高みを目指して
「待たせたな。思った以上に時間がかかってしまった」
アルベルトさんが少し乱れた呼吸を整えながら、こちらを向くと同時に剣を収める。
少ししか乱れていない呼吸、それから時間以前に普通の重戦士だったらあのグリフォンを倒すこと自体が無理だとか、色々と言いたいことはあったが……。
俺はセレーネさんと視線を交わし合ってから、戻ってきた彼に声をかけた。
「お疲れさまでした。どうでしたか? 属性武器を本格的に使用した感想は」
「その武器はそのまま納品物の一つになる予定ですけれど……もしご不満があるようでしたら、仰ってください」
「いいや、不満などあろうものか。相変わらずの素晴らしい出来だ。重戦士として、十全にその力を発揮できる状況が最善とはいえ……傭兵は組む相手も戦う敵も選べないからな。お前たちのように、重戦士の得手不得手を分かっているプレイヤーばかりではない」
これは前置きだろうか? 彼が属性武器を俺たちに頼んで来た時に語った内容と同質のものだが。
分かっているプレイヤーと言われて悪い気はせず、むしろ少し照れ臭い。
そういえば時期的にも、これから夏休みで新規も増えるだろうから……そういうセオリー無視で、重戦士の彼らに助力を請う新規プレイヤーが現れる可能性も少なくない。
「今回のグリフォンのような敵を強引に倒せるという事実は、大きな力になる。それに……」
「それに?」
「一つの武器を極め、大事に扱うのも良いが……この属性剣の使い分けのように、次々に武器を持ち替えながら戦うというのも悪くない。消耗品として正しく扱われ、削れ、傷付き……やがて朽ちていく武器たち。それはそれで、胸に響くものがある」
「「分かります」」
俺とセレーネさんがアルベルトさんの言葉に大いに賛同し、頷く。
アルベルトさんが撮った過去の装備品のスクショを格好いいと思える人なら、この感覚が分かるはず。
ユーミルは一定の理解を示すような表情を、リィズはよく分からないという顔をしたが。
ゲームらしく壊れない、綺麗なままの武器もそれはそれで良い物だが……この『支援者の杖』なんかは綺麗なままにしておきたいし。
セレーネさんもアルベルトの戦果――というよりも属性武器の示した戦果にはある程度納得いったらしく、次のような言葉で今回の依頼に関して締めくくった。
「では、これからお渡しする残りの6本の大剣共々……大いに使い込んでボロボロにしてください。それから、もしよろしければ、また私たちのところに新しい武器を作りに来てくださったら……鍛冶プレイヤーとして、これ以上の喜びはないです。もちろん、フィリアちゃんとお二人で」
「あ、セレーネさんが俺の言いたかったことを全部言ってくれた。え、えーと……そ、そういう感じです、アルベルトさん」
余りにも被り過ぎて言うことがない。
さっきは楽だと思ったけど、こういう場合もあるから善し悪しだな……。
アルベルトさんは俺の様子に苦笑し、「次も頼む」という短いながらも嬉しい一言を返してくれた。
そのやり取りを見守っていたユーミルが、一歩前に出て宣言する。
「ここから先はより高みへ! だな!」
「進むのは下に向かって、ですけどね……」
「またそうやって貴様は、水を差すようなことを言う!」
二人の会話を聞きながら、ダンジョンの下層へ。
パーティバランス的に盾役の専門職がいないのは不安だが、果たして何処まで行けるだろうか?
