スマラグ海岸とシャッターチャンス
俺たちが和風ギルド“匠”のホームを辞して向かったのは、キツネさんに紹介してもらった『リートゥス洞窟』というダンジョンである。
海岸沿いの洞窟とのことで、いかにも水属性のダンジョンといった印象を受ける立地だ。
馬は『港町ノトス』に預けたままにし、大型海岸のフィールド『スマラグ海岸』へ。
「相変わらず綺麗な海でござるなぁ」
海岸を歩いていると、必ず視界に入るのがこのエメラルドグリーンの海だ。
正直、これをスクショに収めるだけでも結構映えるような気がする。
そのままコンテストに出品するのは厳しいだろうけれど。
「干潮で行ける範囲が増えたりと、結構変化に富んでいて面白いフィールドらしいぞ。本来なら探索のし甲斐があるんだろうが……」
「今回の主目的はあくまでダンジョン! で、ござるな!」
「スクショの件もあるから、寄り道も全然ありだけどな。みんな、気になるものがあったら遠慮なく言ってくれ。普通に止まるし、近くまで移動するのもOKだから」
リィズとシエスタちゃんが返事をし、フィリアちゃんは頷きを返す。
そうして俺たちは、キツネさんがマーキングしてくれた位置へと歩いていたのだが……。
「ここから道がないな……結構海が深いし、確かにこれは潮の満ち引き関係ないか」
「キツネさんの仰っていた通りですね。ハインドさん、例の物の出番では?」
「ああ、今出すよ」
必要になると言われ、マサムネさんに押し付けられた『小舟』をインベントリから取り出し……取り出し……何でだ!?
「うお、ヘルプヘルプ! 何で海のほうにインベントリの口を向けたのに、こっちに飛び出してくるんだよ!」
「くっははは! 何やってんのハインド殿? はははは!」
「トビ、笑ってないで……っ、助けろぉっ!」
砂浜に突き立ち、のしかかってくる木製の小舟をまずは静かに砂浜に倒す。
その後は、みんなで押して海上に浮かべなければならない。
「せーのっ! 押せえー!」
「ぬぐぐぐぐ……」
「着水ー」
「……シエスタさん、今ちゃんと力入れてました?」
「入れてましたよー。5%くらい」
「低い……」
足元が濡れてしまったが、ステータス画面の洗浄ボタンで乾かせるので問題なし。
手を貸しながら、まずは女性陣を船の上と乗せていく。
最後に男二人が乗り込み、準備完了だ。
「おお、揺れる揺れる。そして結構狭い……」
「ハインド殿、オールを」
「サンキュー。じゃあ、早速行ってみるか」
オールを持った男二人が船の前後に、女性陣をその間に乗せてゆっくりと海へと漕ぎ出す。
「は、ハインド殿! 漕いでも漕いでも全く進まないのでござるが!」
「落ち着け! そんな小刻みじゃなくて、もうちょいストロークを長くしてみよう! タイミングも合わせて!」
「先輩たち、がんばー」
最初は息が合わずに、その場で回転したりもしたが……。
試行錯誤の末、船は沖に向かって移動を始めた。
「――やっと前に進んだか。リィズ、ガイドを頼む」
「はい」
「先輩先輩、こんな小舟で本当に大丈夫なんですか?」
「近くの入り江に回り込む程度で、大した距離じゃないってキツネさんから聞いたんでしょ? 最悪、泳いで到達するのもそれほど難しくないって」
「あー、言ってましたね」
最初にそのダンジョンを発見したのは、このフィールドで泳ぎながら探索していたプレイヤーだそうだ。
先程も触れた潮が引いた際に歩ける砂浜の先や、こういった海を渡った先にある場所に隠されるようにダンジョンが点在しているらしい。
「拙者は泳ぐの得意でござるよ!」
「知ってる。で、俺は普通と。質問なんだけど、リィズ以外に泳ぐの苦手って人はいるかい? もしそうなら、落ちた時には優先して助けに行くけど」
「……私は泳げる。大丈夫」
「私は浮かぶのだけは得意です。少しの間は放っておかれても問題ありませんけど、大して泳げないので回収はお願いしたいところです」
大体予想通りの答えである。
性格が出ているな……。
聞いた結果として泳げるのが三人、苦手なのが二人だからいざという時にもどうにかなるか。
「了解。一応、完全なカナヅチはいないって訳か。そもそも落ちないのが一番だけど……トビ、モンスターの影は?」
「魚と海藻しか見えないでござる。だからこのまま慎重に進めば、どうにかなると思うでござるよー」
船を漕ぐのなんて初めての経験だもんな。
それでもどうにか前に進んでいるのは、乗馬のようにゲーム補正で優しく設定されているからだろう。
「……ハインド、あっちに大きな影が見える」
「え? どこ?」
フィリアちゃんの指さす方を見た直後、波が小さくうねる。
俺たちが船に捕まって堪えていると、海面から何かが現れた。
美しく緑色に輝く、大きなクラゲが水中を出て次々と上がっていく。
それはまるで、風船のように空へと飛び立ち……その数はどんどん増えていった。
「わぁ……綺麗……」
「おお、さすがの私もお目々ぱっちりですよ。これはすごい」
リィズとシエスタちゃんが呟く中、海から空へ昇ったクラゲは次第にその姿を緑から青へと染め上げていく。
とても幻想的で美しいその光景に、俺たちはただただその光景を魅入られたように眺めていた。
やがてクラゲの群れは、青くなった体を光で反射させながらグラド帝国の方へと漂って行った。
「良いもの見れたでござるなぁ……」
「……うん。いい写真が撮れた……」
「「「あっ!?」」」
親指を立てるフィリアちゃんの言葉に、俺たちは同時に声を上げた。
しまった、驚きのあまり完全にスクリーンショットを撮り損ねた……。
早速、シエスタちゃんがフィリアちゃんの撮ったスクリーンショットをその場で見せてもらっている。
「フィリーはちゃっかりしてるなぁ。コンテストの写真はそれで決定?」
「……他によほどの写真がなければ、多分」
一人が撮れただけでも良しとするか。
それにしても綺麗な光景だった。
しかし、空を飛ぶクラゲとは……どこかで情報を聞いたか見たことがある気がするな。
「それにしても、襲いかかってくるモンスターとかじゃなくて安心したよ」
「そうですね。ベタなところだと、鮫に追いかけられるとかでしょうか?」
「この微妙な航行速度の状態で、追いかけられるのは勘弁でござるなぁ」
そのままゆっくりと、俺たちは海岸沿いをぐるりと移動した。
たがて見つけたのは、小舟のまま侵入できそうな洞窟の入り口。
拡大表示で見てくれていたリィズが、間違いないことを示すように頷く。
水路のようになっているそこに進むため、俺とトビは慎重にオールを動かした。