トビの進化と料理バフ談義
『オリーゴー遺跡』10階層にある休憩所は、自然の景色が次々と壁に投影される不思議な空間だった。
とはいえ寛ぐための椅子などは全く存在しないため、落ち着くような落ち着かないような微妙な雰囲気だ。
階層を経るごとに鎧の魔物『ドールミーレス』はHPと物理防御力が、『トゥルエノブルート』という雷の獣は速度と攻撃力が増加。
『トゥルエノブルート』のほうはユーミルとヘルシャが競うように門を破壊したため、大多数を封殺することに成功。
そして堅さが増した『ドールミーレス』を一番多く倒したのは、実はトビだったりする。
「トビさん、凄いですね! 軽戦士の中でも特に攻撃力の低い回避型なのに……」
「本当に、意外でしたわ。クラーケン戦のころとは別人のようですけれど、何がありましたの?」
二人からの称賛の声に、トビは鼻高々で一歩前に出た。
そして自分の現状について説明するのかと思いきや……。
「……」
何故かその状態のまま無言だった。
「――って、何でだよ!? 装備の更新内容とかそれに伴う戦闘スタイルの変更とか、言えよ!」
「いやあ、そこはハインド殿が説明してくれるかなって」
「自分でやれ!」
「むむ、そうでござるなぁ。では、説明いたす! 実は……」
ヘルシャもワルターも、人にぺらぺら装備の詳細を話してしまうような人間ではないと思う。
それに、ここまでの戦いでトビが防具に仕込んだアイテムを投げていることに気が付いているだろう。
必要以上に詳細まで話すこともないが、ざっくりした説明はしてしまっても大丈夫だ。
隙のない投擲以外にも、トビが活躍できた理由はもう一つ。
防具についてはたった今トビが説明したので、武器に関しては今から少し補足しておこうと思う。
「やはりそういうことでしたの。知ったところで、真似できそうもありませんけれど」
「元から飛び道具である魔法が主体のヘルシャがやっても、攻撃力が下がるだけだしな。詠唱中に投げると、詠唱がキャンセルされちまうし。合間に投げるにしても、そんなことせずにさっさと次の詠唱に移った方が絶対に良いから。で、トビの攻撃力が上がったもう一つの理由は属性武器だ」
「ボクも上位の属性石が付いた闇属性武器を使っているんですけれど、トビさんのは属性値が全然違う感じで……」
俺の説明の横では、トビが妖しい気を放つ刀を抜いて次々と決めポーズを取っている。
面倒だから一々構ってやる気はないが……そのポーズはだせえ。
何だかんだで、この遠征期間ではトビの装備が一番恩恵を受けて強化されている。
アタッカーを張れるほどではないが、パーティの補助火力としてはかなりのものだろう。
「悪いけど、製法については秘密にさせてくれ。いずれ他のプレイヤーが広めてしまうとしても、折角得たアドバンテージだ。でも、ワルターのとそれだけ差があるってことは――」
「私たちの遠征の成果が身を結びつつあるということだな! ドリルたちには悪いが!」
「もちろん、情報は大事な武器ですもの。無理に聞き出すなんて野暮なことはしませんけれど……戦闘系ギルドとして、装備で遅れを取っているのは少々悔しいですわね」
一線級の装備を揃えている自信はあったのだろう。
少しどころじゃないレベルで、ヘルシャは表情に悔しさを滲ませている。
ヘルシャの『エイシカドレス』のマイナーチェンジに関してはシリウスのギルドホームで正式に依頼されたが……属性武器のほうは恐らく頼んでこないだろうな、こいつの性格からして。
さて、トビの装備と戦闘のおさらいはこの辺にして。
「そろそろ待望の天丼タイムに移ると――」
「「「待ってました(わ)!」」」
「しますか……って、もう準備万端みたいだな。どうぞ、召し上がれ」
俺たちは簡易な折り畳みの椅子を、ヘルシャはワルターがインベントリから取り出したしっかりした椅子に座り……って、普段から持ち歩いてるのか? それ。
手を合わせてヘルシャは器用に箸を使って湯気を立てる天丼を一口。
すると、ユーミルとほとんど同時に幸せそうな顔でほうと息を吐いた。
分かりやすくて面白い。
具の中ではやはり作り立てのちくわが好評で、手伝ってくれたユーミルも嬉しそうだった。
天丼の半分くらいを消費したところで、トビが顔を上げて呟く。
「しかし、拙者たちは食べ終わった後に干し肉でござるかぁ……この天丼は魔力バフでござるし」
「ちょっと悲しいですよね。師匠の料理の余韻が勿体ないです……」
「バフの乗り方に関しては、俺も問題のある仕様だと思う。防衛戦の時から微妙だと感じてはいたけど」
「クースが出してくれたコース料理も、バフがどんどん上書きされていって複雑な気分だったな!」
「料理全体をシステム側が一度に評価して、個人でバフの種類をある程度選べれば快適だと思うんだよな」
