忍者対忍者?
休憩を終えた俺たちは、再び潮が満ちる前に出発することにした。
食事の後を片付け、焚き火を始末してから立ち上がる。
「シエスタちゃん、シエスタちゃん。食休みも結構だけど、そろそろ行くよ」
「んにゃ? ……あー、はい、分かりました。食べると眠くなり――ふぁぁぁぁ……」
「あなたは食べなくても、普段から眠そうじゃありませんか」
「では言い直します。食べると余計に眠くなります。ねむー」
「……」
リィズが毒気を抜かれたような顔で沈黙する。
分かるぞ……シエスタちゃんの脱力した顔を見ていると、文句やら小言を言う気力がなくなるのだ。
癒しの波動が出ている感じ。
俺は片付けを終えると、インベントリから二つの『干し肉』を取り出した。
トビとフィリアちゃんに渡してから『支援者の杖』を手に取る。
「じゃあ出発するか。今回はボスも判明しているんだし、サクッと行こう」
「ダンジョンボスは道中モンスターと同系統が多いのでござったな。では、ヒトデでござるかな? カニでござるかな?」
「白々しいぞ……大型のカニをメインに、両方出るってキツネさんが言ってただろうが」
「冗談でござるよ。しかし、両方というのはどういう……」
「さあな。あんまり教え過ぎてもつまらないだろうって言ってたから、詳しいことは」
カニの能力は殻の物理防御力が高め、魔法は通しやすいと前回の『クリスタルゴーレム』に比べれば遥かにマシな相手だ。
物理攻撃も足や爪の付け根など、弱い箇所があるそうなので魔法攻撃に拘る必要もない。
注意するべきは爪による一撃……といったところだそうな。
後は一緒に出てくるという『スピンスターフィッシュ』の数や動き次第。
「……行ってみないと、何も分からない。進もう」
「おー、フィリー言うねー。格好いいぞー。先輩、私も準備できたんで行きましょう」
「ああ、行こう」
今更だが、このダンジョンは下に降りるタイプのものである。
下り階段に向かってみんなが進む中、リィズが俺の袖を引いて顔を寄せる。
「ハインドさん。湿布ありがとうございました」
「リィズは頑張り過ぎるからな。辛かったら黙ってないで、言ってくれよ?」
「……辛いと言ったら、私もおぶってもらえるのですか?」
「そりゃするさ。シエスタちゃんにだけして、リィズにはやらないなんてことはねえよ」
「ふふっ。そう言っていただけるだけで、元気が出てきました」
この妹は昔から我慢強く急激に体調を崩すことが多かったので、兄としては無理をし過ぎないように気を付ける必要がある。
ゲームであってもそれは変わらず、楽しく快適にプレイするにはペース配分が大事だ。
階段を下りてしばらく進んだ俺たちが目にしたのは、先程までと少し様子の違う洞窟の内部だった。
「おー、ヒトデが少ないだけでなく……」
「水が引いて移動しやすくなっているでござるな。これは素晴らしい」
「……ハインド、これなら宝箱も?」
「ああ、余裕がありそうだから回収しながら進もう」
「セーフリベレーションの巻物を用意しておきますね。ショートカットに登録で」
「助かる、リィズ」
今回も罠回避の巻物は持ってきている。
俺たちはアイテムと下位の属性石を回収しながら順調に進み、とうとう『リートゥス洞窟』の20階層直前まで到達した。
「……」
準備が完了するや先頭のフィリアちゃんが躊躇なく踏み込み、大斧を握ってフロアの中央で待機する。
お決まりの大広間だが、やはり例に漏れず最初はボスモンスターの姿が見えない。
「なんか、これ見よがしな海水溜まりがあるんですけど」
「あ、シエスタちゃんも気になった? あれだけ目立つとなぁ……」
フロアの隅には大きめのくぼみと一杯に満たされた海水が。
予想通りと言うべきか、やがてその海水表面が膨れ上がり……。
飛び出した大きなカニが、口元から泡を吐きながら威嚇の体勢を取る。
名称は『ギガント・アイアンシザース』、レベルはお約束の55だ。
「予想通りの場所からご登場でござるな……ヒトデは?」
「まだ来ていません。ハインドさん?」
「いないなら好都合。最初から全開で行くぞ!」
戦闘開始から数秒後、フロア内は激しい音と戦闘エフェクトに包まれた。
タンクはトビ、アタッカーがフィリアちゃん、俺とリィズがバフとデバフでサポート、シエスタちゃんが遊撃だ。
事前の予想通りボス戦での安定感は中々……シエスタちゃんの回復補助が優秀で、俺はポーションを投げる必要がない。
トビとフィリアちゃんはカニの足を斬り飛ばし、バランスを崩した巨体が暴れ回る。
ボスのHPが半分を切ったところで、敵の様子――ではなく、フロア内の様子が一変した。
