渓流で煌めくモノ
色々あった闇属性ダンジョンだが、どうにか二週目以降は進行を安定させることに成功。
後はひたすら周回、周回、周回だ。
今回は体力面に自信のあるメンバーばかりで、ほとんど休憩なく進み……。
最後の一周、ボス部屋前の階段を俺たちは並んで下りていく。
「……」
「ハインド……さっきから口数が、少ない? 疲れた……?」
「あ、ごめん。大丈夫だよ」
遅れ気味だった足をやや速めて、心配してくれたフィリアちゃんに平気だと答える。
五人の中でユーミル、フィリアちゃん、アルベルトさんは未だに疲れた様子を見せていない。
俺もトビもスポーツ系の部活をやっていない割には体力が多いほうなのだが、このメンバーと比べるとさすがに霞んでしまうな。
「フィリア殿に口数について言われるようでは、よっぽどでござるなぁ……ま、拙者も少々疲れたでござるが。しかし、よくハインド殿が疲れていると分かったでござるな?」
「うむ。私たちは付き合いが長いから何となく分かるが、顔色は変わらんだろう? こいつ」
VR内での疲れやすさは筋肉量など以外にも、スキャン時の体調まで読み込んで反映されるらしい。
これは適度な休憩を促すと共に、現実での体調変化に鈍くならないように――という配慮だそうだ。
もちろん、現実の体に大きな変調があれば強制的にログアウトということにはなるのだが。
二人の問いかけに、フィリアちゃんが少し考えてから言葉を返す。
「この前、入り江のダンジョンで……リィズが疲れた時と、同じ反応だから……」
「なにっ!? ハインド、駄目だ!」
「……何がだよ?」
「何でも良いから私と話すのだ! さあ、早く!」
俺の肩を掴んで、ユーミルがぐいぐいと迫ってくる。
無駄に整った面が至近距離でぴたりと止まった。
それを見つめ返していると、ユーミルの顔がじわじわと顔が赤くなり……うん、近過ぎたな。
きっと俺も似たような状態になっていることだろう。顔が熱い。
ユーミルが俺の肩を放して咳払いしたところで、話を続ける。
「お前が何を言いたいのか今一つ分からん」
「……ハインド殿。ユーミル殿は、リィズ殿とハインド殿がお揃いなのが気に食わないのかと」
「子供か」
「何をぅっ!?」
「お前たち、そろそろ準備を」
何にせよ、この周回で今夜のダンジョン攻略は終了だ。
アルベルトさんの言葉に従い、ステータスや道具の状態を確認し……俺たちはボスフロアに突入した。
神殿を出ると、そこには闇が広がっていた。
といっても、闇魔法が纏わりついていたり呪われていたりする訳ではなく……。
目が慣れるに従って、月明かりと星の光が淡く輝いているのが分かる。
つまり、フィールド上では日が沈んでいた。
周囲の景色を見回した俺は、思わず呟く。
「おー、しっとりとした雰囲気……虫の声と川の音が風流」
「いい感じに夜時間に出られたでござるなぁ。ハインド殿、残り時間は?」
「えーと……少し前に夜時間になったばかりみたいだな。これなら、景色の違いを楽しみながらサーラに帰れるぞ」
「おおっ!」
喜びの声を上げたユーミルがスクリーンショットの機能を起動する。
まだ早いって……星空は綺麗だけど、特に変わったものは付近にないぞ。
目立つものといえば、背後にある不気味な祭殿くらいなものだ。
そんな俺たちの様子を見ていたアルベルトさんが、顎に手を当ててやや上を向く。
「ふむ……ハインド、確かこのフィールドの途中に安全地帯があったな?」
「ありましたね。中流域の悪くない位置に」
「ここまで休憩なしで周回してしまったからな。どうだろう? そこで少し寛いでいくというのは」
「それ良い! 賛成でござるよ、兄貴!」
「私も賛成だ!」
「……」
フィリアちゃんがコクコクと頷いたところで、話がまとまった。
ダンジョン傍で待たせておいた馬の手綱を引いて――ちなみにここを訪れるプレイヤーは少なく、今も俺たち以外の乗り物の姿はなかった。
対応する属性である、光属性のモンスターもあまり見ないからなぁ……。
「ハインド、どうしたのだ?」
「ん、属性の需要に関して考えてた。闇は今のところ出番が少ないよなって思って」
移動を始めながら、傍に寄ってきたユーミルに応じる。
