢山入った羊毛と共にギルドホームへと向かっていた。


「そうそう、忘れるところだった。先輩、みんなもう談話室に集まっていますよ」

「あ、本当に?」

「羊毛刈りをしていると聞いて、珍しく私がみんなを呼びに。セレーネ先輩と、妹さんと、サイがいたので、あとは先輩たちとまだインしていないトビ先輩ですね」

「そっか、ありがとう」


 それなら、俺たちが到着する前後にトビもログインしてくるだろう。

 と、そこでリコリスちゃんと会話をしていたユーミルが俺の肩を軽く叩いてくる。


「ハインド、今リコリスに訊かれたのだが。今回の方針会議のお題というのは例のアレか? レベルキャップが解放されたらやると言っていた」

「憶えていてくれたか。トビを除いて、前回の更新から結構時間が経っているからな。タイミング的にもここが最適だと思う」

「えと、何です? 何をするんですか?」


 リコリスちゃんの疑問の声に、ユーミルがニヤリと笑って腰に手を当てる。

 そんなに勿体ぶるようなものではないが。

 本当に好きだな、そういうの。


「フフフ、一言で表すなら……」

「表すなら?」

「メンバー全員の強化計画だ!」

「おおー!」


 ユーミルの宣言に、リコリスちゃんは素直な驚きの表情を作った。

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