『ギガント・アイアンシザース』が登場した海水溜まりの表面が再び揺れ……中から次々と『スピンスターフィッシュ』が現れる。
「満潮周期とは一致しない……となると、これはトリガー行動か」
「面倒ですねぇ……」
そのまま回転体当たりを警戒していると、『ギガント・アイアンシザース』が意外な行動を取った。
鋭利な鋏でヒトデを掴むと、それをそのまま……
「捕食して回復でござるか!?」
「いや、違うぞ!」
そのまま、勢い良く鋏を振り抜いた。
大型カニの鋏で傷付くことなく、『スピンスターフィッシュ』が恐ろしい速度でかっ飛んでくる。
単独で飛ぶ時とは比較にならない。
トビが左右にステップを踏み、『ホーリーウォール』の身代わりを消費しながらその攻撃を躱す。
「ぬおおっ、手裏剣!? お主も忍者でござったか! 拙者も負けてはいられぬ!」
「ただの投擲だろう……確かに驚いたけど。ってこらこら、闇雲に棒手裏剣を投げるな。殻に弾かれてる。キツネさんの話を思い出せ」
「あっ、あっ、そうでござった! 勝機はまだ先に!」
「――リィズ! あの海水溜まりのところにダークネスボールを!」
「はいっ!」
リィズの魔導書から黒い塊が生み出され、海水の上に着弾。
増援のヒトデを次々と吸い込み始める。
既に出現してしまったものは仕方ないが、これで後続は断てるはず。
そして残ったヒトデを先に殲滅……していたのだが、今度は『ギガント・アイアンシザース』の様子がおかしい。
キツネさんから聞いていた情報、それから『バジリスク』の特殊行動そっくりな動きにピンとくる。
「むう、これもある意味空蝉の――」
「今日のお前は一段と面倒くせえな。空蝉じゃなくて脱皮な、脱皮」
『ギガント・アイアンシザース』の体が震え、堅い外殻を置き去りに、中から色素の薄い状態となって現れた。
HPが回復、リィズが使用した『ポイズンミスト』による毒も回復、各種デバフも解除と一気にリフレッシュ。
ただし、脱皮直後の体は物理防御・魔法抵抗共に大きく減少している。
「トビ、逃すんじゃないぞ!」
「承知! 一回で決めるでござるよっ!」
この『ギガント・アイアンシザース』は特殊行動満載の敵である。
先程のヒトデ投げ、口から吐き出す水鉄砲、泡を纏っての物理防御力上昇……。
そして一撃必殺級の破壊力を持つ両の鋏を躱して稼いだダメージの先にあるのが、この脱皮である。
「フィリアちゃん、シエスタちゃん! サポートしてやって!」
「……了解」
「はいはいー」
リィズは指示するまでもなくデバフの詠唱に入っている。
俺は『アタックアップ』をシエスタちゃんに使用し、更に『クイック』を使うために詠唱に入る。
主なダメージソースは火力職であるフィリアちゃんであり、それは変わらない。
では、防具を新調したトビの役目はどうなのかと言えば……シエスタちゃんの攻撃魔法に近い立場、火力補助にあるというのが正解だろう。
パキパキと乾いた音を立てて外殻の硬度を取り戻していく『ギガント・アイアンシザース』に、トビが投擲アイテムを織り交ぜた連続攻撃を仕掛ける。
「はっ! せいっ!」
「回避行動と投擲が上手く噛み合っている……いいぞ! そのまま倒し切れ!」
「一分の隙もない連続攻撃……あれは本当にトビさんですか?」
「塵も積もればなんとやら……一つ一つが小ダメージでも、あれだけ命中させればかなり効いてきますねぇ。凄い凄い」
回避に距離を取った際にもすかさず反撃に移れるこの装備は、やはり軽戦士との相性抜群だ。
詠唱の手を止めずに、後衛組がトビの動きを称える。
そんな声が聞こえてしまったのか、淀みなかったトビの動きが乱れ始めた。
「あっ、ま、まずっ! 調子に乗っていたらダメージが足りな――」
結果、間に的確に入れていた棒手裏剣の狙いが外れ、リズムが崩れ、順調に稼いでいたダメージが急速に下降。
手も足も動きがバラバラだ。
「な、なら防御力が戻り切る前にこいつで! とどめぇ!」
慌てて『大型ブーメラン手裏剣(十字)』をインベントリから取り出した直後、俺の『クイック』を受けたフィリアちゃんが『フェイタルスラッシュ』を発動。
縦に突き抜ける激しい一撃を受けた大蟹は、堪え切れずに足を折って胴体を地に着けた。
フロアに光が溢れる。
「って、フィリア殿ぉ!」
「……あ、ごめん……なさい?」
「デジャブ、デジャブですトビ先輩。ダンジョンの最初のほうでも同じ光景を見ました」
「締まらねえなぁ……フィリアちゃん、気にしなくていい。むしろありがとう」
「結局いつものトビさんでしたね……」
トビの新防具はこのように予想を超える成果を上げたものの、最終的にはフィリアちゃんが撃破するという結果になった。