俺が顔を上げて答えると、反対側からトビも近付いて会話に参加した。
「あー、偏っているでござるよな……今のところ、活躍機会に恵まれているのは土属性だけでござるし」
「戦闘系イベント、二連続で弱点だったからな。クラーケンに氷竜に。偶に少しだけ出品される属性石の値段が、えらいことになってたっけ」
「あれだけ高いと、売れたかどうかは謎でござるがな。今のところ、TBでは無属性武器で突き詰めたものを一振り持てば十分という風潮でござるし」
無属性武器と属性武器の製作難度に関しては、以前に触れた通りだ。
今回ベリ連邦で得た製法で、どこまで無属性武器を越えられるか……。
正直、かけた手間に見合う結果が待っているかどうかは分からない。
「しかし、アルベルトさんたちはそれでも――」
「ああ。ほんの僅かでも、少しでも攻撃力と対応力がほしい。それを怠るような傭兵を、お前たちは雇いたいと思うか?」
「くぅーっ! 兄貴、格好いい! ストイック!」
「まぁ、仰る通りですよね……でしたら俺たちは今後も、できる限りの装備をご提供させていただきます」
「頼む」
よく考えたら、この親子は純粋な戦闘系プレイヤーな訳だ。
俺たちだったら生産やら何やらに投資しているような資金も含めて全て、自分たちの装備に回しているのだから……そりゃあ求める装備の目標点、妥協点が高くなるのも当たり前の話で。
改めて、半端なものは渡せないというプレッシャーを感じる。
が、それはそれとして……。
「安全エリアに到着っと。来る途中にもポツポツいたけど……」
「蛍が一杯いる! これはかなりいい景色なのではないか!?」
「トビ……頭の上で、光ってるよ……?」
「マジでござるか!? 拙者の隠密性がっ!」
安全エリア付近の渓流沿いには、沢山の蛍が辺りに漂っていた。
TBならではという景色ではないけれど……いや、現実でこれだけの蛍がいる場所もそうそうないか?
「ハインド、こいつらよく見ると蛍ではなさそうだぞ」
「え、本当ですか?」
「川にそのまま流されていくものもある上に、こうして風と一緒に流れて……植物の種子ではないのか? ほら」
そう言ってアルベルトさんは光を掴み取ると、俺に手の平を開いて見せてくれた。
その大きな手の上では、ふわふわとしたものが緑色の光を放って揺れている。
「なんか、タンポポの綿毛みたいな……どうして光るんでしょうね?」
「さあな。何か目立ったほうがいい理由でもあるのかもしれんが――」
「むおおおおっ! スクショが捗るぅぅぅーっ!」
「ああっ、また忍び装束に! 背中にも!? フィリア殿、取って! 取って!」
「……何でも構わないのではないか? 理由など、この美しさの前では」
「はは……すみません、騒々しくて……」
俺たちはしばらくその場で休憩したり、スクリーンショットを撮ったりで思い思いに過ごし……。
特にユーミルはこの景色をコンテスト用にすると決めたらしく、ベストショットを求めて周囲を走り回っていた。
「ハインド、ハインド!」
「何だ?」
「今一つ、上手く構図が決まらんのだが! 私に何かアドバイスをくれ!」
「あー……折角川の傍なんだから、水面に写り込んだ光も入るようにしてみたら?」
「それだ!!」
近くの木に登ったり低い姿勢で撮ったりと色々試していたようだが、最終的には川面が入るように立って撮影したものを気に入ったようだった。
そのまま光る綿毛を見物していると、不意にトビが減った満腹度を気にし始めた。
「ハインド殿、何か食べるものはないでござるかな?」
「和風ギルドに持って行った饅頭の余りなら、直ぐに出せるぞ」
「惜しい! 団子はないのでござるか? 月見団子!」
「別に月を見ている訳じゃねえけどな……饅頭で我慢しろ。はい、フィリアちゃんもどうぞ。アルベルトさんも」
「……ありがとう。食べる」
「このゲームで和菓子は初めて見たな。ありがとう」
しばらくしてから座ったユーミルにも饅頭を渡し、全員で満腹度を回復。
渓流傍の岩に座り、ゆったりとした時間が流れていく。
俺たちがその場を発つ時になっても、光る綿毛は数を減らさずに風に舞い続けていた。




