闇の眷属
ダンジョン攻略を再開した俺たちは、20階層に向けて更に加速。
休憩中の戦術の組み直しにより、敵の魔法を防げるようになったのが大きい。
「アサルトステェーーーップ! おおっ、本当だ! 何もせずに下がっていく!」
ユーミルが防具の重みを減らして肉薄する。
すると、数体の虫型の影は詠唱を中断して距離を取った。
『シャドウインセクト』は一定範囲内に敵が近付くと、回避を優先して詠唱を中断する場合がある。
これを利用して、位置を調整しながら敵を倒していく。
「無視できる程度の前衛なら、後衛を先に倒してしまうのは基本と言えば基本だからな。魔法を撃ってこないこいつらなんて――」
「全く怖くなぁぁぁい! かかってこい! いや、むしろ私から行く! そこを動くな!」
「ユーミル殿、色々あったからか普段より更に元気でござるなぁ……。そろそろハインド殿も、投擲アイテムを解禁しても良いのでは? ボス前に軽く試しておいたほうが賢明かと」
「そうだな。俺も詠唱している敵を優先して、シャイニングとこいつで狙ってみるよ」
そう答えて俺が腰から手に取ったのは、マサムネさんと一緒に考えた新しい投擲アイテムたち。
まだまだ数が少ないので、トビのように派手に使うのは無理だが……。
「トビの言う通り、まずは実戦で使ってみないことにはな……当たれっ!」
「むっ、何だ何だ!?」
衝撃を与えて弾けた玉の中から飛び出したのは、白い網目状の物体。
ネットが天井から降ってきた二体の『シャドウインセクト』を絡め取り、移動を阻害する。
「思った以上に上手く行ったな。さすがマサムネさん考案の一品」
「ハインド、これは斬り付けないほうがいいのか!?」
「ネットの上から斬り付けて構わない。でも、二体でもがいているから……後回しにして他の奴から頼む! もし絡まったまま詠唱を開始するようなら、その時は倒しちゃってくれ!」
「分かった!」
「いやはや、投擲アイテムの可能性を感じる結果でござるな。拙者も参る!」
そのまま三人で協力して敵を殲滅し、通路の先へ。
二つ、三つ目の敵集団を倒したところで道の先に変化が。
そこで20階層へと続く階段を発見した俺たちは、その場に止まってアルベルト親子を呼び出した。
待っている間に、息を整えながらユーミルが俺の腰元を指差す。
「さっきのがハインドの新しい投擲アイテムか? 捕獲用の網に見えたが」
「あれもその内の一つだな」
「一つということは……他にも何かあるのか!?」
期待に満ちた瞳で見上げてくるので、俺はアイテムを外してユーミルに渡しながら説明していく。
装備数は大きさにもよるが、大体三つほど。
分類は全て同じ玉系なので、同時に投げることはできない。
「マサムネさんが神官だと刃物はイメージに合わないってことで、一緒に色々と考えてくれてな。最終的にはこの形――玉系投擲アイテムを使い分けるってことで落ち着いた」
「ふむ。確かに、私も神官が苦無を投げているのは変だと思っていた」
色々と考えたのだが、刃のない投擲アイテムは威力を求めるとどれも重くなるということで……。
一定以上の重量の物は投げた際のコントロールが悪くなる上、装備して携帯するには不便ということで断念。
半端な攻撃をするよりはいっそ搦め手の方向へということで、そちらに舵を切ることに。
「そんな訳で、まずはあの新開発のネット玉だろ? それにトビが持ってるのと同じ、コンパクトにした閃光弾と……」
「ほうほう」
「あとは、前に作った唐辛子爆弾か。今の装備はこの三つだな」
「おお、懐かしい! 砂漠に来たばかり――バジリスクの時の物だな! しかし、ここの連中に唐辛子は効くのか?」
「影ということで、見た目真っ黒でござるしなぁ……呼吸しているのかどうかも謎でござるよ?」
「それ以前に目や鼻、口があるのかどうかも謎過ぎる。一応、シャドウアニマルは噛みついてくるけども。さっき試しに投げてみたら、全然効かなかった」
「ああ、やはりそうでござるか……そもそも生き物ではないのやも」
その可能性は高いと思う。
事前に何度か試したのだが、唐辛子の粉末はモンスターによって効く効かないがある。
装備しておけるアイテムには当然ながら制限があるので……。
このまま試行錯誤を重ねて、なるべく汎用性の高いラインナップにしたいところ。
今のところネット玉は好感触だ。
階段前で俺たちがそんな話をしていると、二つの足音が近付いて来る。
「――すまない、待たせたか?」
「いえ、相変わらずお早いご到着で。次は20階層ですが、準備は――」
「問題ない」
「フィリアちゃんは?」
「……大丈夫」
「了解。では、行きましょう」
ほとんど呼吸を乱していないアルベルト親子と合流し、階段を下りていく。
不気味な青白い炎が揺らめく広間の中央に在ったのは、不定形の闇の塊。
ユーミルが長剣を抜いて俺のほうを振り返る。
「ハインド、先制攻撃してもいいか? いいか?」
「どうせまた謎のバリアに弾かれるだけだと思うぞ。やめておけよ」
「えっ、そんなことしたのでござるか? ユーミル殿」
「ルストのダンジョンでゴーレムコアにな! 失敗したが!」
「それは……まあ、気持ちは分かるでござるが」
何らかの演出中に操作可能なゲームの場合、無意味に自キャラを動かしてしまうというのは俺も覚えがある。
結果、滑稽な状態が画面に映し出されることになる訳だが……それはともかく。
黒い塊はいつまで経っても形を取らず、不審に思っていたところ――不意にひび割れた音が周囲に響く。
『……チカラヲモトメシモノヨ……』
「のわぁぁぁぁ! 黒い塊が喋ったぞ!?」
『コノバニハカツテ、イダイナル――』
「ハインド、ハインド! 喋るモンスターって初めてじゃないのか!?」
「そうかもだけど、ユーミル……ボスの話が全っ然聞こえねえんだよ! ちょっと静かにしろ!」
『――ノ、シレンヲ――』
「だって喋るんだぞ!? 話が通じるならば、仲間にしたりもできるのではないか!?」
「だから、その話が通じる相手かどうかも含めてお前の声のせいで何も聞こえねえよ!」
今のところそんなシステムはTBにはないが、今後もそうだとは限らない訳で……って、ユーミルがそんなことを言ったせいで余計に話が頭に入ってこない!
ただでさえ聞こえる声が途切れ途切れで、言葉の意味を繋げるのが難しいのに!
『――ルカクゴガアルナラバ、ワレヲウチタオシテミセヨ!』
「次の周回でも聞けるとは限らないんだぞ!?」
「た、確かにそうだな! すまなかった! 今から黙る!」
「あの、お二人とも……もう話、終わったみたいでござるよー」
トビがそう告げた直後、闇が渦を巻いて形を成し始めた。