属性武器の作製
「おはよう、ハインド君」
「おはようございます、セレーネさん」
土曜日である今日は遠征を休みにし、俺は午前中にTBにログインした。
午後は期末テスト対策の勉強会である。
ゲームに入ると即座に個室からホームの鍛冶場に向かい、セレーネさんと合流。
まずは最も優先度の高い闇属性武器を作ることになっているのだが……作業台に載っている材料が中々に異常である。
「早速始めましょう――と言いたいところなのですが、何でしたっけこれ?」
「コウモリ……シャドウバットの翼と牙だね。これを金属に溶かし込むんだよ」
「いよいよゲームじみた鍛冶作業になってきましたね。今までの金属オンリーの物とは大違いだ」
「普通に考えたら、ただの不純物にしかならないもんね……」
二人でこんなことを言い合ってはいるが、顔は笑っている。
こういうゲームらしい不合理な要素は、決して嫌いではない。
理屈付けろというのであれば、魔法的な力と言ってしまえば全て終了だし。
『シャドウバット』はレベル45からのモンスターで、洞窟があるようなフィールドの夜時間に出現するそうだ。
時間限定ということで、取引掲示板で素材の数を揃えるのに苦労した。
俺は『シャドウバットの翼』を手に取ると、薄く日光に当てて観察してみる。
「この翼の紋様、よく見ると凝った作りしてますよね」
幾何学的な、どこか見覚えのある紋様が並んでいる。
『シャドウバット』は翼から闇魔法を、牙から毒を流し込む中々の難敵らしい。
「光に透かすと、魔法陣みたいなものが見えるものね。牙にも、毒を流し込む溝みたいなものがあるよ」
「細かいところの作り込みを感じます。こういうのがあるから、生産作業も楽しくてやめられないんですよねぇ……」
「うんうん。分かるよ」
モンスター素材に関する話はその辺りにして、二人で鍛冶の準備を始める。
炉に火を入れて、ルブルムストーンも投入。
セレーネさんが探ってくれた、属性武器に適切と思われる温度へと調整。
「……かなりの高温ですね? これって素材を入れたら、一瞬で燃え尽きませんか?」
「燃え尽きるね」
「え?」
「燃え尽きても大丈夫みたいだよ。それこそ、魔法的な要素が作用して金属の性質を変えるから」
そういう場合の判定は一緒に炉に入れたかどうからしい。
形さえ残らなければ、燃え尽きても溶けてもどちらでも構わないと。
「滅茶苦茶ですね。じゃあ、それだと溶かし込むって表現もちょいと違うような」
「そうかもね。でも、もっと言うと金属の融解温度でも溶けない素材が時々あってね……」
「本当ですか?」
「まだ試した回数は少ないんだけど、素材によっては使う鉱石を厳選して……それからかなりの高温で一気にやらないと、駄目かもしれない。火属性素材なんかは特に」
「……楽しそうですね、セレーネさん?」
「あ、分かっちゃう?」
「ええ。分かりますとも」
面倒なほどやりがいを感じるし、完成した時の達成感が膨れ上がると。
この作業台に置かれた洋紙のメモの山を見れば、セレーネさんがどれだけ熱を入れて取り組んでいるかは容易に分かる。
「セレーネさん、ここのメモは見せてもらっても?」
「あ、えと……は、ハインド君になら、いいよ? 走り書きだから、ちょっと字が汚いかもしれないけど」
「ありがとうございます」
走り書きとは言いつつも、メモは十分読める綺麗な字で書かれている。
目を通していくと、素材一個単位から組み合わせによる要求温度の違いなどが事細かに……。
しかもある程度、素材の種類などから予想される要求温度の法則性まで解明が進み始めていた。
これ、他の鍛冶プレイヤーからしたら宝の山なんじゃないだろうか?
「凄いな……セレーネさん。もうこんなに新製法に関して調べたんですね」
「て、照れちゃうな。でもハインド君だって、マサムネさんに認めてもらえたって聞いたよ。凄いよ。まだまだ鍛冶を始めて日が浅いのに」
「人並みの鍛冶プレイヤーとして、ですがね。そういう意味では、俺は人並み以上に環境に恵まれていますから……これくらいは」
ゲーム内でも指折りの生産者である二人に教えてもらったのだから、当然といえば当然である。
褒められて嬉しいことには変わりないが。
顔を赤くしたセレーネさんが、落ち着かない様子で手の平を合わせる。
場の空気がむず痒い!
「ほ、褒め合いはこのくらいにしておきましょう!? さぁ、武器です、武器!」
「そ、そうだね。ハインド君がいてくれると作業スピードが上がるから、本当に助かるよ」
「そう言っていただけると、来た甲斐がありますよ」
「アルベルトさんとフィリアちゃんの武器、どっちも大型だから……向こう槌があるのとないのとでは、仕上がりも作業時間も全然違うんだよね」
「でしょうね。特にアルベルトさんのは」
後は口数も最低限になり、ひたすら集中して鍛冶に打ち込んでいく。
傭兵親子の闇属性武器を二本仕上げたところで、一旦休憩に入る。
「ミスなく仕上がりましたね。性能も上々……ってか強いな! モンスター素材込みの属性武器!」
属性値という数字が、モンスター素材なしの場合と比べて段違いに高い。
属性石は20階層のボスから取れるものを二つずつ装着してある。
試作段階である程度察していたであろうセレーネさんは、俺の反応に笑顔になった。
「いや、本当に失敗しなくて良かったですね。この性能だと、製作難度はかなりシビアに設定してあるだろうし」
「ああいう武器が急に割れる感触って、あんまり何度も体験したくないよね」
「俺は前回のフィリアちゃんの武器の時に味わったきりですけど……何か、急に金属が脆い陶器に変わったような感触だったかと。粘性とかが一切なくなって」
「ぱきゃって、簡単に割れるんだよね……前兆なしだから、ドキッとするし心臓に悪いよ」
炉の温度と叩く強さが関係してくるのだが、割れる原因のほとんどは前者である。
セレーネさんがそれを避けるべく事前に試行錯誤してくれたので、今回は二本とも上手く行った。
「次はどうします? 揃っている属性だけでも、今の内にアルベルトさんたちの武器を仕上げてしまいましょうか?」
「それもいいんだけど……並行して、ちょっとやっておきたいことがあるんだよね」
「何です?」
アルベルトたちの滞在期間はスクリーンショットコンテストが終わるまでだ。
武器の受け渡しに関しては、時間的にまだ余裕がある。
「私たちのギルドの中には、属性武器に適した職業のプレイヤーが二人いるよね?」
「攻撃の手数が多いトビと、サイネリアちゃんですね? 事前に二人の属性武器を作るかも、というのは伝えてあります。二人とも是非! と言っていました」
「ありがとう、ハインド君。手回し早いなぁ。それで、その二人の武器に関しても、今から案を練ったり試作したりしたいと思ってて。どうかな? 時間はまだ大丈夫?」
「もちろん、構いませんよ」
「じゃあ早速――あ、トビ君の武器は刀だから、ハインド君が中心になって作ろうね。私は補佐に回るよ」
「分かりました。さて、やってみたいことは色々ありますが……」
大きめの洋紙を挟んで、二人で作業台へと張り付く。
そのまま休日の午前中は、セレーネさんとの武器作りで過ぎていったのだった。