「評価されたポイントを振り分ける感じですの?」
「そうそう。料理の種類による特徴は、無個性にならないように今までの物が残ってもいいと思うけど」
肉が多ければ今までの物理攻撃力バフに倣って、同じように振り分けるとボーナスが付くとか。
トビのぼやきを皮切りに、料理バフの仕様に関して次々と不満が出た。
最適なバフを求めた時に、職次第で同じ物を食べられないのは寂しいよな。
もし改善案が通れば、今後もっと快適にプレイできるようになると思われる。
「みんなも運営に要望を出してくれないか? 公式サイトのメールフォームからさ」
「口振りからして、ハインド殿は既に要望済みでござるか。では拙者、自分のメールに加えて掲示板などでも鬱陶しくない程度に話題にしてみるでござるよ」
「お、助かる。料理バフについてのスレなら、俺と似たような意見が出ていたぞ」
「なるほど。参考にするでござる!」
「そういえば、クースもハインドと似たようなことを言っていましたわね。では、シリウスのメンバーにも周知しておくことにしますわ」
「ボクも呼びかけてみます」
「ありがとう、二人とも」
とんとん拍子に進む話に、ユーミルが目を丸くした。
一早く完食した天丼を置いて、慌てて俺に向かって手をわたわたとする。
「お? おお? わ、私はどうすればいい? ハインド」
「とりあえず身近なところから行こう。サーラに戻ったら、俺と一緒に周囲に呼びかけてみようぜ」
「分かった! 一緒に、だなっ!」
ユーミルは上機嫌で椅子に座り直した。
頼むのはリィズとセレーネさん、ヒナ鳥、アルベルト親子。
それから親交のあるギルド・カクタケアなんかには言ってみてもいいかもしれない。
カクタケアには時々料理を提供しているので、その時にでも。
天丼を食べ切り、俺が食器を片付けている間に話題はダンジョン攻略へと戻る。
「二体のボスとは言うが、どういうタイプのボスなのだ? ドリル。同種? 別種?」
「同種が二体ですわね。トゥルエノブルートの強化型のような……ワルター?」
「はい。トゥエルノティグリスという、雷を操る虎のモンスターですね」
「うげえ。それってやっぱり、トゥルエノブルートの攻撃と同じ状態異常があるのでござるか?」
「そうなんですよ。一定確率でこちらを痺れ状態にさせてきます」
「トビはさっき、一回痺れてたもんな」
「空蝉が切れた直後でござるよ? 実に悪意的なタイミングでござった……しかも痺れるのは渓流に続いて二回目という」
「ふむ、コントか?」
「コントじゃねえよ!? 大体、ユーミル殿が敵を撃ち漏らすからあんなことに――」
『空蝉の術』や『ホーリーウォール』には、状態異常を防ぐ効果もある。
この二つはダメージを受けて消える場合と時間経過で解ける場合があり、トビは後者のタイミングで運悪く攻撃を受けて痺れたということになる。
隣で洗った丼を拭きながら、ユーミルがここまでの話を聞いて首を傾げる。
「ところでハインド。言うだけなら簡単だが、二体を同時撃破となると……具体的にはどうするのだ?」
「やってみないと分からないことも多いけど、ヘルシャによれば同時といっても多少の猶予時間はあるらしいからな。範囲攻撃で一度に倒すって方法だけじゃなく、二体それぞれを二人が単体攻撃で仕留めても良い訳だ。ほぼ同時でさえあれば」
「ラストアタックを行う候補は、攻撃力を考慮すると拙者とハインド殿を除いた御三方でござるな」
範囲攻撃なら癖の強いユーミルの『バーストエッジ』よりも、ヘルシャの魔法攻撃のほうが効果範囲が素直で手堅い。
単体攻撃による同時撃破なら、火力面から考えるとユーミルとヘルシャが。
連携面から考えると普段から一緒のヘルシャとワルターがいいだろう。
パッと思い付くものを挙げるだけでも、すぐに三通りの案が出てきた。
「武闘家のボクだと、単体攻撃は良くても範囲攻撃はちょっと難しいです」
「わたくしは範囲攻撃“も”得意ですわよ!」
「ヘルシャ殿、ゴリゴリにアピールしてくるでござるな……」
「ここまでのドリルは、範囲攻撃のレイジングフレイムばかり撃っていたように思うのだが?」
「ま、まぁ、一応それぞれの職特性は理解しているつもりだ。作戦は何通りか考えておくけど、一周目の今回はスムーズに行かない可能性が高い。できれば、それを覚えておいてくれるとありがたい」
「うむ! 後の周回のためにも、まずは最適解を探る感じだな?」
結果的にその方が攻略が早くなるからな。
今までのイベントなどでもよく行っている、急がば回れ理論だ。
ユーミルの言葉に頷いて、俺は食器を洗っていた『高級携帯調理セット』の水を止める。
他にもボス対策を話し合いながら、俺たちは20階層を目指して休憩所から再出発した。




