一端の鍛冶師
防具のチェックも一通り終わり、出し入れの際のつかえや耐久性に問題がないことも分かった。
激しく動いても投擲アイテムが脱落するようなこともなく、保持についてもOKと。
既に訓練場に用はないのだが……。
「もう一丁! ……ああーっ! 掴めない! しかも痛いでござるぅ!」
「そろそろ出ようぜ、トビ……」
「まだ、もう少し! せめて一回掴むまでは!」
トビは大型手裏剣を案山子に向かって投げ続けている。
一応手元は薄いながらも防刃仕様だが、大型手裏剣を改善するほうが良いような気がしてきた。
ワイヤーを付けて勢いを殺せるようにでもするか?
ちなみにマサムネさんだけは、他のギルメンに呼ばれて工房へ戻ってしまった。
「ふわぁぁぁ……あ、駄目です先輩。私、本格的に眠く……」
「ちょ――ああ、もう! 寄りかからないで、せめて背中に」
「んんん……」
「ぐへあっ! お、おふぅ……」
俺がシエスタちゃんを背負った直後、トビが土手っ腹で手裏剣を受け止める。
一応落とさずに受け止めたので、こういう場合は消失しないのだろうけど。
……それにしても、シエスタちゃん身長の割に重いな。
太っていると言いたい訳じゃなくて、この背中に当たる膨らみとか手に返ってくる柔らかい太ももの感触とか――
「……ハインドさん? 何やら随分と嬉しそうですねえ……」
「な、何の話だ? それよりも、いい加減トビをどうにかしないと」
リィズの冷たい視線に応じた直後、またも手裏剣を受け止め損ねたトビがフラフラとこちらに向かってくる。
「ハインド殿、ガードアップを……痛みが薄くなれば、恐怖心が和らいで受け止めやすくなるはず」
「俺がそれをできそうな体勢に見えるか?」
「あ、じゃあ私がやってあげるよ」
キツネさんが幣を取り出し、トビの前でサラサラと紙垂を揺らす。
先端が光ってトビへと移り、体の周りをぐるりと回る。
これでバフの効果が適用され、防御力が上がったはず。
「痛みといえば、空蝉じゃ駄目なのか?」
「完全に痛みを消すのはどうでござろうな……実戦で空蝉の術を消費しながらキャッチしても、それは問題あるでござろう?」
「大アリですね。でしたら、むしろ私のガードダウンで痛みを増幅なさったらどうです? 緊張感が出て成功するかもしれませんよ」
「リィズ殿の発想は一々デンジャラスというかクレイジーというか……まあ、それも一理あるでござるが」
「……トビ、それ貸して……」
と、その時黙って見ていたフィリアちゃんがトビの前で小さな手を差し出して手裏剣の貸し出しを要求する。
どうやら上手くやってみせる自信がある様子。
籠手だけを装備してトビから大型手裏剣を受け取り、構えた。
それを見たキツネさんがススッと身を寄せ、俺にコソコソと小声で語りかけてくる。
「……ねえねえ。フィリアちゃんってああいうの得意なの?」
「いえ、分かりませんが……あのアルベルトの娘さんですからって言えば、ご理解いただけます?」
「……なるほど!」
古参のTBプレイヤーであれば、それで通じてしまうレベルの知名度である。
トビよりも重量級武装の扱いに慣れているからか、フィリアちゃんが腰を落として投げた手裏剣は数段勢いが鋭い。
案山子に命中、最高ダメージをあっさり更新。
唸りを上げて戻ってくる手裏剣を……。
「――んっ!」
右手で刃の腹をしっかりと掴み取り、勢いを殺しながら一回転して静止。
当然ながら、ダメージはなかった。
トビが口をあんぐりと開ける。
「……軌道をきちんと読むのが大事……返す」
そして何でもないことのように戻ってきた。
キツネさんの笑顔は引きつり、リィズはその運動神経に少し羨ましそうな顔をしている。
「い、一発で……神技……」
「なあ、トビ……手本を見せてくれたフィリアちゃんには悪いけど、諦めてワイヤーなり受け取り専用の装備なりを付けようぜ。そのほうが絶対に安定感は増すから」
「そうでござるな。冷静に考えれば、毎回白刃取りしているようなもんでござるし……」
「気が付くのが遅いですよ」
「あっははは! 私は本体君たちのこのグダグダ感、好きだけどねー。じゃ、戻ろう戻ろう」
キツネさんが先頭に立ち、俺たちは工房へと戻った。
その後はトビの防具の微調整、マサムネさん提案の俺の投擲アイテムの作製。
防具と投擲アイテムの共同製作による報酬支払いなどを経て、お暇することに。
「では、キツネさん。ミツヨシさんによろしくお伝えください」
「うんうん、しかと引き受けたよ。お饅頭もお茶もみんなに配るわね」
今夜はミツヨシさんは不在らしい。
そんな訳で、副ギルマスであるキツネさんに手土産を預けることにした。
「本体君たちは、この後どうするの?」
「水属性のダンジョンに向かう予定ですが……」
「あ、そうなんだ? いくつか行ったことあるけど、情報教えようか? 中のモンスターの姿や能力とかまで、詳しく」
「本当ですか? ありがとうございます!」
これは助かる。
場所や基本情報くらいは掲示板で手に入るが、それ以上となると途端に難しくなる。
目を覚ましたシエスタちゃんも含めて全員で、キツネさんの言葉に耳を傾けた。
「――神官坊主、忍者坊主、少しいいか?」
「はい? あ、すみませんキツネさん」
「いいよいいよ、親方せっかちだから。他の子たちに話しておくから、二人は行っておいで」
「ありがとうございます」
「では、ちょっと失礼するでござるよ」
早くも自分の仕事に戻って工具の手入れをしているマサムネさんの下に、トビと共に向かう。
そこで要求されたのは、俺が作ったトビの刀を見せることだった。
そういえば、これも今回の目的の一つだったな……最初に言ったきりだったのだが、マサムネさんは憶えていてくれたようだ。
鞘から取り出し、ごつごつした手で持った二刀をじっくりと眺める。
マサムネさんの真剣な表情に、釣られて体が緊張し……。
「……そうか。言いつけを守って、毎日しっかり腕を鍛えていたようじゃねえか。良い刀に仕上がってらぁ」
「あ、その……こ、光栄であります!」
「おかしな返事しやがるなぁ……まぁいいや。しかし、ちぃとこの名前はそっけなくねえか? 忍者刀・改ってお前。無銘刀・真打なんてもんをコンテストに出品した、俺に言われたくねえと思うが」
「やっぱりそうでござるよな! 拙者が渡された時には、もうこの名前が付いていたでござるし……」
「VRギアの修理中――時期としては、お前の復帰直前に作ったもんだからな。なんか凝った名前を付けるのも照れ臭かったし」
そんな俺の言葉に、マサムネさんは「俺と同じじゃねえか」と口にしながら苦笑を返した。
そしてこんなことを言ってくる。
「そういうとこは真似しなくていいんだよ。次はしっかりした名前を……銘を付けてやんな。二人で考えても全然構わねえしよ。お前はもう、一端の鍛冶師を名乗っても大丈夫なプレイヤーだからな」
「……!」
何だろうか、この嬉しさは。
たかがゲームでの成果と言ってしまえばそれまでだが……こうやって認めてもらえたという事実に、思わず胸が熱くなる。
もう一人の鍛冶の師匠であるセレーネさんにも、後で報告したいと思う。
茶化すように肘で突いてくるトビの腕をどかしながら、俺はマサムネさんに深く頭を下げるのだった。