最終的により防御の上手いアルベルトさんを攻撃の引き受け役に据え、ダンジョンを進んで行く。
防衛戦でレベル65の敵まで倒した経験を活かし、ステータスやダメージ幅を予想しながら慎重に。
25階層を抜ける階段を下りる途中で、ユーミルが俺へ問いかける。
「それにしても、20階層までよりレベルの上昇が緩やかだな?」
「そうだな。次のボス……40階層到達時点で、レベル70ってところじゃないか?」
「む、情報があやふやということは……」
「TB全体における、ダンジョン踏破記録は最高で37階層だ。公式サイトに記録されているぞ」
「そうか……可能なら、次のボスまでは倒してしまいたいところだが!」
「行けても手前までじゃねえかな」
そこまで行ければ39階層突破となり、最高記録達成となる。
いくらアルベルトさん込みのメンバーとはいえ、何度もダンジョンアタックを繰り返して出したであろう記録をそうそう抜けるとは思えないが。
そういえば、まだ発案者である彼に具体的な目標を訊いていなかったな。
「ちなみにですけど、アルベルトさんは何階層を目指しておいでで?」
「行けるならどこまでも、と言いたいところだが……現実的には、ダンジョン別の最高記録を抜ければ満足だと思っている」
「ダンジョン別? 踏破階層って、個別に記録されているのか?」
「されているぞ。確かここ、ネブラ地下坑道の記録は――30は超えていたと思うんだが。どうだったっけ? リィズ」
若干自信がないので、記憶力の良いリィズへと視線を向ける。
前に一緒に確認したので、このできた妹ならば憶えているはず。
「記録があの時のままなら、33階層ですね。カクタケアの、スピーナさんPTの記録です」
「あいつらなのか!? むう、そうか……何故だか分からんが、そうと聞いたら尚更記録を更新しておかなければならない気がしてきたぞ」
「一応戦闘系ギルドだからな? 彼らは。そういう記録を持っていても別におかしくはないんだぞ」
「戦闘系? 女王系ギルドではないのか?」
「間違っちゃいないしそっちのほうが正しいけど、無理矢理分類するなら戦闘系だ」
「生産やらないもんね、サボテンさんたち……装備を良い値段で買っていってくれるから、私としてはとても助かるけど」
装備だけでなくアイテムや料理も買っていってくれる。
金払いも愛想も良いので、俺たちのギルドにとっては良いお客さんたちだ。
話がやや横道に逸れ始めてきたところで、俺はアルベルトさんへと話を戻した。
「キリのいいところで、35階層を目指すのはどうしょうか?」
「そうだな。それ以上進むかどうかは、敵の強さを見ながら判断しよう」
話が終わったところで丁度階段が終わり、俺たちは戦闘態勢を取り直した。
そして目標の35階層、そこに辿り着いて戦う俺たちパーティの戦況は……。
「げふぅっ!?」
「ユーミル!? 四回目か、まずいな……」
蘇生祭りと化していた。
激しい風魔法の攻撃に晒され、前衛二人が交互に倒れるような厳しい状況。
敵は『風霊ネブラ』、不定形の風の塊と『アイレウィーゼル』という風を纏って体当たりしてくる素早いイタチの二種。
イタチが数と素早さで攪乱、風霊がその後ろから魔法攻撃してくるという嫌らしい編成だ。
今のところどうにか後衛に類が及ぶ前段階で粘っているが、これ以上無理をすればPTが崩壊するのは目に見えている。
「セレーネさん、ユーミルに聖水を! こっちはWTです!」
「了解! ハインド君、手が空いたらこっちにアタックアップ頂戴! もう切れちゃう!」
「はい!」
「ハインドさん、敵増援5です! イタチ4、風霊1!」
「うっ……ダークネスボールで足止めを! ――アルベルトさん!」
「ああ! こちらの処理が終わったら向かう!」
「――復・活っ! からの……バーストエッジィィィ!」
大型スキルを連発し、辛くも敵の群れを退ける。
俺たちは次のモンスターが現れる前に、回復を行いながら息つく暇もなく移動を再開した。
無駄口を叩いている余裕すらない。
あのアルベルトさんの呼吸が乱れているという事実から考えても、限界は近い。
WTで真っ赤に染まるスキル欄を眺めて、俺はこの階層での撤退をアルベルトさんに提案するのだった。